第29話蘭子の感


 喉に魚の骨が引っ掛かっているような小さな違和感が、丈さんには残っていた。僕が結華ちゃんの事を持ち出して、二人を煙に巻いた感じに話を終わらせたんだものね。

それでも、母さんのホッとした顔を見れたからそれ以上の話はやめて、帰途につくことにしたんだ。

丈さんは、覚悟を決めたのかも知れない。

もし僕が何かしら『めめ』の力で、犯人を失明にまで追い込んだとしても、それを証明できるものは何も無い。ましてや裁く法律もない。

僕がしていないと言うのなら、もうそれで良いのだと。



 丈さんのプリンを持って、会社を出ると


「あー。めちゃめちゃ腹が減った。何か食べて帰ろう。」


その提案に


「やだ、家で三人で食べたい。何か買って帰ろうよ。かあ様。僕、コンビニでご飯を買ってみたい。」

「そうね、そうしようか。」


母さんの車を運転している丈さんに『コンビニに行って』と母さんは、はしゃいでいる子供のように言った。


「お蘭が賛成するなんて、珍しいな〜。コンビニで良いなら二人を送ってから、丈ちゃんが買って持っていくよ。」


確かに、僕の食事は基本母さんの手作り。それ以外なら、オーガニックのお弁当。そのこだわりの母さんがコンビニで良いとはしゃぎながら言ったんだもの。実は、僕もビックリ。


「良いよ。僕自分で決めたいから。丈ちゃんは車で待ってて。」

「そうよ。丈は、車でプリンとお留守番よ。」


不自然なほどの母さんのはしゃぎ様だ。

僕に何もないと思ってなのか、無理やり何もないと思いたいからなのかはわからないけど、今日はこのまま幸せな気分を味わいたい。


 コンビニに入ると、母さんに


「丈ちゃんのパンツ買おうよ。」


って提案したんだ。母さん目を丸くした。


「颯。なんでコンビニにパンツ売ってるの知ってるのよ。母さんに内緒でコンビニで何か買って食べてるの?まさか、おばあちゃまと?」


 ー心配は、そっち?。ー


「おばあちゃまとも、おばちゃまともコンビニに来てません。入った事無くてもそれくらい知ってるよ。山本先生が、忙しくて学校に泊まってお仕事になる時、買ってるっておしゃってたし。」

「まあ。先生方って、そんなにお忙しいの!」


母さんは、先生方に感謝しなくちゃねって言いながら、丈さんのパンツをカゴに入れていた。


 ー反対しないんだね。

  もしかして、コンビニって母さんもそのつもりだった?ー


初めてのコンビニにワクワクしながらお夕飯を選んでいると、後ろから


「颯真さん?鏑木坂 颯真さんですよね。」


振り返ると、


 ーあー。ー


ライバルが立っていた。


「心陽先生。ごきげんよう。」

「ごきげんよう。颯真さんもコンビニでお買い物するのね。」

「はい。今日が、コンビニデビューです。」


心陽先生は、あらって顔をして


「そうですか。それはおめでとうございます。」

「心陽先生もコンビニでお買い物されるんですね。」

「もちろん。家の近くですし、仕事の帰りにちょくちょく来るのよ。」


そうだった。

母さんの会社の近くに森の中の東雲先生の家があったんだ。


 ーなんか、ウキウキが萎むな。ー


カゴに丈ちゃんのパンツと、ビールを入れた母さんがやって来て


「颯、こちらの方は?」

「東雲 心陽先生です。先生、母です。」


そう言うと、心陽先生が


「ごきげんよう。東雲心陽です。蘭子様ですね。よく存じております。私、蘭子様の三学年後輩なんです。颯真くん、今日コンビニデビューだそうですね。」

「ごきげんよう。颯が、お世話になっています。母の蘭子です。そうなのよ。今日は、社会勉強ですの。」

「鏑木坂家の方がコンビニでお夕飯のお買い物とは、驚きましたが。なるほど、社会勉強ですね。」

「ほほほ。もちろんよ。颯の口に入るものは厳選していますから。」


お互い源氏で蘭子様は、三学年先輩。しかも成績は常にトップテン以内。もう神に近い存在のはずなんだ。

心陽先生は心療内科の医師だから普段は患者に寄り添う話し方をしているだろうに、母さんには微笑みながら攻撃的な話し方をしてる。もちろん蘭子様も笑顔で応戦さ。


 ー二人の笑顔。なんか怖いんですけど。ー


心陽先生はチラッと母さんのカゴを見たような気がしたけど、流石に他人の買い物に口を出すのは品が無いから、話題にはしてなかた。


なんとも言葉の端々に棘の投げ合いを感じる二人の会話に耐えきれず。


「心陽先生。僕、とってもお腹が空いていて。」

「あ、そうよね、こんな時間ですもの。ごめんなさい。では、ごきげんよう。」

「ごきげんよう。」


初めてのコンビニだからゆっくり選びたかったけど、なんだか疲れて目についた美味しそうなご飯を少し多めに母さんのカゴに入れた。母さんは、カロリーも塩分も表示されてるって、いちいち感動していた。


 ー母さんこそデビューだねー


カゴがいっぱいになるほど買い物をしてレジに並ぶと、母さんが小声で


「颯、かあ様は、あの方と初めてお話しするのよね?」

「うん。そうでしょ。なんでそんなこと聞くの?」

「気のせいかしら、敵意を感じたわ。初対面の後輩からこんなに棘のある話方されるの初めてよ。」


 ー母さん、相変わらず鋭いね。ー


僕は、知らないふりをして、


「そうなんだ。」


ってサラッと答えた。


「ん〜。やっぱり、かあ様が綺麗だからかしら。ふふふ。」

「きっとそうだよ。」


 ー違います。

  僕が、あっかんべー ってしたからです。ー


僕は鋭いんだか鈍いんだかよくわからない母さんに、適当に返事をした。母さんが機嫌が良いならそれで良いからね。

レジを済ませてコンビニの自動ドアを開けると、すぐさま心陽先生の弾む声が聞こえてきた。


 ーワオ、心陽先生。

  丈さんの事となると、めざといね〜。ー


運転席に座っている丈さんと、車の窓越しに心陽先生が話をしている。

嬉しすぎるのが伝わってくるよ。ずっと小さくジャンプしながら話しているもんね。


 ーふふふ、楽しそうなところをお邪魔しま〜す。ー


僕は、おしゃべりに夢中になっている心陽先生の背中側のリアドアを開けた。


「あ、ごめんなさい。お邪魔で、、あれっ、颯真くん!。」


 ーそうだよ。丈さんのお連れの方は僕です。ー


「心陽先生。では、失礼いたします。ごきげんよう。」

「えっ、あっ。ご、ごきげんよう。」


ちょっと意地悪だったかなって思ってたら、母さんは僕の上手を行った。

だって、助手席のドアを開けて乗り込んだんだもの。そして、


「心陽先生、ではまたお会いしましょう。ごきげんよう。」


運転席の丈さん越しに、満面の笑顔でそう言った。


「、、、ら、蘭子様、ごきげんよう。」


 ー心陽先生、流石に意気消沈ですねー


母さんは、さっきまで僕と一緒に後ろの席に座っていたのに、助手席に座るなんて。


 ー母さん。さすがです。ー


母さんの、いやいや女性の感の鋭さと、大切な人を死守する姿勢には感服しちゃうよ。


丈さんだけが、いきなり助手席に座った行動の意図が掴めずに、母さんを不思議そうに見ていた。

僕は、丈さんのそんなところも大好きだなんだ。




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