第27話僕の力

 僕は丈さんが買って来てくれたプリンをまた丁寧に箱にしまった。

家に持って帰りたかったからね。

母さんが仕事が終わるまで、僕はずっと窓から外を見ていた。

窓からは、東雲先生の方角に小さな森が見える。


 ー東雲先生の家って、あんなに木に囲まれてるんだ。

  本当に森の中。

  あれじゃ丈さんも葉っぱだらけになるよね。ー


僕は、陽奈乃さんのお母さんを救出に向かった時の事を思い出していた。


 ーそうだよね、確保じゃなくて、救出だったな。ー


そしてその前の黒ずくめの男とのやり取りを思い出していた。

あの時、自分の体の中から怒りの感情が溢れ出るようになった事。

怖いと思う気持ちが全くなくなった事。

思い返してみてもそれ以上何かがあったのかはわからなかった。


 ーあんなに怒ったの初めてかも。ー


同級生で、金のエンブレムをずっと狙っていた立花伊織たちばないおりにイライラはするけど、怒るに値しないほどくだらない奴と思っているから、日常生活で伊織が僕の視界に入る事はほぼない。


 ー伊織の他には僕の感情を動かす人って

  居ないな。ー


清雅英明学院の初等部は、穏やかで、のんびりとした子どもたちの集団なんだと改めて認識した。


ーおぼっちゃま、お嬢様の集団って事だねー


窓から外を眺めていると一面空が赤くなり、すぐに暗闇に包まれた。そして窓を通しても寒さが伝わってくる。会社の人たちがみんな帰宅の途について行くのが見えた。


 ー母さんが一番遅いなんて。ー


母さんは常々


「社長がいつまでも職場にいたらみんな帰りづらいでしょ。」


と、誰よりも先に会社を後にする人なんだ。それなのに、母さんはいつまでも僕のいる部屋に上がって来ない。


 ー僕がいること忘れて帰ってないよねー


そう、思えるほど母さんは来なかった。

まさかとは思ったけど、ちょっぴり気になったから階段から、会社の方を覗いて見た。薄暗く灯りが着いていて、母さんの話し声が聞こえる。

何を話しているのかわからなかったけど、電話をしているようだ。


 ーきっと、丈さんと話しているんだ。ー


僕はそっと部屋に戻り、また、窓から外を見た。

そこには、電話をしている丈さんが立っていて、僕の方を見上げている。僕が手を振ると丈さんも手を上げて、こちらに向かって歩いてきた。


暫くすると、母さんと丈さんが部屋に入って来た。僕が


「仲直りした?」


そう尋ねると


「喧嘩なんかしてないよ。」


そう言いながら、丈さんが僕を抱き上げて


「プリン、食べたか?」


僕は首を横に振って、


「また箱にしまったよ。家で食べる。」

「そっか。お腹空いてないか?」

「少しだけ、空いちゃった。」


丈さんは僕を抱き抱えたまま、


「じゃあ、帰ろう。帰って晩ごはん食べような。」


僕はもう一度首を横に振って


「話の続きが終わったらね。」


丈さんは、少し考えた。


「そうだな、ちゃんと話そう。」

「うん。」


僕は丈さんに降ろしてもらうと、椅子にかけた。丈さんは僕と膝が着きそうなくらいまで椅子を持ってきて腰掛けた。


「颯。今から丈ちゃんが話す事は、なんの確証も無いことなんだ。」

「確証の無い事?」

「そう。だからお蘭は颯に話すのを嫌がったんだ。わかりもしない事を颯に話して、混乱させないでほしって。」

「混乱するような事なんだね。」

「そうだ。小学生の颯に話す事じゃないかもしれない。でも、丈ちゃんは颯だからこそ、きちんと話すべきだと思った。だから話すよ。良いかい?」

「うん。」


母さんはそれでも心配で


「かあ様は、いい加減な話は聞かないでほしいの。ちゃんと大人が納得のいく確信が持ててからでも良いと思うのよ。」

