第32話事件が僕を呼んでいる?
紫陽花は、酸性の土壌で青くなるのはよく知られている話。
青い紫陽花の下には遺体が埋められている、とか。
伊織の聞きたくもない長い話のせいだろうか、僕は鮮やかな青い紫陽花にそんなことが頭に浮かんでいた。
ー山寺なんだし、あそこに動物のお墓があっても普通か。ー
聞きたくない長話は、僕の想像を膨らませる。
ー山奥だし、産業廃棄物を不法投棄してるのかも。
産業廃棄物でも土壌が酸性になって青くなるな〜
それを目撃した人が埋められている。
そのためにさらに鮮やかな青い紫陽花。ー
そんな事を考えていると伊織のことがそんなに気にならなくなっていた。
ー伊織を視界から消す方法を一つ見つけられたかもー
それぞれが部屋に分かれ、荷物の整理をして、班長決めが行われた。
もちろん、班長は丁重にお断りした。どうして断る僕を班長にしたがるのかと思ったら、やはり伊織にさせたくないからだった。
しかし、どうしたことか伊織は立候補しなかった。
部屋の全員がびっくりしたけど、班長をはじめとして係りは他の子にすんなり決まった。
ー班長をやりたがらない伊織、それはそれで不気味だ。ー
初等部は、3クラスある。1クラス三十人。四つのグループに分かれてそれぞれの課題を一週間かけて研究や、作成に挑む。
宿坊らしい課題が多いんだ。
「精進料理によるデトックス」「枯山水と心の安らぎ」「寺が人に与える影響」先生方が課題を考えるからちょっとおじさんぽいし、小学生にはなに言ってるかさっぱりわからない。
簡単に言うと、「精進料理を作りましょう」「お寺の庭を掃除して庭石を置いたり、木や花を植えましょう」「写経して、坐禅を組んで、本堂の掃除しましょう」ってこと。親たちの手前それっぽい名前にしてるだけなんだ。
ただ、精進料理にしても、講義を受けて、買い出しもして、と一から作業するから、小学生には大変なことには変わりない。
あと一つは、「油絵と写真で日本の風景を切り取る」だ。
もちろん僕が選んだ課題はこれ、そして写真担当。
ーシャッター押すだけだもん、そりゃ選ぶよね。ー
伊織もカメラ班に来そうだったから、
「絵のセンスがある人が、油絵に挑戦した方がいいよ。ね、伊織さん。」
と、やんわりと僕の視界から消えてもらった。
絵を描くからなのか女子が少し多い。女子の意見で紫陽花をテーマにすることになった。季節の花で咲き誇っているし、そうなるだろうと思ったけど、あの鮮やかな青色がどうしても気になる。
女子の中に父親が日本画家の
岩代さんが中心になって課題いの進行が決められた。
「十枚のキャンパスと、写真を合わせて一つの絵を作りましょう。学校の廊下に紫陽花の咲くあの山肌を再現しましょう。」
岩代さんは、最初の話し合いでいきなり立ち上がり、堂々とそう言った。誰も反対しない、いや、出来ないほどの迫力で。
割り振りも岩代さんがどんどん決めて、午後には制作に取り掛かった。
ー日本画家の娘は発想が違うね〜。
遺伝子ってすごいな。ー
岩代さんの頭の中には構図が出来上がっているのか、写真の撮り方や撮る場所も大体指定された。
僕はそのほうがありがたかったから、素直に了承したけど
「颯真さんの個性も出していいのよ。」
ーいやいや。それには、答えられそうもないな。ー
あの鮮やかな青色の紫陽花がどうしても気になったから、岩代さんの指定にはなかったけどその辺りの写真も撮ることにした。
山肌の紫陽花は種類も多く形も様々で色とりどり。
ただ、鮮やかな青色の紫陽花は、そこの一部に限定して咲いているように見える。
全体を写真に撮ってみると、それがより鮮明にわかった。
「やっぱりそうだ。」
カメラのモニターをチェックしてそう呟いたとき、背後から
「なにが、やっぱりそうなの?」
「えっ。」
振り返ると見知らぬ中年の女性が立っていた。
「君、今そう言ってたよね。なにがやっぱりそうなの?ここで一体なにをしているの。こっちにおいで。」
僕を呼ぶその女性の瞳には、しっかりと犯罪の場面が映し出されている。
ーまずい。突然すぎる。今、僕、顔に出てるよね。ー
「中学生?この辺りに子供が来るなんて。なにしに来たの?一人?」
声を出せずにいると、大原先生の僕を呼ぶ声でハッとして
「小学校の修学旅行です。みんなで、絵を描いたり写真に撮ったり。ほらあそこに。」
そう言って宿坊の方を指さすと、大原先生が手を振りながら近寄ってくる姿が見えた。
「三時だよ〜。夢中になるのわかるけど、水分補給して〜。」
僕はホッとして、その女性に
「担任の先生です。」
「そう。この辺りは熊も出るから近づかないことね。」
僕を睨むとそう言って立ち去った。
少し息を切らしながら小走りにやってきた先生が、
「みんなおやつ食べてるよ。いらっしゃい。」
「はい。」
「今、誰かと話していなかった?知らない人とやたらと話したらダメですよ。」
そう話す先生の背後にも誰かの視線を感じる。だから聞こえるように
「女の人で、地元の人かな?熊が出るから気をつけなさいって言われました。」
「熊!和尚さん、そんなこと言ってなかったけど。とにかく、危ないから、戻りましょう。走ったらダメよ。熊がいたら追いかけて来るわ。」
先生との会話で、僕が本当に修学旅行と確信できたからなのか、その視線は消えていた。
「山に入らないで写真撮ることにしようね。」
「は〜い。そうします。」
さっきの女性も先生との話をどこかで聞いているように感じた。
ーさて、どうしよう。ここは東京じゃないし。
でも、見たからには何とかしないと。ー
夕方になり、食事前に順番にお風呂に入る時間になった。僕は大原先生を探しに宿坊の中を歩いていると。
ーあれ、さっきと同じ視線だ。どうしよう。ー
犯人かもしれない視線が、宿坊の中にある。これはすごく危険。このまま東京に戻った方が良いのか迷っていると、山本先生に声をかけられた。
「颯真さん。どうした。お風呂の時間だろ?」
「あ、先生。えっと、ちょっとお腹が痛くて。大原先生にお薬もらおうかと探していました。」
「常備薬を提出しているのか?来なさい。」
山本先生が生徒たちの貴重品を預かっている部屋まで連れて行ってくれた。
ー迷ってる時間はない。ー
そう判断して、部屋の中に入ると扉を閉めて山本先生に。
「先生。お願いします。携帯を貸してください。」
困った時は、丈さんに連絡だ!
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