第13話心の爆発

 幼稚園は毎日楽しかった。怖い事も起きないし、意地悪な子もいなかったからね。

丈さんも遊びに来ては僕の幼稚園の話を楽しそうに聞いてくれたんだ。

幼稚園は車で送り迎えが禁止だったけど母さんの会社が近いから、会社まで車で行って、そこからは歩いて幼稚園に通っていた。ギリギリセーフの登園かな。


 年長組になって、クリスマスのお遊戯会の練習が始まった頃。

母さんと手を繋いで登園している時に、あの時の初等部の一人と校門の近くで会った。右に行けば幼稚園。左が初等部。

母さんもあの子だって気がついて


「あら、ごきげんよう。お久しぶりですこと。」

「ごきげんよう。あの、僕知ってるんですよ。」


初等部の彼は、ちょっと思い詰めたような顔をしている。瞳には相変わらずガミガミ怒る大人の顔が見えているね。


 ーそれと、あれ?なんだろう?今の?ー


「何をご存知なのかしら?」

「車で登園なんかして良いんですか?」

「見ていらしたの?」

「ずっと、知ってました。」


母さんの自信たっぷりの顔。だから何かしらって書いてあるよ。


「そうですか。」

「学校に言いますよ。良いんですか!」

「どうぞ。ご勝手に。」

「源氏だからってなんでも許されると思うなよ、このブス!」


 ーあー、それだめ。絶対ダメなやつ。

  僕に意地悪な言い方したあの件だって一生忘れないのに、

  鏑木坂蘭子様に向かって爆弾投げつけるような事。

  あー、あー。母さん、落ち着いてよ、相手は子供だよ。ー


 僕の予想に反して、母さんは何も無かったように幼稚園に向かって歩き出した。幼稚園に着くと、いつもと変わらず先生に挨拶をして戻って行った。

朝のお祈りが終わって、クリスマス会で歌う讃美歌を歌い終わった頃、先生が僕を呼びに来た。


「颯真さん。お母様がお呼びですよ。」

「かあさまが?」

「ええ。男性の方とご一緒にいらしているわ。」


母さんがお迎えの時間以外に来ることは初めてだったし、朝のことがあったから嫌な気持ちがしたけど、先生に連れられて行った部屋には丈さんもいた。


「丈ちゃん。」

「颯、ビックリしたか。ごめんな。」

「うん、どうしたの?」


先生は、お話が終わったら呼んでくださいっと、戻っていった。

丈さんが来ていた事も意外だってけど、母さんが話し出したことはもっと意外だった。


「颯。朝の初等部の子の事をかあさま助けてあげていの。颯の力を貸して欲しい。」

「えっ。」


母さんは僕を送った後、一旦は職場に行ったが、どうしてもあの子が気になって初等部に向かったそうだ。

それはあの子をやっつける為ではなく、平家だとしてもあまりに酷い物言いをする彼に何かあったのではないかと気になったからだった。

初等部に行っては見たものの、彼の名前も学年も分からない。

初等部も制服なので容姿の特徴を言っても先生方にも抽象的すぎて伝わらない。

でもどうしても気になって、困った時の丈さんが呼び出されたってわけ。


「颯、ごめんね。『めめ』の事、秘密って言っておいて聞くなんて、、、本当にごめんなさい。でもね、どうしてもあの子が気になるの。仕事も手につかなくて。颯 何か、見えたりしなかったかな?」


こんな母さん初めて見たかも。僕にすごく遠慮している。ただ母さんの初等部の子を心配している気持ちはすごく伝わってきたし、爆弾発言のせいで言えなかった事もあったから、母さんが来てくれて良かった。


