第26話母さんの思い
大原先生と教室に戻ると、代理の先生が授業を進めていた。
僕が戻ってきて、少しざわついたけど、間もなくチャイムがなって、大原先生が教壇に立った。
「皆さんも昨日の事件は知っていると思います。颯真さんがした事は大変勇気のある行動でした。が、同時に大変危険な行動でもあります。
そのことは、颯真さんも十分に理解している事です。」
そう言って僕を見た。
「颯真さんはまだ警察の方にお話しなくてはならないこともあるそうです。良いですか皆さん。皆さんがあれこれ颯真さんに聞きたいことがあるでしょうが、颯真さんはお話できません。大切なクラスメイトを困らせてはなりません。この件はこれで終わりです。よろしいですね。」
「、、、。」
「よろしいですね!」
「はい。」
ー大原先生、ありがとうございます。ー
先生の一言で、クラスの中のワイドショー並みの騒ぎは収まった。
清雅英明学院の生徒は、先生のおっしゃる事はちゃんと守るって幼稚園の時から叩きこまれている。こっそり聞きたそうな子も、もちろんいるけど、クラス内にいる先生絶対主義者、『言う事聞かなかったらチクリますよ警察』が目を光らせているから騒ぎはあっさりと収束した。
クラスは静かになったけど、学校はまだザワザワしていた。何よりのザワザワしていたのが身内だ。
午後になると再び校長室に呼び出された。
ー今度こそ怒られるのかも。ー
そう思って校長室に向かうと、どこかで聞いた笑い声が
「鏑木坂 颯真です。」
「入りなさい。」
恐る恐るドアを開けると、、、
ーあーやっぱり。ー
「颯。校長から聞いたぞ。よくやったな。さすが私の孫だ!」
「おじいちゃま。」
「颯ちゃん。心配したのよ。昨日お電話もくれないから来ちゃった。」
「おばあちゃままで、、、。」
昨日、おばあちゃまはお友達と出かけて夜遅くに戻ると、櫻子おばちゃまに、颯はどうだった、聞いたそうだ。
おばあちゃまは、留守番している僕の様子を聞いたつもりだったけど、櫻子おばちゃまは事件のことを聞かれたと勘違いして、事の顛末を話してしっまった。
もちろんおじいちゃまだって、事件の事は全く知らなかった。
自分に関係の無い事は全く興味がわかないおじいちゃまだからね。
そんな二人に櫻子おばちゃまは、ワイドショーのリポーター並みの迫力で事件を伝えてしまったんだ。
まあ、目の前で繰り広げられる逮捕劇なんて、一度も見ないで人生を終わる人がほとんどの日本だもの。見ちゃったら興奮するなって方が無理だよね。
おじいちゃまとおばあちゃまの心配がどれほどだったかは、容易に想像できる。
でも、もう夜遅いからと我慢して僕のところに電話しなかった。
が、朝になっても、昼になっても母さんから何も連絡が来ないし、繋がらない。
心配になり過ぎて二人で学校に押しかけて来たってわけ。
「校長先生。祖父母がご迷惑おかけして。申し訳ありません。」
「こう言うところですよ、先輩。颯真さんの素晴らしいところは。偉業を成し遂げたのに謙虚でいる。」
「私に似たのかな。ははは。」
ーそうだった。
校長先生はおじいちゃまの後輩だった。ー
源氏は学校の繋がりだけでも強いけれど、二人は剣道部。つまり、校長先生にとっておじいちゃまは大先輩。そりゃ後輩の所なんだから簡単に校長室に押しかけてくるよね。
散々二人は盛り上がり、止まりそうもないから、
「おじいちゃま。僕は元気です。授業もありますのでこれで失礼します。」
そう言って逃げた。帰りまで待つと言われたけど、校長先生にもご迷惑だから帰ってください、と丁重にお断りした。
僕は学校が終わると、母さんの会社に一旦帰る。会社の入るビルに、プライベートな部屋を借りているのでそこで宿題などを済ませて母さんの仕事が終わるのを待つんだ。
