第15話畑中先生の事件

 僕は、やりたくない事はお断りして、快適な初等部生活を送っていた。

担任の先生が変わるたびに学級会長、班長。委員会活動が始まると委員長もやるよに言われた。もちろん全てお断りしたけどね。

ただ、お断りしても母さんは何も言わなくなった。


 ー丈さん、母さんにチクったな。ー


僕はそっと母さんに伝えてくれた丈さんの優しさが嬉しかった。


 五年生の冬休みも終わって、卒業式に向けて六年生がザワザワしていた頃に事件が起きた。


 幼稚園から大学までストレートで上がれる学校だけれど学年の進級のたびに試験はある。成績トップだけが着けられる金のエンブレム争奪戦なんだ。

もちろん学校が変わる時の試験は大変。

初等部から中等部へ進級の時は、特に厳しい試験の一つなんだ。他の学校からも入試で入ってくる子もいるからね。


 ただし、どの試験も源氏組には全く関係ない。

基本源氏組が学校を途中で去るときは、海外の学校に留学するとか、会社が倒産していずらくなるとか、たまに勉強が好きすぎて国立に行く、それくらいだ。


 ただ、平家組は退学もあり得るので外部から受験する子並みに大変。

外部試験より有利なのは、学内での評価がプラスされるから、だから幼稚園や初等部から入学してくる平家組は多いんだ。

『長』の付く役職は奪い合い。内申点に大きな加点が着くからね。平家の親からは自分の子供に『長』の付くことをやらせたいから、担任への圧はすごいらしい。

だから、なおさら僕はやりたく無かったし、奪い合いが面倒くさい先生は成績順で僕に押し付けたっがてた。

親のプレッシャーに耐えられず事件を起こす子もいたけど、、、


 冬休みが終わるとすぐに六年生の進級に向けた試験が始まる。

学力テスト、知能テスト、体力テスト、そしてテーブルマナーのテスト。

この学院ならではの独特なテストだよね。

試験は二週間にわたって行われる。六年生はずっとピリピリしていて、僕も五年生になるとそのピリピリが伝わってくるようになった。


 ー本当に毎日ピリピリで嫌になっちゃう。ー


 試験の最終日にご苦労様会と、テーブルマナーの試験も兼ねてホテルで食事会が行われる。

この試験には親も同伴。親の立ち居振る舞いは点数に入らないが、よっぽど酷いと退学になると噂されていた。

五年生の僕たちは卒業式のお手伝いもあるし、担任は六年生の進級テストの補助もあるので十二月に進級テストは終わっている。

そのテストで上位五人がこの食事会に参加する。五年生の親の出席は強制ではないけど、当然母さんはやってきた。

僕が五年生トップ。金のエンブレルをつけてるからさ。

今日の主役は六年生なんだけど、母さんは誰よりも目立っている。


 ーまあ〜いつもの事、もう慣れました。ー


母さんの真っ赤なスーツに、僕はやりすぎと気を取られていたけど、なんだろう得体のしれない違和感に襲われていたんだ。


 ー試験会場の緊張かな?ー


母さんは畑中先生とお話をしていた。


「颯がトップなんですよ。私に似て頑張り屋さんですこと。」


母さん、みんなわかってるよ。金のエンブレルつけているんだから。


僕がその声にため息をついたら、隣に立っていたいつも二番の立花伊織たちばないおり


「そんなため息つくなら、手を抜いて試験を受ければ良いじゃないか。僕が金のエンブレムもらってあげるよ。」


だって。


「ありがとう。僕はいつだって手を抜いているんだけどね。」

「そ、そうなんだ。」

「ああ。」

「ぼ、僕も手を抜いてるよ。同じだね。」


彼はずっと話してたけど、僕は返事をしなかったよ。なんの言い訳をしているのか全く興味が湧かなかったから。

僕が、唯一大っ嫌いなめんどくさい人間、立花伊織。

君がいる限りこのエンブレムだけは渡さないよ。


 ーあれ、母さんに似てきた?ー


 畑中先生はこの試験の主幹だけれど採点は他の先生にお任せだから母さんとの話に気楽に応じていた。

試験なので監督の先生方は食事を取らないが、畑中先生は五年生の僕たちと同じ席で食事を楽しみ、母達との会話も弾んでいた。


ー母さん、食事中もずっと目立っているね。ー


 意外と和やかに食事は進み、メインディッシュが運ばれたきた時。

畑中先生が突然、倒れた。

喉をかきむしり。椅子から転げ落ちて行った。


「キャーッ!」


食事会場に悲鳴が響きわたった。


「先生!畑中先生!」

「動かさないように、救急車、救急車を早く!」

「みんな、冷静に。その場を動かないで!」

「救急隊が来る。邪魔にならないように席を立たない。」


騒然とした会場に教師たちの的確な指示が響いていた。すぐに子供たちも親たちも規律を守る行動をとった。


「会場にお医者様はいらっしゃいますか?お父様、お母様の中にお医者様は?」


確かに医者の子供も多いが、平日の会場に来ている医師は居なかった。


「AEDを!早く、会場の入り口にAEDがあった。持ってきて。」


子供達の中には泣き出している子もいる。当たり前だ。自分たちの身近な人が生死の堺にいるのだから。


母さんが思い出したように、


「アナフィラキシー、、、そうよ、アナフィラキシーショック。注射を探して畑中先生は常に持っていらしたはず。」


しかし、畑中先生のカバンはクロークに預けられてここには無い。

クロークに走る先生もいたが、僕は遠足に行った時のことを思い出して

畑中先生の体に飛びついた。


「颯、何してるの?どうしたの?」

「先生、遠足の時に言ったんだ。蜂に気をつけなさいって。」

「それがどうしたの?」

「刺されて倒れちゃっても先生のポケットの奥にはいつも最新兵器が入ってるって。落ちないようにスナップがついてるって。」


畑中先生のズボンを触ると左に棒のような感触があった。


「きっとこれです。」


僕がそう言うと


「そうだ、確かにそうおっしゃってた。」


体育の山本先生は、急いで畑中先生のズボンを脱がせた。左のポケットの先にもう一つ、細長い隠しポケットがあってそこに何か入っている。

破くような勢いで注射を取り出したが、山本先生は畑中先生にそれを打つのを一瞬ためらった。もし違っていればもっと酷いことが起きるかもしれない。

そりゃ、誰だって怖いよね。しかし畑中先生の様子は一刻を争うように見えた。

すると母さんが注射を山本先生の手から取り上げると


「畑中先生、蘭子です。打ちます!」


そう言って、先生の太ももに針を刺した。

程なく畑中先生は大きく息をして母さんを見て


「さすが、蘭子くん」


掠れた声でそう言った。


「良かった、、、。」


 ーすごいよ、母さん。ー


畑中先生は到着した救急隊に運ばれて行った。会場がまだ騒然としている。僕は母さんの耳元で


「急いで、丈ちゃんを呼んで。」

「えっ。」

「とにかく急いで。料理も片付けない方が良い。」

「颯?何?」

「殺人未遂だよ!」


母さんは息をのんで一瞬動かなくなったが、丈さんにすぐに連絡を取った。

会場はざわついていたし、先生方もこの後の対応を協議していたから、丈さんが来るまでの時間は十分に確保できた。

畑中先生の席も母さんの隣だったから片付けようとした人がきても阻止できる。


丈さんはすぐに会場に駆けつけてきたっけ。

さすが、母さんと丈さんのホットラインは何よりも強固なんだね。





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