第9話

月日は知らず知らずに過ぎてゆき、手持ちのお金も後わずか。

金もないので、食事の量も減るしかない。

そのせいもあって体重も徐々に下がり始めた。

それでも、100キロをこえている。

ある日、

この女は、食事の中に野菜が少ないことを心配した。

身体(からだ)をこわしたら・・元も子もない・・・と、顔を曇らせた。

と、その時、野菜をくれた八百屋のオヤジのことを思い出した。

野菜と八百屋のオヤジが連想ゲームのように頭に浮かんだのだ。

昼食をとってから、早速、そこへ行くことにした。

決断は早い!

・・・・家を出て大通りに出る。

街路樹のケヤキ、イチョウ、トウカエデが葉を付けはじめた。

今は新緑の時期である。

歩くこと、一時間。

女は、八百屋の前に立った。

店先でオヤジは店番している。

女はオヤジに声をかけた、

「この間はウサギの餌をありがとう」

八百屋はすぐに思い出してくれた

オヤジのキーワードはウサギと女の巨体、の二文字(ふたもじ)である。

餌をほしいと言うと快く分けてくれた。

オヤジはこの餌をこの女が食べるとは思ってはいない。

女はわずかに「すまない」気持ちになったが、すぐにそれを笑顔に変えた

オヤジは気安く「何やってるの」と聞いてきた

「何も」と答えると

チョット間をおいて「ウチでアルバイトしないか?」と聞いた

渡りに船とはこのことを言うのだろう

「私でいいんですか?」

「あんただからいいんだ」

「どうしてですか?」

「いいからだしてるからさ」

「どんな仕事?」

「店番と仕入れ」

オヤジは、仕入れは力仕事だと説明した。

女はこれで納得し、頭を下げた。

自給も待遇も問題ではなかった。

雇ってくれるところがあったのでうれしかったのである。

有名私大を出て語学に堪能な女が、八百屋の店番の仕事が見つかった事にこれほどの喜びを感じるのである。

人生をどこかで間違えた、と言われても仕方が無い。

女は電車賃にも事欠き、一ヶ月間は日払いにしてもらったほどであるから、翌日からは歩いて通った。

店番をしたり掃除をしたり、働きぶりは満点である。

仕入れに借り出されるときには、オヤジは朝もまだ暗い頃、迎えに来た。

その女は、見たとおりの体格を裏切ることなく、相当の腕力をオヤジに見せ付けた。

お客の反応も良く、金銭の扱いも確かで、礼儀も正しく、オヤジは大いに喜んだ。

このオヤジは確かに見ての通りの「八百屋」である。

又、同時に、土地の大地主でもあり資産家でもある。

外見の土臭ささからはまったく想像できない。

しかし、この女はそれを知らない。

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