第34話丈さん到着


 予想外の人が僕のカメラを手に立っていた。僕はただ動くことができなくなった体と、畑中先生がそこにいる事を受け入れたくない心が僕の体温を奪っていく。犯人のことなど知らない山本先生が


「畑中先生。どうしました?」

「ああ、山本先生。今、SDカードが落ちていたっと届けてくれた方がいてね。教師が落とすことは無いだろうから子供たちかと思って。」

「そうですか。ありがとうございます。」

「颯真くんのカメラにSDカードがなかった。これは、颯真くんのだろう。入れておくな。」


小さな袋に入ったSDカードを畑中先生がポケットから出して、僕の顔の前に出してきた。僕は、やっとの思いで口を開き


「ありがとうございます。先生、自分で入れます。」

「大丈夫か?落とさないように入れられるのか?」

「はい。」


畑中先生からSDカードを受け取ると僕はポケットにしまった。


「うん?すぐに入れないのか?」


すぐにカメラに入れないなんて、確かに僕らしくない行動だよね。

でも、もしかしたら犯人の指紋がついているかも。だから今は、袋からSDカードを取り出したくは無いんだ。

山本先生が、


「颯真、ちょっと調子が悪いんですよ。」


山本先生の言葉に、畑中先生はもう一度僕の前に顔を近づけ


「どうした。唇が少し青いな。大原先生に薬をもらいなさい。」

「それが、常備薬を忘れて。少し休ませます。薬は届くそうなので。」

「おお、そうか、そうか。休め、休め。」


 清雅英明学院の修学旅行が近場な理由の一つがこれなんだ。

一般に良くある幼稚園でのお泊まり会も、五年生の林間学校もない。初めて親元から離れるし期間も長い修学旅行。

大切なお子様に何かあったらって大変。親がすぐ駆けつけられるように、毎年、車で一時間ほどの宿泊先が選ばれている。源氏の皆さまは、過保護集団だからね。


 ーおかげで丈さんを呼べるんだから感謝しないと。ー


畑中先生と山本先生は、蘭子くんが来ると一気に賑やかになるな、とか。いや忙しくて、他の方がいらしゃるようですよ、とか話していた。


不思議だったのは、畑中先生のお話だと、落とし物のSDカードが届いた直後のようだったが、それらしい人物は先生の瞳の中にはいなかった。


僕は二人の話に割って入り、


「畑中先生。届けてくださったのどなたですか?お礼を言わないと。」

「そうだな。明日にでも言いに行こう。」

「近くの方ですか?」

「ああ。前回の修学旅行で使わせていただいた時にお世話になった方、、、らしいんだ。」

「らしいって、先生覚えてないんですか?」

「いろんな宿坊に行ったから、記憶が曖昧でな。」


畑中先生は、申し訳ないなって言いながら豪快に笑っていた。

少し気にはなったが、良かった先生は関係ないと思えた。


 ーちょっと、神経質になりすぎだよね。ー


お風呂から上がってくると夕食の時間。僕も楽になってきました、と一緒に食堂の席に着いた。

本当はお腹は痛くないんだもの、夕食を食べないなんてお腹が空きすぎて倒れちゃうよ。


夕食後に各班で今日の反省会が行われる。そろそろ丈さんが到着かなっと思っていたら、大原先生が呼びにきた。


「颯真さん。いらっしゃい。お薬届いたわよ。」

「はい。」


山本先生といた部屋に行くと、丈さんが山本先生と話をしていた。


「颯真です。」

「おう。入りなさい。丈太郎くんが来たぞ。ちょうどこちらに来る予定だったそうだよ。良かったな。」


そう言って先生は生徒の反省会に戻って行かれた。


「颯。大丈夫か?」

「うん。丈ちゃんが来てくれてすごく安心した。」


僕は、本当に安心して自然と涙が出てきた。丈さんは大きな手で頭を撫でながら


「初めての宿泊で緊張しているだろうに。『めめ』は大変だったな。丈ちゃんが来たから心配いらないぞ。」

「うん。」


丈ちゃんは、カバンからトランシーバーのような機械を取り出して、部屋を捜索した。僕が、盗聴されてるかもって言ったからね。


「大丈夫そうだな。颯、話、できるか?」

「できるよ。」


僕は、涙を拭いて、背筋を伸ばした。


「この宿坊に来て、入り口の反対側の山肌に咲いている青い紫陽花を見た時から嫌な気持ちがしていたんだ。」


丈さんは、僕の手を握って頷いた。


「すごく鮮やかな青が気になって、写真担当だから近くまで言って撮影したんだ。その時、突然声をかけてきたおばさんがいて。振り返ってみたら、、、。その瞳に、誰かを穴に落として埋める瞬間が映ってた。」


