第43話生物学的な父親


 丈さんの僕を思ってくれる気持ちは、ずっと前からちゃんとわかっていた。

過保護なまでに僕を愛してくれる母さんと、包み込むような温かさで僕を大切にしてくれる丈さん。二人がいてくれたから、毎日安心して暮らしていられる。もちろん、おばあちゃま、お爺ちゃま。それに先生方もだけどね。

ただ僕自身、成長していく中で僕の生きていく意味を少しずつ認識しているし、自分の持っている力がわかった以上やめるわけにはいかない。


 母さんが、書斎からリモートを終えて出てきた時は、僕と丈さんはいつもの二人に戻っていた。

僕と丈さんは男の約束をしたんだ。


「颯。丈ちゃんは、お蘭に心配かけたくないんだ。」

「うん。」

「大切な人を守りたい。その気持ちは颯も一緒だろ。」

「もちろん。丈ちゃん言ってたでしょ。男の子は、かあさまよりも背が大きくなったら、赤ちゃんみたいに守ってもらうんじゃなくて今度は、かあさまを守るんだぞって。

僕、もうすぐかあさまより背が大きくなりそうなんだ。」

「うん、大きくなったな〜。そうだ。颯が、お蘭を守る番だ。」

「丈ちゃんと一緒にね。」

「ああ。だから、今回の事は二人の秘密にしよう。」


僕たちは、何事もなかったように、プリンを食べながら宿題をしていた。

 母さんは、ため息をつきながらキッチンに向かうと丈ちゃんに


「二人ともありがとう。あーなんとか、解決できたわ。プリンをつまみにどうぞ。」


僕には麦茶を、丈さんの手元には缶ビールを置いた。僕はそれを見て嬉しくなって


「ビールだ!ってことは、丈ちゃん泊まって行くの!」


丈さんはちょっと戸惑って見えたけど、母さんが当然の様に


「泊まっていくでしょ。」

「あ、、ああ。」

「丈、今日はそうして欲しい。一緒に華さんを弔いたいの。」

「そうだな。たくさん華さんの話をしよう。」


そう言うと丈さんは、母さんの缶ビールのプルトップも開けた。

二人は、僕にも麦茶のコップを持たせると


「献杯。」


静かにビールを口にした。

僕は、今まで大切な人の死の経験なくて、弔うって意味がよくわからなかった。


「弔うって?たくさん亡くなった方の話をすることなの?」

「ああ、そうだよ。たくさん華さんの話をして、たくさん華さんを思うことだよ。」

「人が本当に亡くなってしまうのは、誰からも思い出してもらえなくなる時。忘れられた時なの。」

「じゃあ、思い出をたくさん話していれば、本当に亡くなったんじゃないんだね。」


丈さんは頷くと、華さんとの思い出を話し出した。

幼稚園のクリスマス会のマリヤさまが、とっても似合っていたこと。

初等部一年の時、手を繋いで一緒に学校に登校してくれた事。

運動会で活躍したらハイタッチをして一緒に喜んでくれた。

家に帰りたくない時、絵を描く華さんの横にずっといた。

同じ華道の先生について学んでいたが、華さんの鮮やかな色使いといつも比べられたいた事。

丈さんは、とても悲しそうだったけど、華さんの話をしていくうちに少しずつ穏やかな顔になっていったんだ。


弔う事って亡くなってしまった人にも、残された人にも、とても大切な事なんだね。


 翌日、朝食をとっていると丈さんのスマホが鳴った。


「西園寺です。はい。先日は大変失礼しました。いえ、はい。いや、どうぞお気遣いなく。はい。はい。では、失礼いたします。」


何度も、何度も頭を下げながらスマホを切ると、ため息を一つ。

その様子に、母さんが、


「仕事の連絡じゃないのね。どうしたの?」

「ああ、東雲先生から、、、。」


母さんにふいをつかれて、思わず言ってしまった。

丈さんはの顔にはしまった!って書いてある。


 ー丈さんて、本当にわかりやすい。

  こんなに顔に出るのに、よく刑事が務まるねー


母さんは機嫌が悪そうに


「また、心陽先生からのご指名かしら?つい先日もご自宅で丈だけのお食事会。お疲れ様会だったかしら?今度はなんって言ってご招待?」


丈さんは、目に見えてオタオタしながら


「違うよ。この間は呼び出しがあって、ドタキャンになったから、ぜひ今晩いらっしゃいって。東雲先生からだよ。仕事、仕事の一貫。」


僕は、そんな丈さんを見て


