第31話修学旅行


 六年生になると今までに無いほど忙しい学校生活が始まった。

特に上位十人は土曜日に登校する。中等部から入学してくる生徒との学力の差を少しでも埋めるための精鋭部隊ってわけ。

六年生になってからいきなり勉強を詰め込まなくてもって思うけど、意外にもこの授業で成績が伸びる。


伸び具合では、中等部での授業内容も始まる。

今年は、かなり意欲的な十人だったらしく、中等部の先生がいらしての授業がどんどん進められた。


 ーいつかは教わることなんだから、

  今じゃなくても良いのにー


毎年この土曜特別講座は人気で、十人は強制だけど、他にも希望者は参加できて、別枠の授業を受られる。

今年は、そちらも含めると六年生、全員が参加になった。


畑中先生が嬉しそうに、


「颯真効果だぞ。源氏組が六年連続の黄金のエンブレムだからな。みんなのやる気に火をつけたんだ!凄いぞ!学園の歴史が変わるかもな!」

「先生。黄金じゃなくて、金のエンブレムです。」


 ーなんで?最後の初等部生活、のんびりしようよー


 行事も目白押し。

運動会や文化祭は例年ある事なんだけど、六年生が企画運営を任せられるからいつもの年よりも数倍は忙しい。


 そして、修学旅行。

これがまた、他校と大きく違うところなんだ。

お金がある人たちの集団だから、海外って思われそうだけど、そうでは無い。

源氏組は休暇ごとに海外に出かけるし、別荘だって海外に持ってる人達もいる。修学旅行で海外って感じは全く無いんだ。


 修学旅行の行先は、担当の先生方で試行錯誤して場所を決める。割と近場が多いんだけど、期間は一週間。小学生の修学旅行にしてはかなり長い。

それに、観光旅行的なことは一切無く課題学習をするんだ。


 ー本当に行きたくないー


 僕たちの修学旅行先は、山の中の宿坊になった。清雅英明学院ではよく宿坊が選ばれる。家族で行くことのない場所だからね。

場所はそれぞれの学年で違うけれど、修学旅行は六月なので、紫陽花が綺麗な宿坊が選ばれるんだ。


今時の修学旅行は、公立の小学校でもホテルでツインが多いけれど、我が校は、一部屋十人ほどの大部屋に泊まる。

旅行といえばスウィートルームって家もあるから、十人部屋を見ても一人か二人部屋と勘違いする子もいる。


以前は、十人で寝ると聞いて泣き出す子もいたし、自分で布団を敷くと聞いて、帰る!と大騒ぎになった事もあった。

だから今は事前のレクチャーは余念がない。実物の布団を体育館に用意して、布団の敷き方も教わるんだ。

さすが常識が通じない清雅英明学院。


 ーできれば、僕は一人が良いんだけどな。ー


 十人部屋の構成は、クラスごとでは無く、自分が選んだ課題コースなどをもとに振り分けられる。

しかも、宿坊に着いてか張り出しで発表なんだ。

突然の部屋割りで一緒になった者同士がいかにチームを作るかも勉強のうちなんだそうだ。


僕は、部屋割りを見て固まった。

あの伊織が同じ部屋だ。


 ー帰ろ。ー


僕は大原先生を見た。ごめんってポーズをしている。


 ーなにそれ。わかってて同じ部屋って事?

  帰る。ー


大原先生は飛んで来て僕の肩を抱き抱えながら


「帰らないよ。うん、帰らない。伊織さん、自分の態度をものすごく反省してるから。ね。」

「なんでですか?僕、何か罪を犯しましたか!」


大原先生は、懇願するように


「一週間なんてすぐよ、すぐ。それに、ほら目をつぶって寝ちゃえば誰がいるかなんてわかんないから。ね。」

「、、、先生。」

「あの、言いたい放題の伊織を一週間、抑えられるの颯真さんしかいないって、職員一同の意見なの。」

「、、、。」

「伊織さん、蘭子お母様の一括がすごく効いてるのよ。」

「じゃあ、母を呼んでください、僕は帰ります。」

「そんなこと言わないで、ね。旅行じゃなくて、授業なんだし。」


 ーなんか、先生、ずるいじゃん。ー


「あーー。もーー。わかりました。」

「さすが、颯真さん。」

「何ですか、それ。限界が来たら我慢する自信はゼロですから!」


僕は、普段学校に文句をなに一つ言わない。

まあ、めんどくさいってこともあるけど。

その僕が唯一文句があるのが伊織なのに。本当に最悪だ。


何だよ。最悪が、笑顔で向かって来る。


 ーもー。なにしに来るんだよー。ー


「颯真さん。同部屋だね。一週間よろしくお願いします。」

「、、、はい。」

「僕、蘭子様を心から尊敬しているんだ。」

「、、、へー。」

「先日の蘭子様のお話。本当に心に響いたよ!」


どうしてだろう。伊織はなにも嫌なこと言ってないのに、めちゃめちゃムカつく。やっぱり同部屋なんて、無理。本当に最悪。


 ーやっぱり、帰ろうかな。ー


伊織はずっと喋ってた。よく喋る事がそんなにあるよね。


僕は全く興味がないから、宿坊のすぐ向かいの山肌に群生して咲く紫陽花をボーッと眺めて、いつも通り伊織の話は、全く聞かないことにしていたんだ。

僕は伊織のことだけでも大変だったのに。


 ーあれ、何だろうこの気持ち?ー


群生して咲く中にある、鮮やかな青い紫陽花が、僕の心をザワザワとさせた。

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