おじいちゃまたちは、帰りに母さんの会社によるかと思ったけど、僕の顔を見て安心したからか、仕事中の母さんに遠慮したのかそのまま帰宅した。
冷蔵庫にはいつもプリンが入っているんだ。五年生になった頃からおにぎりとか、サンドウィッチも用意してくれている。成長期になってお腹が空くだろうからって。
ー今日は、醤油ご飯の鮭おにぎりだー。
最高に美味しい。ー
おにぎりを頬張っているとチャイムが鳴った。
あれ、今日は、母さん早いね。
でも、鍵をあける気配がないので、インターホンを覗くと丈さんが立っていた。急いで鍵を開けて
「丈ちゃん。どうしたの?会社に来るなんて珍しいね。」
「おお、颯。良いか?入って?」
「もちろん。丈さんもおにぎり食べる?プリンもあるよ。」
僕は小さい頃からプリンが大好きなんだけど、実は丈さんも大のプリン好き。
「美味しそうだな〜。でも、丈さんもプリン買って来たんだぞ。」
「すごい。プリンだらけだ!」
「お蘭に内緒で、両方食べちゃおう!」
「良いね。最高ー。」
テーブルにつきながらお土産のプリンを箱から出している丈さんに、お茶とスプーンを渡しながら
「で、どうしたの?」
そう尋ねると、
「今日、神宮寺警視正が学校に行っただろ。」
「いらっしゃったよ。」
「校長先生に怒られないで済んだだろ。」
「おかげさまで、ありがとうございました。」
「な、良かった、良かった。」
丈さんはそう言いながらプリンを一口頬張った。僕と目を合わせないままでね。
「そんな事を言いにわざわざ母さんの会社にプリン持って来たわけじゃないでしょ。」
丈さんスプーンをくわえたまま。僕の方を全然見ないね〜
「で、何?」
「んーーーー。」
相変わらずスプーンを口から離さない丈さんに
「犯人が救急搬送された件?」
丈さんは口からスプーンを外しながら
「颯に隠し事は無しだな。」
独り言のようにそう言うって、何かを決意したように僕の方を見て
「颯は、犯人が救急搬送された事で何か、、、その、、、思い当たる事はあるか?」
「思い当たる事?、、、そう聞くって事は、僕のタックルで地面に叩きつけられた。それで怪我したんじゃないんだ。そうなんでしょ。」
丈さんからの答えを聞く前に母さんが部屋に飛び込んで来た。
「丈。何してるの!」
「母さん、、、?」
丈さんに向かってらしくない声をあげた。
「帰って!」
「どうしたの?母さん。丈ちゃんになんでそんなこと言うの?」
「、、、。」
母さんは何も言わず、僕が丈さんの方を向かないように抱きしめた。
「お蘭、、、。わかった。夜、話そう。良いな。」
母さんは何も返事をしなかった。僕は母さんに抱きしめられているから母さんの顔は見れなかったけど、泣いているように思えたんだ。
丈さんは、僕の頭を撫でて部屋から出ていった。いつもの、暖かくて優しい大きな手。
母さんは丈さんが部屋を出ていった後も、しばらく動かなかった。僕は何も聞けず、ただ黙って母さんの腕の中に立っていた。
急に母さんはテーブルに向い、丈さんの食べかけのプリンをかき込むように食べて
「私のプリンの方が断然美味しいわ。ほんと、センス無いわね。」
って。
「かあさま、、、。」
「颯、お仕事もう少しだから。待ってて。部屋から出ないでね。」
母さんのなんだか悲しそうな顔を見ていると、大原先生の
『心を削り取るような心配をかけてはいけない』
ってあの言葉が脳裏によぎった。
「どこにも行かないよ。心配しないで。僕はここにいる。かあさまのそばにいるから。」
母さんは僕を見て、微笑むとドアを閉めて仕事に戻っていった。
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