「見えたよ。」

「そう、どんな事かな?」


母さんの顔はすごく真剣。


「前と同じ怒ってばかりいる女の人。」

「そっか、同じなのね、、、」

「それとね、」

「それと、他にも見えたの?」

「うん。ドンって。女の人をドンって押してた。」

「えっ。」


母さんは、息をのんで口元を手で押さえた。

丈さんは椅子に座ると、僕を膝に乗せ優しい声でこう言った。


「颯。ゆっくり思い出して、見えたこと全部を丈ちゃんに教えてくれるか。」

「うん。えっと女の人がすっごく怒ってた。そしたら、その人をドンって押して。ご飯のテーブルにドンてなって、そのまま寝ちゃったよ。」

「えっ、あっ、寝ちゃったままになったんだね。」

「うん。」


丈さんと母さんは、顔を見合わせて


「まずい状況だな。」

「どうしよう、あの子の事何も分からないのに、、、」


丈さんは母さんに落ち着くように言うと


「颯、そのお家の中、何か他に見えたかな?」

「黒い大きい犬が女の人をペロペロしてた。」

「黒い犬だな。」

「白い大きな鳥さんも、こうやって踊ってる。」


僕は丈さんの膝から降りて、白い鳥が足踏みするように踊っている真似をしてみせた。


「オウムだな。男の子は背の高さから考えると高学年。」

「六年生のお兄ちゃまだよ。」

「颯、知ってるの?」

「知らないけど、入園式の練習の時、五年生って言ってたから。」

「颯、あなたやっぱり天才よ。さすが私の子。」


あんなに動揺していた母さんだったけど、僕の言う事、一つも聞き逃さないんだね。さすが蘭子様。


「黒い大きな犬。白いオウム。六年生。良しこれでいける!」


丈さんは、自分も卒業生である事と警察って言う力を使って、学校から情報を聞き出した。


 名前は、吉里勇太よしざとゆうた

朝、登校していたはずの勇太さんの姿は学校には無く、その子の親であろう番号に学校が連絡をしたが誰も電話に出なかった。

丈さんは、急いで勇太さんの家に向かった。

玄関に施錠はされていなく、家に上がると女性がテーブルの下で倒れていた。

出血は多くは無かったが、意識は無い。呼びかけに反応も無かった。

丈さんは、緊急搬送と共に学校側に状況を伝えて、勇太さんの保護に向った。

勇太さんは友達の話から学校のウサギのいる小屋の影にいるのが見つかった。震えていたそうだよ。


 僕は丈さんが飛び出して行った後にもう一つ思い出して母さんに伝えたんだ。


「お兄ちゃま、ギュッてされてるよ。女の人に。腕とか、お腹とか、背中とか。ギュッて。ごめんなさいって言ってるみたいなのにギュッて。」

「なんてこと、、、」


母さんは泣いていた。


「颯、いっぱい思い出してくれてありがとう。あの生意気で、かあさまをブスって言ったお兄ちゃまをこれで助けられる。良かったね。」


母さんは涙を拭くと、ニッコリ笑って僕を抱きしめた。


 母さんは僕をお遊戯会の練習に返したけれど、自身は仕事に戻れずに初等部に残っていた。

丈さんに僕が『めめ』で見たもう一つの事実を伝え、先生方と勇太さんの体を調べた。

背中を中心に強くつねられたであろう赤紫に変色した皮膚が何箇所も見つかった。

それでも勇太さんは、僕の成績が悪いからだと母親をかばっていたんだって。

小学生がまだ親に依存してしまう年齢である事を知っている、大人の卑怯なやりくちだ。

母さんは、勇太さんを思いっきり抱きしめて、そして真っすぐに目を見つめ


「何を言っているのです。あなたはこの鏑木坂蘭子に向かって、ブスっと言ったのです。私をブス呼ばわりしたのは人生であなただけです。

それほどの勇気があるのなら、なんでもできます。どんなことも乗り越えられる勇気をお持ちなのですよ。

勇太様。負けてはなりません。ご自分の人生です。誰にも屈せず前へ進むのです。それでも苦しくなったら、助けてというのです。良いですか、ブスではなく、助けてというのですよ。助けを求めるのは恥ずかしい事ではありません。勇気がある立派な事です。その勇気をあなたは持っている。わかりましたね。忘れてはなりませんよ。」


勇太さんは、大粒の涙をこぼしながら、大きな声で


「はい。」


って返事をして、母さんに抱きついて泣いた。

丈さんはそんな母さんを抱きしめてくなったって、後でこっそり教えてくれたんだよ。


勇太さんの母親は、頭蓋内に溜まった出血を抜く緊急手術をした。数日後に意識が戻り、自分で転んだんだと言ったそうだ。


 ーへ〜愛情は残っていたんだ。

  それとも自分の保身かな。ー


その後勇太さんは、児童養護施設に入所した。母親はだいぶ抵抗したそうだけど学校医の八神先生と東雲先生が


「あなたが変わらなければ勇太さんは帰ってこられません。」


そう言われって、今は東雲先生のクリニックに通っている。


僕は つねる という言葉を初めて知ったんだ。

子供を愛していながら暴力を振るう親の存在もね。


 後日丈さんが、母さんに


「お蘭。ブスって言われてよく怒らなかったな。」


って言ったら


「あら、怒るわけないでしょ。だって私は美しいのですから。」


だって。鏑木坂蘭子、恐るべし。

母さん、そんな母さんの事が僕は大好きです。きっと丈さんもね。





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