「かあ様。ありがとう。でもね、僕も気になっていたんだ。クラスのみんなも話しているし。」

「クラスのみんな?」

「うん。救急車で運ばれたの、陽奈乃ちゃんのお父さん、犯人なんでしょ。」

「颯、、、。」

「みんな聞いてきたよ。僕が睨みつけたんでしょ。やっつけたんでしょ。だから救急車で運ばれたんでしょって。僕だってそれを聞いたらすごく気になった。だから知りたい。ちゃんと話したい。」

「、、、わかったわ。」


僕の決意を聞いて、母さんも覚悟を決めたように丈さんに向かって頷いた。丈さんはゆっくりと話し出した。


「颯と犯人のやり取りは丈ちゃんも目の前で見ていた。特に何も特別な事はなかったのは丈ちゃんが証明できる。他の警官も見ていたしな。」

「うん。」


僕は、丈ちゃんの証明できるって言葉がひっかかった。


「ねえ?証明って?」


丈ちゃんは、ふうっと息を吐いて。


「あの後、僕たちが東雲先生の家に向かっている時に、警察車両の中で犯人が目を押さえて苦しみ出したそうなんだ。」

「目を押さえて?」

「始めは、悪あがきをしているのだと思ったそうだが、押さえている手をどけて目をみたら、、えっと、その、、。」

「何?」


丈さんは、話すと決めたのにためらっている。


「うん。あー、眼球がまるで火傷をしたように赤く、白濁も起こしていた。それで、救急車に移して搬送した。」


僕は、丈ちゃんの話を聞きながら、ふと思った。


「失明する?」


そう質問したんだ。母さんも丈さんも息をのんだのがわかったよ。


「なぜ、そう思う?」

「どうして?失明なんて怖い事を、、、。」


丈さんも、母さんも僕をすごく心配そうに見ているね。


「だって、目を火傷したんでしょ。見えなくなるのかなあって。」

「そうか。そうだよな。うん。」

「何?何か僕、変なこと言った?」


丈ちゃんは、どこか安心したように見えた。


「変な事なんて言ってないさ。失明するかは、わからないそうなんだ。」

「へー。どうして。」

「原因がハッキリしないらしくて。」

「わかんないの?原因のわからない火傷?」

「ああ。」

「ね、ハッキリとわかりもしない事なのよ。だから颯に話してほしくなっかったの。」


また、母さんは怒り出し、丈さんの顔は不安そうに曇った。


「ふーん。火傷か、、、。僕のタックルで倒れたからとかでは無いんだね。」

「ああ、颯のせいじゃない。打撲などの刺激じゃ無いそうだから。」


母さんが慌てて付け足すように、


「万が一、万が一ね、颯がタックルしたことが原因だとしても、正当防衛よ。結華ちゃんを守るためにしたんだもの。ね。」

「そうだ。正当防衛にあたる。しかも颯は小学生で相手は大人の男だ。必死にぶつかって行くのは仕方のない。いや、当たり前だよ。」


丈さんも、母さんも何かを打ち消そうとしている。

僕は、だんだんと自分をどこか別のところから見ている感覚になって、


「そうだよね、僕がした事で失明するとしても、きっと法律が僕を守ってくれる。」


他人事を話しているようにそう言った。


「ああ。が、颯のタックルが原因じゃ無いんだぞ。そもそも法律がどうのこうのは、関係ない。心配するな。」


丈さんの笑顔は優しい。僕を安心させようとしてくれている。


そんな丈さんに向かって、僕は自分がフィギュアにでもなったように無機質に言い放った。


「じゃあさ、僕が、あいつの目にもう何も映らないように願ったから失明するとしても。法律が守ってくれる?」


僕のこの言葉に、丈さんも、母さんも息をするのも忘れているくらいに動かなくなった。





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