第35話最悪の一日
眠れないと思ったけど、それは初めのうちだけ。僕は意外にもぐっすりと眠れた。いつもよりも早く目は覚めたけどね。
朝起きて、一番に目に入ったのが、伊織の寝ぼけた寝顔だった。
ー最悪の1日が始まりそうな予感しかしないよ。ー
お腹が痛いふりをして、先生たちと同じ時間にお風呂に入ったから、僕の布団を敷くスペースは伊織の隣しか空いてなかった。
ー今晩は、絶対に一番遠くに寝る。ー
そう心に決めて顔を洗いに行った。
先生方も早起きで、洗面所には畑中先生が大きなあくびをしながら立っていた。
「おはようございます。」
「おはよう。お腹の痛いのはどうだ?大丈夫か?」
「はい。お夕飯も完食したけど、お風呂でよく温まれたし。今は痛くないです。」
「それは良かった。今日も頑張れそうだな。」
「はい。」
そんなごく普通の会話の後に畑中先生が言ったんだ。
「颯真くんは、一眼レフのカメラは、初めてか?」
「えっ?」
「SDカードには、シャッター押せば記録されるんだが。
何か操作パネルをいじったのか?」
「一眼レフ初めてですけど、、、。えっと、どうだったかな?面白くてパネルいじっちゃったのかも?」
「そうか、今日の撮影前に見せにおいで。パネルのどこか触っていると、せっかくいっぱい撮影しても、記録されないとがっかりだからな。」
「はい、、、。」
そう言って、畑中先生は部屋に戻って行った。
僕は、すぐに先生との会話の意味を理解した。
ーどういう事だよ!先生が犯人ってこと?ー
昨日は、青い紫陽花の辺りを撮影した。
殺人犯であろう人物から声をかけられた僕は、念の為に、撮影したSDカードと新しいSDカードを入れ替えておいた。
僕たちの部屋に誰もいなくなったのを見計らって犯人がSDカードを僕のカメラから盗んだ。
犯人が持って行ったSDカードは何も写ってない空のSDカード。
つまり、僕のカメラから盗んだSDカードに何も写ってないのを知っているのは犯人だけなんだ!
ー嘘だろ。畑中先生が盗んだのかよ!ー
信じられなかった。信じたくなかった。
優しくて、気遣いがすばらしくて、豪快に笑う、大好きな畑中先生。
僕の尊敬する先生がSDカードを盗んだ犯人なのかもしれない。
今、人生で一番頭が混乱していた。
頭の中が整理できない自分になのか、畑中先生になのか、説明でき怒りが込み上げて来た。
そんな僕の背後から、伊織が寝ぼけた声で
「ふあ〜。颯真さん、おはよう。」
頭に来ていた勢いそのままに
「ああ、おはよう。」
そう言って振り返り、伊織を見たんだ。
その瞬間だった
「痛い。」
伊織が目を抑えてそのばにしゃがみ込んだ。
その姿に、僕の心臓が大きく鼓動した。
ーえっ。ー
「あっ、い、伊織さん。どうした?大丈夫?どこが痛いの?」
「目に、、、何か目に刺さったみたいに痛い。」
僕は焦った。あの時の感覚が僕にあったから。
ーまさか、伊織の目が、、、。どうしよう。
僕は、何をやってるんだ。くそっー
大っ嫌いな伊織だけど、それとこれは別だ。
ーもしも、伊織が失明することにでもなったら。ー
僕は、とっさに持っていたタオルを水で冷やし、伊織の目に当てた。
「痛いか?熱い感じがするのか?」
「うん。熱い感じがする。い、痛い!」
「誰か、先生を呼んできて!誰かー。」
大きい声で助けを求めながら、伊織の持っていたタオルも思いっきり蛇口を捻って出した冷たい水で冷やし、彼の目に当てた。
すぐに先生方が来て、タオルを外し伊織の目をみた。
伊織の瞼が赤くなっている。
「だいぶ赤いな。どうしたんだ?目は開けられるか?」
伊織は頷くと、そおっと目を開けた。
僕は、自分のしたことが恐ろしすぎて、伊織の開けた目が見られなかった。
「目は、大丈夫そうだな。」
ーえっ、、ー
恐る恐る伊織の目を覗き込んでみた。
眼球は、赤くもなく、白濁も無く綺麗なままだった。
ー良かった。綺麗な目。良かった、、、ー
僕は腰が抜けたように、その場に座り込んだ。
「あくびをしてたら、突然何か刺さったみたいな、熱いものがぶつかって来たみたいな。急に痛くなって。」
「瞼に何か飛んで来たのか?虫かな?とにかく、目が無事で良かった。」
「颯真さんが、とっさにタオルを冷やして目に当ててくれたんです。凄くひんやりして気持ちが良かった〜。ありがとう。」
伊織の顔が、すっごく明るく見えた。
僕は素早く行動したと、友達思いだと、みんなに褒めてもらった。でも
ーそんなんじゃないんだ。僕が悪いんだ。ー
そう言いたくても、説明ができない。
伊織は、すぐに救急病院に行くことになった。
先生に、かかえらっれながら振り返った伊織は、僕にありがとう、と何度も言っていた。
伊織の笑顔は、僕の胸を締め付ける。
ーごめんなさい。ごめんなさい。
ありがとなんて言わないで。
どうか、どうか無事でありまように。ー
お昼近くに伊織は帰ってきた。瞼は薬を塗っているからテカテカしていたけど、朝よりも赤みが引いている。
連絡を受けて来た伊織の母親が、隣に立っていた。
母親は、応急処置が良かったから、傷も残らないと、僕にお礼を何度も言った。
ーごめんなさい。僕のせいなんです。ー
そう言って、謝ることも出来ず、ただ、苦しさと申し訳なさに押しつぶされそうだった。伊織の傷が後が残らない事だけが救いだった。
伊織は、母親の反対を押し切って、修学旅行を続けた。
罪の意識と、何よりこの先、症状が酷くなりはしないか心配だったので、僕は修学旅行中、ずっと伊織の隣で寝たんだ。
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