第36話岩代 香さん


 伊織が病院に行っている間、僕は色んな事がどうでも良くなっていた。

畑中先生が、


「SDカードに記録できるか確認するから、カメラを貸してみなさい。」


そう言ってカメラを取りに来た時も、先生がSDカードを盗んだかもしれない事など、どうでも良くなっていた。


「大丈夫そうだ。記録できているよ。」


畑中先生がカメラを確認した返してくれたけど


「ありがとうざいます。」


そう答えるのが精一杯だった。

 僕の様子を見ていた岩代さんが


「颯真さんが、そんな風に落ち込むなんて意外だったな。」

「え、どういうこと?」

「違ってたらごめんね。伊織さんの事、、、その、、苦手なのかと思ってたから。」


岩代さんは、はっきりと考えを言う人だけど、母さんみたいに直球は投げてこない。僕は、ニヤリとして


「苦手か〜。岩代さんは、優しい言い方するね。」


岩代さんは、ふふふと笑うから


「嫌いなタイプだよ。」


そうはっきり伝えた。


「その割には、凄く心配してるみたい。」

「目の前で起きた事だし。好きじゃないけど、怪我したのは、ね。えっと、、別な事だし。」

「颯真さんは、優しいね。」

「違うよ。気になってるだけだよ。」


 ーそう、僕のせいだから、、、ー


岩代さんが、


「昨日いらしたのは、お父様?颯真さんはその、、、」

「うん、かあさまだけだよ。昨日は、かあさまの幼馴染みの丈太郎さんが薬を届けてくれたんだ。」

「お父様、いらっしゃらないの?」

「いないよ。」

「そう。私は、お母様がいないの。」


僕は、意外な返事に驚いた。


「そうなんだ。知らなかった。」

「小さい頃はいたんだけど。途中からいなくなっちゃったんだ。」

「途中から?ご病気?」

「違う。出かけたっきり帰って来ないの。」

「、、、事故に、、、とか?」

「わかんない。親戚のおじ様方は、私とお父様を捨てて行ってしまったって言うの。」

「え。」

「お父様とお母様、年が離れてるからって。だから嫌になって出て行ったんだっていうの。」


僕は、なんて返事し良いのか凄く困った。岩代さんはキャンパスに筆を走らせながら。


「こんな話、困るよね。」

「話は困んないよ。返事には困るけど。」


岩代さんは、まん丸い目を一層丸くして、


「颯真さんて、面白い。正直なんだね。だからお母様のこと話しちゃってのかな〜。」

「面白くて、正直?」


岩代さんは、ニッコリと笑って、またキャンパスに向かうと


「今まで、誰にも話したことないの。お父様はね、絶対に違う、捨てて行ったりしないって。私もそう思う。でも、お父様悲しそうだから、誰にも話したことなかったんだ。」

「、、、うん。」

「私まだ五歳だったけど、覚えてる。前の夜は、ベッドの中で絵本を読んでくれて。朝、ちゃんと行ってきますって。土曜日に帰るね。そう言って出かけたの。」

「うん。」

「お土産は、絵本よって。」

「どこにお母様は出かけたの?」


僕がそう尋ねると、またこちらを向いて


「ホテルから頼まれた絵を描きに。」

「絵を描きに?」

「そう。お父様は、日本画だけど。お母様は、油絵を描く画家なの。」

「へ〜すごい。だから岩代さんは絵を描くのが好きなんだね。」


岩代さんは、また目を丸くして


「上手って言う人は多いけど、好きって言われたの初めて。」

「そっか。ご両親が画家だから、絵を好きとは限らないか。でも好きじゃなければあんなに楽しそうな絵は描けないのかな〜って。」

「楽しそう?私の絵を知ってるの?」

「知ってるよ。職員室の前に飾ってあるでしょ。絵の事、全然わからないけど、楽しそうな絵だな〜って。」

「ありがとう。見てくれてるんだ。」


それからは、岩代さんは楽しそうにお母様の話を始めた。

毎晩、絵本を読んでくれた事。卵焼きが甘くて美味しい事。名前が華(はな)だから、花の絵が得意だって事。お母様が色の選び方を教えてくれた事。

お母様の話をする時の岩代さんの瞳には笑顔のお母様、華さんがずっと映っていた。僕は思わず


「へ〜、お母様譲りの色使いなのか。岩代さんのお母様って、いつも笑顔の方なんだね。岩代さんと良く似てるかも。」

「そう、似ているって言われる。でも、どうして知ってるの?」


 ーしまった。ー


「い、岩代さんが、楽しそうに話すからそうかな〜って。ははは」


 ー苦しい言い訳だな〜。ー


岩代さんは、とっても良い笑顔で


「岩代じゃなくて、みんなみたいに名前で呼んで。私は颯真さんって呼んでいるんだし。」

「うん、わかった。」


僕は、そう言ってカメラで岩代さんの写真を撮った。


「え、何?」

「なんだろう?なんとなく。かな。」

「何それ。」


僕は岩代さんの写真を撮って、ふと思いつき。


「カメラ班は、花だけじゃなく、みんな笑顔の写真も撮るよ。それも作品に入れようよ。」

「それ、良いかも!」

「じゃあ、香さんの写真をもう一枚。」


岩代さんの2枚目は、あっかんべー って顔になった。


僕は、伊織にしてしまった事で気持ちが沈んでいたけど、おかげで少しだけ元気が出てきた。


ただ、岩代さんの瞳の中のお母さんはどこかで見たことがあるような気がしていた。


母と娘。似ているからそう思うのかな?



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