第37話紫陽花


 岩代さんと話し、伊織も帰ってきて、僕もだんだんと冷静になった。

昨日の中年の女性の熊の件もあったので、山肌には近づかず、遠くから紫陽花を撮影したり、友達の顔や、作業している風景を撮影していたんだ。

三時のおやつを食べている時、山本先生が、昨日の部屋で丈さんが待っていると僕を呼びに来た。


「おやつの時間に悪かったな。」

「山本先生が、丈ちゃんにもって。」

「お〜懐かし〜。清雅英明学院の校章の焼印付きどら焼き。」


目がハートになりそうなくらい嬉しそうな丈さんに、どら焼きを手渡しながら窓から外を見て、畑中先生がどこにいるのかを確認した。でも、念のために丈さんの耳元に小さな声で


「丈ちゃん。SDカード盗んだの畑中先生だと思う。」


丈さんは、頬張っていたどら焼きを吐き出しそうなくらい咳をして。


「颯、今、ゴホゴホ なんって、、ゴホゴホ。」

「落ち着いて。SDカード窃盗犯は、畑中先生だ。間違いないよ。」

「何言って、、、ゴホゴホ。」


僕はお茶を丈さんに手渡しながら、

畑中先生の瞳に届けた人が映っていなかったし、僕がダミーで入れておいたSDカードに何も記録されてないって知っていたと伝えた。

それから、伊織の目に僕がしてしまった事も。


「そうか、、、辛かったな。」


丈さんは、どら焼きを口に入れたまま僕を抱きしめて。


「確かに、大人の一人の指紋しかSDカードには付いてなかった。畑中先生指紋なのかはわかんないけどな。

颯。丈ちゃんがついている。一人で考えて辛くなるなよ。どんな事でも抱こまずに、いつでも助けてって連絡するんだぞ。」

「うん。そうするよ。」


丈ちゃんは、約束したぞって言いながら、しばらく僕を抱きしめてくれた。そして、僕の顔を見て


「颯、見てもらいたい写真がある。颯のSDカードの中の写真を全て調べてみたんだ。良いか?」

「うん。見れるよ。」


写真には、紫陽花を見つめるあの中年の女性が写っていた。


「あ。そうだよ。この人。あれ?僕、こんな写真撮ってたのかな?」

「撮影したの覚えてないのか?」

「うん、、、。撮影の仕方の講習を受けてる時かな?わからない。

でも、この人で間違いない。僕に話かけてきた人だよ。」


丈さんは、僕の頭をくしゃくしゃっと撫でて。


「よし、これで人物が特定できた。丈ちゃんが必ず解決するからな。颯は修学旅行を楽しめよ。」

「、、、う、うん。」

「畑中先生なら大丈夫だ。だって、畑中先生だぞ。」

「、、、そうだよね。」

「そうだ。それから、、、伊織くんの事も大丈夫だったんだろ。」

「、、、今は、、、ね。」

「今が大丈夫なら心配ないさ。気にしすぎるな!な!」

「わかった。気にしないように頑張る。」


丈さんは、やっぱりこのどら焼き美味しいなって、モグモグしながら笑ってた。帰る時、山本先生にもお礼を言いながらもう一つおねだりしてたね。


 それからの二日間。修学旅行は何事もなく、みんながそれぞれの課題に取り組んでいた。

ただ、熊が出るからと、精進料理の買い出しやら外に出る時は、全て車やバス移動になったのと。絵や写真撮影で山肌に近づくときは、警察の人と一緒に行動することが、約束事に追加されたんだ。

警察官と仲良しになるって、なんだか特別な感じ。僕たち妙にテンションが上がって用もないのに話かけに行っちゃった。


紫陽花の絵は、紫陽花を描くと言うより、色とりどりの紫陽花の花の色をキャンパスに乗せようと、岩代さんの提案で描かれたので、五日目にはほとんど仕上がていた。


 ーさすがだよね。先生よりも凄いかも。ー


 五日目の作業が終わる頃、宿坊の入り口に警察車両が横付けになった。

僕たちがお風呂に順番に入っていると、なんだか外がザワザワし始め、先生達も落ち着かない様子がよく分かった。

同級生たちが


「どうしたんだろう。外に灯りが用意されてるよ。」

「ついに、熊が来たのかな?」


大原先生が一段高いところに立って


「何があっても、皆さんと大の仲良しになってくださった警察の人がいるんだから大丈夫です。皆さんがする事なんですか?」

「いつも通り。」

「静かにしてる。」

「そうです。さすが、清雅英明学院の生徒です。さあ、たくさん食べて、ぐっすり寝ましょう。」


その言い方が面白くて、みんな、不安が吹き飛ぶほど笑った。

 翌日、僕は早くに目が覚めた。部屋の誰もまだ起きていない。

食堂に繋がる縁側まで出て外を見ると、紫陽花の一部にテントが張られ、丈さんや、警察の人達が二十人くらい集まっていた。


 ーあんなに人がいるのに、静かだな。ー


まだ残る朝靄が包み込んでいるからなのか、大勢人がいるのに静寂な別世界がそこ存在している。

丈さんの横には、あの中年の女性らしき姿が女性警察官に付き添われて立っていた。

何か話ている?気になって耳を澄ませたが


 ーさすがに聞こえなか。ー


宿坊から見ていた僕は、なぜかその場から動けなかった。


丈さんが僕に気がつきこちらを見た時、その中年女性もこちらを見た。

こんなに離れていては、瞳の中を覗けるはずも無い。

でも、あの初日に中年の女性の瞳に中に見た映像が、フラッシュバックしてきた。

とても鮮やかに。

そして僕は縁側から飛び出し裸足で丈さんのところに走り出した。


丈さん、わかった。

誰が、鮮やかな紫陽花の下に眠っているのか!

どうしよう、怒りが抑えられない!

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