第39話溢れる涙
華さんが横たわっているそばで立ち尽くしていた丈さんが、僕の様子に気がついて走って近づいて来る。
それもスローモーションのようにゆっくりと。
丈さんが僕の肩に触れて
「颯!」
そう叫ぶと、シャボン玉が弾けるように時間の流れがもと通りになり、僕の意識も重力のある世界に戻って来た感覚になった。
「颯!颯!」
丈さんは、何度も何度も僕を呼んで、僕をその場から剥がすように抱いて連れ出した。
「颯。わかるか?大丈夫か?丈ちゃんだぞ。」
僕は丈さんを見てニッコリ笑い。
「大丈夫。全部わかってる。全部ね。丈ちゃん、華さんをちゃんと見つけてくれて、ありがとう。」
「ああ。、、、そうだな。そうだよな、、、」
丈さんは涙をいっぱいに溜めていた。その瞳の中に華さんが映っている。
「丈ちゃん、その瞳。華さんを知っているんだね。」
「うん。華さんは丈ちゃんの先輩なんだ。学校でも、そして華道でも仲良くしてくれた二つ年上のお姉さんなんだ。颯、本当に、、、本当に華さんなのか?」
丈さんは確認するように僕を除き込んでいる。
「うん。香さんの瞳に映っていた華さんと、あいつが襲った女の人は同じ人だった。だから、あそこで眠っているのは華さんだよ。」
「、、、そうか。ああ、、、そうか。」
「ごめんね丈ちゃん。」
丈さんは涙を拭って、
「、、、颯が謝る事は何もないよ。丈ちゃんこそ颯にお礼を言わないと。華さんを冷たい土中から見つけてくれたんだもんな。ありがとう。」
僕達が話していると、鑑識の人が近づいてきて
「西園寺警部。画材箱にローマ字で『はな』とサインが。」
丈さんは大きく深呼吸をして
「わかりました。」
先ほど僕や学校の事を馬鹿にしていた刑事が近づいて来て、
「、、、さっきは悪かた。本当に申し訳ない。でも、どうしてわかったんだ。」
丈さんは、ハッとした。まさか颯は瞳の中が見えると言えない。たとえ言ったとしても信じてもらえるはずもない。
丈さんがもの凄く答えに困っているのが手に取るようにわかった。
いつもの丈さんなら何かすぐに思いつくのだろうが、今は被害者が華さんで、それを不意に知らされたことに動揺していて、うまく言葉が出てこなかった。だから僕が
「場所がわかったのは、ここに着いた日に犯人があそこを見ていたからだよ。人が埋められたら土壌は酸性になる。紫陽花は酸性の土で青くなるでしょ。
鮮やかな青い紫陽花が、華さんがいることを教えてくれたんだ。」
鑑識の人が感心したように
「そうだけど、君、小学生だろ?よく知っているね。」
僕は構わず続けて、
「犯人も気がついて慌てたんだろうね。誤魔化そうと犬を一株上の紫陽花の根元にわざと埋めたんだと思う。
でもあそこは斜面だから。犬を埋めたことで酸性になった土壌の成分が流れて、華さんが居るところがより一層酸性になり、鮮やかな青色になったんだ。」
「なるほど。だから犬が埋まっているところは青があまり鮮やかじゃない。」
「そう。それに、犬が発見されたことで、犯人は安心したんだ。声のトーンが高くなった。だから、必ず何かまだあると思った。」
刑事は、黙ったまま頷いている。鼻息は荒かったけどね。
「犬が誤魔化すアイテムに使われたのなら、あの犯人が誤魔化したいもの、見つかっては困るもの、それは人でしょ。」
「う〜ん。そうかもしれない、、、」
刑事はしぼり出すようにそう言った。
「鑑識の人が初めに掘り出された骨を大型犬か馬と言ってた。大きさも鑑別の決め手だろけど、頭の骨って特徴的なはず。鑑別出来ないって事は、頭蓋骨が砕けるほど殴って殺し、そして埋めたんだと思った。」
「おお〜。凄い、、、鋭いな。」
鑑識も思わず声が出た。
「犯人って、同じやり方で、犯行に及ぶんでしょ。だから、華さんを殺したやり方も同じ。女の人の力で砕けるほど殴るなら、硬い何か。華さんは絵を描く人だから、画材箱を持っているはず。だからそれで殴られたのかなって。」
刑事はもちろん、丈さんに報告に来た鑑識の人も何度も何度も頷きながら僕の話を聞いた。
「凄い観察力だな。いや、子供とは思えない。」
「本当にそうですね。しかもこんな短時間にここまで考えられるとは、、、」
鑑識の人が気がついたように
「でもどうして、埋められている人が華さんと言う方だと思うのかな?」
「それを教えてくれたのは、娘の香さんの話と。ある先生の行動から考えたんです。」
僕が指差す方向には、慌ただしく動く警察とそこにいる丈さんと僕が心配なり走ってくる畑中先生の姿があった。
ずっと黙って聞いて丈さんが、
「畑中先生の行動?どう言うことだ?」
そう言っていると、畑中先生がやって来て
「何かありましたか。颯真くん。裸足じゃないか。一体どうしたんだ。丈太郎くん説明してくれ。子供達も起き出して心配している。」
刑事が畑中先生を見ながら僕に
「この先生のどんな行動で、被害者を特定できたんだい?」
「被害者?なんの事だ?何があった?私の行動?説明してくれ。」
現場に来たばかりの畑中先生は事態を把握出来るはずも無く困惑している。
「丈ちゃんが僕に見せてくれた犯人の写真。あれは、畑中先生が撮影したんだよ。」
「えっ。これか?」
丈さんは胸ポケットから僕に見せたあの写真を取り出した。
「しかし、これは颯のSDカードの中にあったんだぞ。」
「そう。この写真。撮影したのは畑中先生。そうですよね、先生。」
畑中先生は困ったように
「、、、。ああ、そうだ。どうしてわかった?だがSDカードは、空だった、何も記録されてなかったはずじゃ?何故この写真があるんだ?」
「やっぱり。SDカードは落とし物で届いたんじゃなくて、畑中先生が僕のカメラからSDカードを取ったんですね。」
畑中先生は申し訳なさそうな顔をして
「悪かった。仕方なく、、、。」
僕は、畑中先生の顔を除きこみながら
「今は、わかります。この写真の女の人に見覚えがあったんですよね。だから慌ててそばにあるカメラで撮影した。それが僕のカメラ。」
「ああ。」
畑中先生の瞳にも華さんが映っていた。
その華さんは、香さんの様にも見えたんだ。
「香さんのお母様、華さんは畑中先生の教え子ですね。
見覚えのあるその人物は、行方がわからない教え子の手がかりに繋がる人物だと思った。しかし確証もない。
もし、本当に手がかりだとしてもその教え子の子供がここにいる。
騒ぎにならないようにしなくては、そう思って、畑中先生らしくない行動に出たんですね。」
畑中先生は驚きのあまり、声も出せずにただ立ちすくんでいた。
息をするのも忘れてしまったかの様に。
丈さんは、今誰よりも畑中先生の気持ちがわかるのだろう。先生の肩を抱くと、そばにある椅子に座らせた。
そして、丈さんはゆっくりと事の顛末を話したんだ。
畑中先生は丈さんの話を聞きながら、目から涙が溢れ出ていた。
口を抑え声を押し殺してい姿は、深い悲しみの中にありながらも、香さんを思っての配慮なのだろう。
しかし、教え子を想う畑中先生の泣き声は、明るくなり始めた宿坊に悲しく、寂しく響いていた。
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