第19話丈さんの涙

 六年生の進級試験の後、一週間 五、六年生は休みになる。

五、六年の先生方総出で採点に入るからね。


 今年は、緑川陽奈乃の事件もあったので、学校医の八神やがみ先生と生徒指導の香西こうざい先生も大忙し。

東雲先生と娘さんで大学病院の心療内科医の心陽このは先生も学校と警察の依頼を受けて奮闘してくれた。


 丈さんは陽奈乃さんの両親を呼んで事情を聞いた。

子供が関わった事件であるし、父親の暴力が事件の発端だった為に捜査は簡単には進まない。


 ー父親は認めないからね。ー


母親の体を心陽先生が診察した。見えないところは古いあざから、新しいあざまで数えきれないほどあったそうだよ。髪の毛で隠れている頭の中にもあざがあった。卑怯で悪質。根深い事案。

あざの事を指摘しても父親は自分の暴力を認めなかった。


 ーどんな神経してるんだよ。ー


こんな男から母親と陽奈乃さんの安全確保を一番に考え、まずは二人をシェルターに避難させた。

それだけじゃ、何にも解決できてないんだけど。


 一週間の休みがあったおかげで、陽奈乃さんの事は学校では大騒ぎにはならずに済んだ。

六年生の親には名前は伏せられたが、家庭の事情から心の病んで間違った行動に出た児童がいたとだけ説明がされた。

学校の名誉が傷つけられると、我が子の将来に傷がついたしまうと考える人たちばかりだから、これ以上の追求も無く静かに事件は収束していった。


 畑中先生も無事に退院できたが、医師にアレルギーの事を話すのは自分の助けにもなるが、こうした事件にも巻き込まれるから気をつけるように注意されたそうだ。


畑中先生、元気になった本当に良かった。母さんも心から喜んでいたね。


 丈さんは陽奈乃さんの事で、家に来ない日が続いた。

やっと顔を出してくれた丈さんに僕は聞いてみたいことがあった


「どうして五年生の中に犯人がいると思ったの?」

「試験会場だから六年生やその親とも考えたが、山本先生に六年生の成績を聞いたら、今年は優秀だって言ってたからね。」

「それで、五年生。」

「ああ。六年生に事件を起こす理由がないから。」

「僕は、六年生か、その親かと思ってたけど。そう言うことか。」

「納得したか。」

「うん。分かれば単純な事なんだ。」


丈さんは深いため息をついて


「そうだよ、事件なんて単純な事で起きるもんなんだ。」

「単純なこと?」

「ああ。ほとんどが単純な事がきっかけなんだよ。あいつの言った事が頭に来た。行動に腹が立った。言うことを聞かなかった。信じてたのに裏切られた。一番馬鹿げて単純なのは、こっちを見た。」

「それが事件を起こすきっかけ?」

「な、つまんない理由だろ。きっかけは単純なんだけど、それがどんどん積み重なったり、膨らんだりして事件が起きる。だから単純な理由なのに起きた事件は複雑怪奇なんだよ。」

「へ〜、単純なのはわかったけど、、、なんか、わかんない。」


丈さんは、もっと深いため息をついた


「丈ちゃんもわかんないよ。」

「わかんないの?」

「ああ、わからないよ。陽奈乃ちゃんの事だってそうだ。お父さんを食事会に来させたく無いから畑中先生のアレルギーを利用した。なぜだ?どうして畑中先生なんだ?」

「うん、、、。」

「大体、どうして陽奈乃ちゃんのお父さんは、お母さんを殴るんだ?殴りたいほど嫌なら、一緒にいなければ良い。ただの憂さ晴らしで弱いものを殴るなんて、それこそ弱くてくだらない奴のする事だ。

お母さんだって、大切な陽奈乃ちゃんを守りたいと思うなら、陽奈乃ちゃんをかばって殴られ続けるのではなく、連れて逃げる選択肢はなかったのか?」


丈さんの言うことは当たり前すぎて、僕も陽奈乃さんの親の行動に混乱した。


「暴力を振い続ける人の気持ちは丈ちゃんにはわからない。わからない人間が訳のわからない事件を起こすから、どうして事件を起こすのか、何が理由でそこまで執着するのか理解に苦しむよ。

だから、いつも思うんだ、本当の意味で事件を解決するのは難しいってね。」


 ー丈さんが愚痴を言ってる?

  しかも僕に。初めてだね。ー


「理解できない事件ばかりだけれど、事件が起きれば必ず泣いている人がそこにはいる。泣いている人がいるなら助けたい。だから丈ちゃんは警察官になったんだ。」

「うん。」


丈さんの瞳の中にはたくさんの泣いている人が映っていた。

陽奈乃さんと彼女の母親はもちろん、八神先生、香西先生、それに心陽先生、東雲先生の目にも涙があった。

そして、鏡に映った丈さん自身の目にもいっぱいの涙が。


なぜだろう、丈さんの涙が一番悲しく思えて。胸が苦しくなった。

僕は、泣きそうになるのを隠すために丈さんに抱きついたんだ。

丈さんも何も言わずに僕を抱きしめてくれたね。


この時、僕の中の大切な人を思う強い気持ちが、神様からのギフトの本当の力を目覚めさせることになる。

それは目覚めてはいけなかった、恐ろしい力なのかも。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る