第42話愛情


 丈さんの漫画みたいなわかりやすい反応とは対照的に、母さんの事は全く読めなかった。

僕から見たら、母さんだって丈さんのことが好きなんだと思うんだけど、


「丈さんが、お父様だったら嬉しい。」


そう言った僕に、ビックリするくらい無反応だった。それどころか、


「丈。真っ赤よ。いつまでも可愛い中学生ね。」


 ーへっ、そんな反応なの?ー


普通あんな会話を聞いたら、恋人同士が、やきもち焼いてイチャイチャしてるんだなって、誰でも思うでしょ。

蘭子様はクールビューティーなのか、呆れ顔で丈さんにそう言うと、さっさとキッチンに言ってしまった。


「なーんだ、丈ちゃんの片想いなの?かあさまも。丈ちゃんのこと好きなのかと思ってたのにな。」


丈さんは真っ赤な顔のまま頭をボリボリかいて


「颯には、まだ難しいだろうな〜。丈ちゃんもお蘭を好きだし、お蘭もそうだと思うけど、大人には色々あるんだよ。好きにも色々。」

「色々って?」

「色々は、色々だ。」


そう言うと、今度は顔をゴシゴシとして


「丈ちゃんは、颯が大好きだ!お蘭も颯が大好きだけど、丈ちゃんの大好きは、お蘭の大好きに絶対に負けてない。」

「うん、ありがとう。えっと、、、だから?」

「だから、そう言うことだ!」

「ち〜っとも、わかりません。」


僕が真顔でそう言うと、丈さんは、


「わからなくてよし。颯を好きな事は変わんないからな〜」


丈さんは僕をギュッと抱きしめながらくすぐってきた。

僕をゲラゲラ笑わせて、話を逸らす作戦だとすぐに分かっちゃたけど、丈さんの顔を立てて、作戦に乗ってあげたんだ。


キッチンにいた母さんがプリンを両手に持ちながらやって来て、


「中学生だと思ったら、小学生が二人じゃれあってるのね〜。」


プリンを僕たちの前に置くと


「丈、時間があるなら颯の勉強見てくれない?」

「そうか、土曜チームに入ったんだったな。」


その発言に、母さんは、プリンを置く手をピッタっと止めて丈さんを睨むと、


「黄金のエンブレムなのよ!入ったんだな〜、じゃないでしょ!颯の為に土曜があるのよ!勘違いしないで!」


 ー勘違いは、母さんです。ー


「ちょっと、仕事でトラブルみたいなの。申し訳ないんだけどリモートしたいから、外して良いかしら?」

「こんな時間まで、大変だな。颯は俺に任してくれ。」


本当に大丈夫?っと言いながら、母さんは書斎に入った。

 

 僕が、教科書を広げると、丈さんが覗き込んで、


「懐かしいな〜。もうこんなこと勉強してるのか?」


そう言って教科書を手に取り、パラパラとめくりだした。

でも、その手はどこか心ここに在らずだよね。丈さんが言いにくそうだから僕から言ってあげたんだ


「アイツに言ったよ。華さんが見る事のできない世界をもう見るなって。華さんの悲しみを背負ってゆっくりと朽ちていっけって。そう言った。」


丈さんの教科書をめくる手がゆっくりになり、そして止まった。


「アイツ、どうなった?」

「、、、。」

「丈さん、捜査に関わってるんだもの、会いに行ってるんでしょ。」


丈さんは、答えを探しているようだったけど、僕の方を見て


「うん、、、急に、おばあさんになってたよ。」

「そう。」


僕は、無機質に答えた。丈さんが僕を見る目が心配に変わっているのがよく分かった。


「そんな目で見ても僕は変わらないよ。僕の大切な人たちを傷つける奴を許すことはしない。」

「颯、、、」

「どんなに法律が裁いてくれても、悲しみや憎しみは消えない。

ましてや、法律がちゃんと見合った罰を与えてくれなかったら、苦しい思いをした人たちは、どうやって乗り越えていけば良いっていうの。」

「颯、、、。」


僕は、だんだんと気持ちが抑えられなくなって、


「華さん、何も悪いことしてないでしょ。それなのにアイツはどうしてあんな酷いことができるんだよ!

華さん、香さんのところに帰りたかったんだ。香さんと紫陽花の絵を仕上げたかったんだよ。それなのに、あんなに冷たい、暗い土の中に、埋められるなんて。」

「、、、。」

「僕、知ってるよ!陽奈乃さんだって、法律に任せていたら、またアイツはすぐに殴りにやって来る。そうでしょ!殴られないために、アイツがこの世からいなくなるまでずーっと陽奈乃さんもお母様も逃げて、隠れて生きるんでしょ!」

「、、、颯。」

「そんなのおかしいよ。アイツを監獄に一生閉じ込められないなら、陽奈乃さんを二度と見つけられないようにするしかないじゃないか!」


気持ちが高ぶって、悔しさが抑えられなくなって、丈さんにひどい言葉をぶつけた。


「華さんのことで、今まで警察官として事件を見ていた丈ちゃんにも、良くわかったんじゃないの。被害にあった人や、家族の気持ちが。」

「ああ、そうだ、よくわかった。よーっくわかったよ。悲しくて、悲しすぎて、苦しくなって。どうしようもない気持ちで胸が潰されそうだ。」


丈さんの目は、真っ赤になっている。


「だけどな。颯が、犯人に復讐をしてくれても丈ちゃんのこの気持ちは何も変わらない。復讐してくれて嬉しいなんて思えないんだよ。」


丈さんの矛盾した気持ちに全く納得はできない。


「僕は、やめない。復讐じゃないよ。アイツらは、犯した罪に見合った罰をもらってるだけだから。」


真っ赤な目の丈ちゃんは、僕を抱きしめて


「心配なんだ。颯のことが。心配で、心配で。ただそれだけなんだ。颯がどうにかなってしまいそうで。だから、もう、やめてくれ!もう、、、。もう、、、。颯、お願いだから、、、もう、、、」


丈さんの言霊が僕の力を封印しようとしている。

大きくて、温かい腕の中でに包まれていると、ふと、それでも良いと思った。

こんなにも愛してくれる丈さんがいるなら。持っているこの力を封印しても良いと。

丈さんから伝わる温かさは、僕の中にある怒りを鎮めていきそうだった。


だけど、陽奈乃さんの怯えた顔も。香さんの悲しい顔も。土の中に横ったわっていた華さんの姿も。

僕は、忘れられない。

理不尽な悲しみが無くならないなら、僕はこの力を捨てる事なんて出来はしないよ。


ごめんなさい、お父様。

僕は、神様にも愛されたんだ。

授かった力を使うこと、これからも、ためらったりしない。




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