丈さんは、僕の隣に座り直して肩を抱き寄せてくれた。


「周りに紫陽花が咲いてるのも見えたよ。その時の紫陽花はピンク色だった。」

「そうか、人を埋めた。だから今、青い紫陽花になっている。」

「うん。間違いない。」


そう言って、ポケットから袋に入ってSDカードを取り出した。


「これ、僕たちの部屋に誰もいなくなったのを見計らって、僕のカメラからSDカードを抜き出したんだと思う。何か、証拠になるものを撮ったんじゃないかと思って。空にしておくのはまずいと、落とし物として代わりのSDカードを届けて来たんだよ。」

「これは、犯人が用意したSDカード?まて、犯人が颯の部屋に来たって事か!」

「たぶん…」

「たぶんって…まずいな、大胆な行動をとるって事は…」

「うん。でも慌てて用意したと思う。ギガ数が違うんだ。」

「怖い思いをしている時に冷静だな〜。」


丈さんは目をまん丸くして僕を見てる。


「畑中先生が持っていらしたから、先生の指紋もついているかも。でも僕の指紋がなければ、犯人がすり替えたSDカードだって証拠だよ。」

「相変わらず、小学生にしておくのはもったいないな。」


そう言って僕をギュッと抱きしめてくれた。


「もっと。もったいないと思わせてあげるよ。」


僕は、もう一枚SDカードを丈さんに見せた。


「颯、まさかそれ!」

「丈ちゃんも鋭いね。そうだよ、盗られる前に空のSDカードと替えておいた。犯人が欲しかったのはこっち。」

「本当に、すごいな。刑事になれよ、コンビを組もう。」


僕はだんだんと調子が出て来た。丈さんの顔も心配から、打って変わって明るくなっている。


「でも、犯人が欲しがるほど重要な何かが写っているとは思えないんだけど。」

「そうか。それは丈ちゃん達が確認するから、任せてくれ。」

「うん。」


丈さんは丁寧に胸ポケットに2枚のSDカードしまった。


「それから、その時に感じた視線がもう一人いて。その視線が宿坊の中でもしたんだ。犯人の一人がSDカードを盗りに来た時に感じたのかな?」

「危険だな。SDカードが空だと分かれば何かしてくるかも。誰がなんの目的でSDカードを持ち出したのか、わからないうちはこちらとしても手の打ちようがないし、、、。」

「そうだよね。」


僕はまた不安な気持ちがぶり返してきた。丈さんはそんな僕に顔を近づけて、


「颯、その女の人、熊が出るって言ったんだよな。」

「うん。」

「好都合だ。」


丈さんは、ニヤリとしてスマホをとると、誰かに電話して


「是非、よろしくお願いします。」


そう言いながら振り返って、凄くいい顔をしながらサムアップした。


「颯はいろんなこと知ってるから、ここは丈ちゃんの管轄外だと心配してるんだろう。」

「そう、心配。でも丈ちゃんにしか『めめ』で見たこと言えないし。」


丈さんは、僕の頭をくしゃくしゃっと撫でて、


「そうだよな。でも安心しろ。実は、ここの警察にも一人だけ、清雅英明の卒業生がいるんだよ。丈ちゃんの先輩、しかも署長だ。丈ちゃん休暇申請するから、こちらでも動けるぞ。」

「へ〜。凄い。」

「熊が出るって言ったら、今晩、警察官を配置してくれるそうだ。警官が来たら、丈ちゃんは、SDカードを調べに一旦離れる。すぐに戻るから心配するなよ。」


丈さんは山本先生に、熊の事で警官が来ること。颯真が、また痛がったら、こちらに居るから僕に連絡をしてほしい事を伝えて行ってしまった。

丈さんの姿がなくなると、やっぱり不安が押し寄せて来た。

こんばんは緊張して眠れそうもない。



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