第16話観察眼
丈さんは会場の扉を勢いよく開けて入ってきた。
映画のワンシーンみたいにカッコよくね。
「丈太郎くん?丈太郎くんじゃないか。」
「山本先生、ごきげんよう。ご無沙汰いたしております。」
「ああ、ごきげんよう。どうしたんだ?なぜ、ここに君が?」
「今、畑中先生が搬送されたと連絡が入ったので。」
「ああ、確かにそうだが。だが丈太郎くんがここに来た理由が、、、えっ、それなのか?」
「はい。事件性が疑われます。」
「はあ?何言ってるんだ?事件性って?えっ、どう言うことなんだ?」
「すみません。先生もお座りください。」
「え、いや、丈太郎くん?」
山本先生も他の先生方も訳がわからなかった。もちろん母さんに呼びつけられた丈さんだって訳がわかってない。
ただ、母さんの連絡が僕からのお願いと聞いて、僕を信じて駆けつけ、現場保存に乗り出してくれた。
「山本先生、とにかく全てそのままにしてください。片付けないように指示をお願いします。もちろん手を着けないように。危険が伴うかも知れませんので。」
「ああ、そうか、わかった。」
先生方は丈さんのお願い通りに生徒父兄に指示を出した。
ただいきなり入ってきた男に一部の父兄からクレームが来た。
そうだよね、気高き清雅英明学院の皆様。得体の知れない男の指示に従うなんてプライドが許さない。
ーなんてちっぽけなプライドなんだろう。ー
一人の父親が丈さんに詰め寄ってきた。大人版、立花伊織。
「どう言うことだ。君はなんだ、ここを何処だと思っているんだ!清雅英明学院の生徒が集っているんだ。無礼だろう。」
丈さんは冷静に警察手帳を見せながら
「どうかお座りください。
「警察がなぜこの会場に、、、。いや待て、西園寺、、、君は先ほど丈太郎と?」
「はい。西園寺丈太郎と申します。」
「西園寺丈太郎、、、。あ、あの西園寺家の。確かご次男が警察にとお聞きしたが、、、。君が、その丈太郎くんか?」
「はい。」
「そうでしたか。それは大変失礼いたしました。」
警察手帳よりも西園寺の名前の方が効果がある。清雅英明学院ならではだ。
そしてさすが丈さん。こんなに下級生の親にもその存在が知られているんだ。母さんのようにことあるごとに自分をアピールしてる訳じゃないのにね。
おかげで会場は静かになった。
丈さんは畑中先生先生が倒れた僕たちのテーブルにきて
「畑中先生が倒れた状況を教えてください。」
そう言うと立花伊織がいきなり立ち上がって
「はい。僕、目の前でした。畑中先生はこのテーブルに座っていらして、そこで倒れました。」
いかにも僕は見てました風だけど、料理に夢中で見てなかっただろ。
ー何もわかりもしないくせに。
だから君の事が大っ嫌いなんだ!ー
丈さんは僕の顔を見たからなのか、いつも僕の話を聞いてくれているからなのか
「そうか。君の名前は?」
「立花伊織です。」
ー胸を張って言うほどの名前でも無いだろ。ー
「伊織くんか。では、伊織さん。畑中先生はどのように、どうやって倒れられたのかな?何かを口にしたとか?あるならそれは何かな?大変重要な事で、今後を左右する。警察の調書にも書かないといけないんだ。詳しく教えてくれるかい?」
「えっと、、、。」
「うん。どうした?」
「あの、、、。すみません、見ていませんでした。」
「そうか。わかった。では伊織さん。静かに座っててもらえるかな。」
ーいいぞ丈さん!伊織、ざまあみろ!ー
丈さんは僕を見て少しニヤッとした。僕が伊織を嫌いな理由がわかったでしょ。
丈さんは、母さんに状況を聞いた。
一緒に来ていた女性の警察官を呼ぶと、山本先生から話を聞くように指示をした。
そして僕たち子供から順番に話を聞くと言って、五年生の担任の先生方を僕たちのテーブルに呼んだんだ。
僕にとっては丈さんだけの方が話しやすかったけど、小学生相手に一対一では後々問題が出るのであろう、仕方ないね。
五年生は少し離れた椅子に連れて行かれて、そこで話を聞かれた。
