第38話悲しき事実


 勢いよく走ってくる僕に丈さんは思わず。


「ダメだ!颯。来るな!」


その声に気がついた警察の人が、僕を止めようとしたけど、鏑木坂家は足だけは早い。スルスルっとすり抜けて、丈さんにたどり着けた。


「裸足じゃないか。戻りなさい。」


そう言われたけど、僕は丈さんに飛びついた。

丈さんは去年の六年生の食事会の時、僕が丈さんに飛びついてウェイターの瞳を覗き込んだことを思い出したのか。陽奈乃さんのお父さんの目を見て火傷を負わせたことを思い出したのか。

飛びついてきた僕の顔を咄嗟に押さえて、女性の瞳を覗かせないようにした。


「落ち着け。颯。落ち着くんだ。丈ちゃんがいる。大丈夫。な、落ち着け。」


丈さんの少し悲しそうにも思える声を聞いて、僕は目を閉じ。そして一つ呼吸をした。


「うん。」


そう短く返事をした僕の声は震えていた。


目を開けて見えた先には、警官や、鑑識の人達がスコップを持って立っている。しかし立っているのはあの鮮やかな青い紫陽花ではなく、その一株上の少し鈍い青の紫陽花のそばで、すでに穴が掘られていた。中には薄茶色の骨のようなものが見えている。

鑑識の人が


「確かに骨のようです。大型犬?いや、馬かもしれないな。まあ、どちらにしても動物でしょう。」


そう話しているのが聞こえた。


 ー動物?何言ってるんだ!ー


その時、僕の背後で女の鼻で笑うような声がかすかに聞こえ


「すみませんでした。確かに許可なくここにペットのボルゾイを埋めました。お花に囲まれて幸せだと思ったのよ。山なんだし、許可なんて要らないと思ったから。」


丈さんが僕の顔を押さえていたから振り返って見ることはできなかったけど、明らかにうまく言い逃れをしたと、安心した声をしている。


「西園寺警部。そういうことのようなので、これで撤収でよろしいでしょうか?」


スーツ姿の刑事だろうか、めんどくさそうに丈さんに言い放った。


「そこじゃないよ。この女が埋めて場所は。そこじゃない。」

「修学旅行の子だね。署長にも困ったもんですよ。自分の出身校だかなんだか知らないが、こんなくだらない事に振り回されて。田舎の警察もなかなか忙しいんでね。さあ、撤収作業にはいれー。」


僕は、その偉そうな刑事の言葉に押さえてい気持ちが爆発したように。


「くだらないのはお前だ!どこを見てるんだ。こんな犯人の言うことに踊らされて。何も見えてないじゃないか!」


刑事は、みるみる顔が赤くなり


「なんだその態度は!優しくしていれば、つけあがんなよ。署長の後輩だと思って、大人に向かって舐めた口きいてると子供だって容赦しないぞ!」

「そんな態度だから、真実が見えないんだよ!」

「なんだと。」


僕は、真っ赤な顔から湯気でも出てきそうな刑事には構わず。


「この犯人が埋めた場所は、そこじゃない。」

「何言ってる、もうここに骨が出てるんだよ!」

「その下の株。鮮やか青い紫陽花の下だよ。」

「小学生が知ったような事を言うんじゃない。西園寺警部、この生意気なガキをさっさと連れて行ってくださいよ。」


真っ赤なのは顔だけじゃなく、声まで興奮して赤くなっていそうなほど叫んでいるね。

そんな出来損ないの刑事なんか無視して、僕は続けた。


「埋められているのは女性。」

「なっ、何言ってる!」

「名前は、岩代華いわしろはなさん。」

「うっ。」

「同級生の岩代 香さんのお母さんだよ。」

「え、、颯、、、なんて、、今なんて言ったんだ、、。」


丈さんも僕が土の下に眠るその人の名前まで口にしたことに、驚きを隠せなかった。その腕から僕は滑るように地面に降りた。

ゆっくりと振り返ると、ガクガクと震え、立っているのがやっとの犯人の女が、僕の事を化け物でも見るかのように凝視している。

その瞳には、華さんを振り下ろす四角い物で殴り倒し。何度も何度も殴る冷酷な場面が映っていた。


「お前は華さんを殴って。倒れた華さんを何度も何度も四角い箱で殴って殺したんだ。」

「颯、、、。」

「そうなんだろ。言えよ!卑怯者!全部お前がした事だろ!言え!」

「わかった。わかったから。颯。もういい。もうわかった。」


丈さんは、僕を抱きしめた。そして鑑識を見て頷くと、一斉に鮮やかな青い紫陽花の下の捜索が開始された。


まもなくだった。

絵の具のたくさん詰まった画材道具箱と胎児のように丸まった人の骨らしきものが発見された。

画材の道具箱の土を払うと血液が染み込んで変色したような後もあった。

女は地面に崩れて、掘り起こされる自分の罪を抜け殻のように見ている。


僕は、自分の中に深くて強い怒りが音も無く湧き出して来ることを自覚していた。

湧き出してくる静かな怒りは、僕の中の時間の流れをコントロールしていく。

捜査に集中して走り回っている丈さんや警察官、鑑識の人たち。その様子がまるでスローモーションのようにゆっくりと流れて見えた。

このおかしな感覚に、僕はなんの違和感も感じない。

ゆっくりと動く人の中を僕もゆっくりと進んでいき、女の前で立ち止まった。そして犯人の女の瞳に、


「華さんがもう二度と見ることの出来ないこの鮮やかな世界をお前が見る事など、絶対に許さない。華さんの悲しみを背負ってお前もゆっくりと朽ちていけ。」


自分の意思でそう言った。


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