「行きたくないなら、お断りすれば良いのに。」

「お断りしたんだけど、ぜひ一度だけでもって。あー。まあ一度行けば気が済むだろう。今晩、行ってくるよ。」


丈さんの言い方は、まるで早く帰ってこない夫に文句を言っている妻に許しを得ているかのようだね。


 ー全く、世話の焼ける丈さんと、母さんー


 だからさ、いつものように学校から母さんの会社に帰り、そこから家に帰る途中、母さんを説得して、またあのコンビニに行ったんだ。

母さんは車から降りなかったけどね。

僕は、コンビニの中で時間を潰して心陽先生を待ち伏せした。

思った通り、心陽先生はやって来た。好都合な事に東雲先生も一緒だ。

心陽先生は、駐車場に停めてある母さんの車を見つけるとイソイソと寄って来て


「あら、蘭子様。またこのような所でお会いするなんて。お父様、鏑木坂蘭子様です。蘭子様、父です。」


母さんは、東雲先生を知っている。わざとらしく弾んだ声でそう話す心陽先生がめんどくさかったと思うけど、そこは蘭子様。


「東雲先生、心陽先生、ご機嫌よう。東雲先生ご無沙汰いたしております。」

「まあ、蘭子様とお父様はお知り合いでしたの。」

「ご機嫌よう。ああ、そうだ。心陽こそ、蘭子さんとどこで?学年が違って合わないだろう?」

「ええ。丈太郎様と蘭子様、同じ学年ですから学生時代はご一緒することはありませんでした。お二人は、幼馴染なんですって。

それより、蘭子様。丈太郎様、今日は我が家にご招待していますの。ディナーをご一緒にと思いまして。」


得意満面、ものすごく上から目線で、めちゃめちゃ勝ち誇ったように母さんにそう言った。

そんな、先制パンチ繰り出しました〜、みたいな発言の仕方をしたら母さんが黙ってるはずもなく


「ええ、そうですってね。今朝、丈もそう言っていましたわ。」


東雲先生がいらっしゃるから軽めのジャブかな。


「うん?今朝?」


さすが東雲先生。日頃、患者さんの事をよく観察されたいるから母さんのジャブに気がついたみたい。そこに丈さんがやって来て


「ご機嫌よう。遅くなりました。あれ、お蘭。今帰りか?颯は?」


 ー丈ちゃん。ナイスタイミングだよ。ー


僕はコンビニから飛び出して、


「僕はここにいるよ。」


そう言って、子犬の様に丈さんに抱きついたんだ。心陽先生の視線を感じながらね。

でも、今日の心陽先生は僕の登場にも動揺は無い。蘭子様には絶対に負けない。丈さんを自分に振り向かせるって決めたかね。

決意した女性は強いねー。


「お父様。蘭子様のお子様で颯真さんです。」

「おお。先日の事件の時にはありがとう。六年間、金のエンブレムだそうだね。とても優秀だと、噂は聞いているよ。」

「ありがとうございます。」


東雲先生は優しい低い声で、穏やかな方だとすぐにわかった。


「そうだ。今日は、事件のお疲れ様会だから、颯真さん達も一緒にどう。」


東雲先生は誘ってくれたけど、顔が険しくなっている人が約一名。


「き、急なお誘いは、失礼よお父様。」


そうだよね、せっかく丈さんを独り占めできると思ってるのに、心陽先生にとって僕と母さんとっても邪魔な存在。

母さんが、何か言おうとしてる様だったけど、僕が母さんの代わりに


「東雲先生、ありがとうございます。でも、突然伺っては、ご迷惑でしょう。今日は、父を労ってください。よろしくお願いします。」


って、パンチを繰り出した。東雲先生は困惑した顔で


「父?丈太郎くんの事かな?」

「あああ、お父様。颯真さんは、お父様がいらっしゃらなくて、丈太郎様をまるで父親の様に慕っていらしゃるのよ。ほら、蘭子様と幼馴染でいらっしゃるから。ね。」


心陽先生のあわってぷりは、想像通りだ。だからね


「いえ。生物学的にも丈ちゃんは僕の父親です。」

「えっ、えーーーーー。」


四人の大人の声がシンクロしていた。


 ー心陽先生、僕の強烈なカウンターで

  さすがにノックアウトですか。ー


薄暗くなっていたから、ハッキリとは見えなかったけど、きっと丈さんは、耳まで真っ赤だったよね。


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