伊織を除く三人も、倒れるところ見ていなかったとすぐに証言した。
僕は担任の
「メインディッシュが届いきました。先生は母と話をしていました。
お水を一口飲んでナイフとフォークを手に持つとすぐに落とし、そして首を掻きむしるようにしながら椅子から転げ落ちました。
水を口にしてすぐの出来事です。」
「よく見ていたね。それから?」
「それから、母が注射のことを言ったので遠足での畑中先生のお話を思い出してズボンのポケットに注射があることを確認しました。
後は、山本先生がズボンから取り出し、母が畑中先生に打ちました。」
丈さんは頷きながら聞いてくれていた。大原先生と事情を話し終えた山本先生、それに女性の警察官も聞いていて
「小学生なのによく見ている。しかも説明がわかりやすい。」
「彼は、五年生でもずば抜けているんですが、こんなに冷静だとは、担任の私も驚きました。」
母さん、なんか微妙に胸を張って上から目線になってるよ。
ー嬉しいのはわかるけど、今は静かにしててね。ー
僕の気持ちが通じたのかわからないが母さんはおとなしくしていてくれた。丈さんが
「なるほど、的確で良くわかりました。他に何か見たかな?」
ーそうだよ、見たよ。
丈さんを呼んだ理由はこれからだ!ー
「畑中先生は、お水を一口飲んで苦しくなっていました。それまでも飲んでいましたが大丈夫でした。」
「倒れる前に水を飲んだ時だけ苦しくなったんだね。」
「はい。そうです。飲む前にホテルの方がピッチャーでお水を足しにきていました。」
そう言うと大原先生の向かいの椅子に座って話を聞いていた伊織が
「わかった!それに毒が入っていたんだ。だから先生が倒れたんだ!」
「違うよ。毒が入っていたなら伊織さん、君も倒れているだろう。その水飲んでるんだから!ちょっと黙っててくれないか!」
僕は、でしゃばり伊織に腹が立って、いつになく大きな声で伊織に向かってそう叫んだ。大原先生が立ち上がって伊織の口を抑えていたっけ。
ー大原先生、驚かせてごめんなさい。ー
丈さんが僕を落ち着かせるように両腕を優しくさすりながら
「ピッチャーでお水を足した直後だったんだね。」
「はい。きっとそのピッチャーの中に畑中先生がアナフィラキシーショックを起こすものが入っていたんだと思います。例えば、解熱鎮痛剤とか。」
「アナフィラキシーショック?随分難しいことを知ってるんだね。」
女性の警察官は驚いていたっけ。伊織が僕も知ってるみたいにモゴモゴ言ってたけど、大原先生に静かにって注意されてたな。
「解熱鎮痛剤?」
「はい。畑中先生言ってたんです。頭が痛くなっても我慢するしかないんだって。薬飲むとその方が危険だからって。死んじゃうんだって言ってました。」
「薬によるアナフィラキシーショックか。」
「畑中先生が薬飲めないの知っている人はそんなには多くないと思います。でも遠足の時に話していたし、その場にいた何人かは知っていると思います。鎮痛剤なら普通の人が飲んでも何も起きない。ピッチャーの中に溶かしておいてそれをみんなに注いでも倒れるのは畑中先生だけです。」
「つまり、畑中先生を狙った。」
「そう思います。ただ、この場にいるみんなが解熱剤にアレルギーが無い保証はありませんので。必ずそうだとは。」
「そうだね。ありがとう。後は警察の仕事だ。さすがだよ。」
丈さんにはちゃんと僕の言いたいことは伝わった。
ー丈さんこそさすがだよ。ー
丈さんがさすがだったのは、その後の行動だった。
六年生の担任を呼ぶと何かを聞いていた。そして、ホテル側に六年生とその父兄の待機場所を別の部屋に用意するようにお願いして移動させた。
食事会場には僕たち五年生と母さん、担任と山本先生、ホテルの関係者だけが集められた。丈さんの行動は少し疑問だったけど。
さあ、僕の本当の力はここからだよ。ね、丈さん。
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