第18話弱き者 愚か者

「あ、ああ、、ど、どうされてのですか?」


そりゃ驚くよね。いきなり小学生が自分の顔を両手で抑えたんだから。


「ごめんなさい、怖くて刑事さんに飛びついたら、バランス崩しちゃった。」


 ーそんな訳ないけどさ。言い訳、苦しかったな。ー


丈さんのおかげで、ピッチャーに近づいたのが誰かわかった。

わかったが、追い詰めるのにはしっかりとした証拠が必要になる。証言が曖昧だからね。丈さんは小声で


「わかったのか?」

「うん。でも証拠がないと追い詰められない。」

「故意にしたんだな。」

「まあ、そう。でも残念だけど、まだそこはちゃんと見えてないんだ。本人に確認するよ。」

「待て、颯。危険だ。」

「大丈夫だよ。」

「危険じゃない相手ってことか、やはり同級生なんだね。」

「どうして?もしかして、わかってたの?だから僕たちだけ残した?」


丈さんは、少し微笑んで


「颯。証拠は丈さんの役目だから。わかったな。」


そう言って僕を下ろしてくれた。

僕は、丈さんが女性警察官と二人で来てくれた意味がわかった気がした。

同級生のいる列にゆっくりと戻りながら、みんなの瞳をのぞいた。

もちろん伊織の目は見なかった。彼にこんな事は思いつけない。単純でくだらない奴だから。


成績が四番の緑川陽奈乃みどりかわひなのの瞳にその瞬間は映っていた。

映っていたのはそれだけじゃ無っかたけどね。


僕は、丈さんにそっと合図を送った。

丈さんは、ふうっと小さく息を吐くと陽奈乃さんに向かって歩き出した。

陽奈乃さんは非常に賢い人で、僕は彼女の静かに努力する姿が好きだった。

彼女は丈さんの行動に察したのか、丈さんが彼女に前に立つよりも先に椅子から立ち上がると


「ごめんなさい。」


そう、消えてしまいそうな声で謝った。女性警察官が歩み寄り肩を抱くと、涙が次々と溢れ出し


「来年、、、お父さんに、、ここに来てほしくなかった。食事会なんて、、、無くなって欲しかった。」


僕は、彼女の横に立って、


「お母様を殴るから。」


陽奈乃さんの瞳の中のもう一つを言ったんだ。彼女は驚いて僕を見ていたっけ。

丈さんは陽奈乃さんを少し離れた椅子に座らせると、視線を合わせるようにかがんで、優しい声で話出した。


「だから畑中先生のグラスに薬を?」

「ごめんなさい、、、こんなに酷くなるなんて思いませんでした。」

「畑中先生を苦しめたかった?」


陽奈乃さんは、首を大きく横に振って


「違います。違います。先生は優しくて、大好きな先生です。あんなに苦しくなるなんて、、、ごめんなさい、、、ごめんなさい、、、」

「こんな騒ぎを起こせば、食事会がなくなると思ったのかい?畑中先生なら、薬で苦しませても許してくれる。君を責めたりしない。守ってくれる、そう思ったのかな。」


陽奈乃さんは黙っていた。


「僕も畑中先生が大好きだ。ここからは君と同じ、畑中先生の教え子として、清雅英明学院の先輩として話をします。」

「、、、はい。」


丈さんは大きく息を吐き、何か心を決めたように話し出した。


「畑中先生は、君のした事で死んでいたかも知れない。そして君は、殺人者になっていたかも知れない。」


丈さんの言葉は、小学生に向けられるにはあまりにも強い言葉だった。思わず山本先生が静止しようと丈さんの肩に手をかけたが、丈さんは続けた。


「陽奈乃さんは、お母様を殴るお父様を見てどんなにか怖かったろう。誰にも言えずにどんなにか苦しかっただろう。」

「、、、」

「だから、こんなことをしたのかも知れない。君は小学生だ。この先、法律が君を守ってくれるだろうが、畑中先生のことは誰が守ってくれるんだろう。」

「、、、」


丈さんの目は陽奈乃さんをまっすぐに見ていた。


「しっかり覚えておきなさい。苦しくて、困った時、こんな事をするんではなく、助けてと言うんだ。畑中先生なら怒らないと思ったのなら、なおさら畑中先生にこんな事をするのではなく助けてと声をあげべきだった。助けを求める相手はお母様や、お父様じゃなくて良いんだよ。周りを良く見てご覧。こんなに人がいる。実際、君が畑中先生にした事を山本先生や他の先生方、蘭子さん、颯真さん、救急隊の方、みんなで先生を救って、君を救った。助けてくれた。わかるね。」

「、、、はい。」

「でも、声に出してもらわないと気がつけない事もたくさんある。超能力者はいないんだから、黙っていたら他の人に君の気持ちは伝わらない。わかったかい。助けてと言うんだよ。助けてくれる人が現れるまで、助けてと言い続ける。陽奈乃さんが持つべきは助けてと言う勇気なんだよ。」

「はい。」


丈さんも母さんと同じことを陽奈乃さんの目を見て何度も言っていた。

彼女には難しい事なのかも。だけど丈さんの思いは届いたと、僕は思う。


陽奈乃さんは担任と警察官に付き添われて警察に向かった。母さんはその姿を目にいっぱい涙を溜めて見送っていたね。


 伊織はこの展開に驚いて黙っていたけど、ほっとしたのか いつものくだらないおしゃべりが始まって


「いつも僕と争ってたけど、四番に落ちたと思ったらこんなのとするんだな〜。怖い怖い。僕も薬を入れられないように気をつけないと。でもさもう帰ってこないか、ライバルが減って良かったよね。ははは。」


そう、残った五年生に向かって言ったんだ。


 ー君のくだらなさは本当に絶望的だよ。

  吐き気がする。ー


だけど僕よりも、もっともっと母さんは怒った。

蘭子様は伊織の前に仁王立ちになると


「私は、鏑木坂 蘭子です。あなた、お名前は?」

「、、、あ、た、立花伊織です。」


 ー伊織、声ちっちゃいな〜ー


「そう、立花伊織さん。いいですかよ〜く覚えておくのです。

ライバル無くして、人の成長は無いのです。ライバルと親友は同じ。どちらも人生になくてはならないもです。

それをいなくなって良かったなどと、恥を知りなさい。しかもあんなに苦しんで、悩んでいた仲間に向けて言うなど、愚か者の言う言葉です。

愚か者こそ清雅英明学院から去るべき人物です。

あなたのことです。わかりましたか、立花伊織!」

「は、はい。わ、わかりました。蘭子様。」


 ー気持ち良い〜。蘭子節炸裂。ー


でも伊織なんかには、もったいない言葉だよ。

そこにいた全員、なぜか立ち上がって母さんに拍手を送ってたっけ。

母さん。あなたは誰よりもわがままで、誰もが振り返るほど華やかで目立ちたがり屋で、僕も周りの人も母さんに振り回されてばっかりだけど。


母さんの子供に生まれた僕は本当に幸せです。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る