第8話 何だか不穏な気配がするようです。

 先程からずっと感じていた"悪い予感"。

 そうして、突然の熱風と共に現れたのはランクA+相当の危険極まりないモンスター、『炎獄狗ヘルハウンド』。


 ……あくまで、一般論として危険なだけであって僕にとってはなんの問題もない。


 だとしても、今いる階層はランクB相当。

 本来ならば、こんな所には現れないはずのモンスターだ。



:は?イレギュラー?

:いやここBランクだろ?

:なんでA+ランクのモンスターが……?

:しかもヘルハウンドやん

:大丈夫か久遠

:やばそうなら逃げろ



 配信を見ているみんなも心配している。

 ダンジョン配信で『𨷻入者イレギュラー』に遭遇し、そのまま亡き者にされてしまうという事例も少なくない。

 きっと配信を見ている人の中にも、推しの配信者がそうなってしまったという人達が少なからずいるんだろう。


 でも僕はそんなことになるつもりは無い。

 普段ここよりも危険な所へと挑んでいる探索者としてのプライドというのがある。ヘルハウンドこんなのに苦戦してるようでは、『竜種を倒した探索者』として情けない。


 でも、さっきまで使っていた特異技能ユニークスキルでは少し相性が悪い。勿論倒せないこともないけど、少々時間がかかってしまう。


 と、言う訳で。別の技能スキルを使うことにする。

 ……予定には無かったし、もう1つの特異技能ユニークスキルを晒してしまうことになるけど、ダンジョンに例外は付き物。そこは割り切るしかない。



「まぁみんな安心して。仮にも僕は竜種を倒してる訳だし、こんなのヘルハウンドに負けるつもりは無いよ」



:お、おう……

:仮にもA+のヘルハウンドをこんなの呼ばわりかぁ……(遠い目)

:まぁたしかに

:竜種倒せるんなら確かに大丈夫か

:竜種と比べるのは相手が可哀想な気がするのは俺だけか……?

:安心しろ、俺もだ



 とはいえ、これは配信。見てくれている人達に娯楽を届けるエンターテインメント。あまりに呆気なく倒しては流石に"配信映え"というのもしない。

 僕のスキルの中には、ヘルハウンドだったら一瞬で消し飛ばせるスキルも結構あるけど、それを使ったら見ている人達は何が起きたか分からなくて面白くはないだろうしね。


 そんな訳で、結構配信映えするスキルを使うことにする。


 相手は炎を扱う地獄の番犬。ゲームなどでもお馴染みの通り、炎は水か氷が弱点と決まっている。

 今回は氷雪系のスキルを使わせてもらおうかな。



「いきなりで悪いけど、倒させてもらうよ。

特異技能ユニークスキル ──『冱による氷蝕フォルストゥ』」



ヒュォォォォォォ……



 僕がそう唱えた瞬間、辺り一面に冷気と共に雪が漂い始める。その冷気は次第に強くなっていき、僕とヘルハウンドに霜を降ろす。


 そうして数秒もすれば辺り一面、正確に言えば僕を中心に半径1kmが氷と雪に閉ざされた白銀の世界へと変わる。

 ヘルハウンドの足もすっかり凍りつき、地面へと縫い付けられ動けないでいる。


 こうなった時点で僕の勝ちは確定している。生憎だけど、ヘルハウンドにはもうここから生き残る術は残っていない。



「壱の門【開】──『六花りっか』」



 僕がそう呟くと、辺りに漂っていた雪が次第に僕の目の前に集まっていき、一つの太刀を形作る。その太刀から漂う冷気は凄まじいことになっていて、触れた瞬間、魂そのものまで凍りつきそうな、そもそも触れることすら叶わないような、それだけの冷気。


 僕はその太刀を手に取り、ヘルハウンドに向けて一閃する。


ヒュォッ!!


 その刀身から放たれた剣閃は、周囲のものを瞬く間に凍らす絶対零度の死の剣戟となって獲物へと襲い掛かる。


 その剣戟が相手へと届いた瞬間、凍り付き、一刀両断されて崩れ落ちる。


ドシャァッ……!!


 自身が死んだことに気付かぬまま、地獄の番犬はその身を氷へと変え、絶命した。



「壱の門【閉】」



 僕がそう唱えれば、氷と雪によって形成された太刀──『六花』は、霧散するように消えていった。

 

 これが僕が持つ特異技能ユニークスキルの中の一つ、『冱による氷蝕フォルストゥ』。


 有り体に言えば、氷や雪などに関することならだいたいできるスキル。その中でも、相手を攻撃したり、とりわけ威力・防御力が高かったりするものを『○の門』と呼んでいる。

 その為、僕が今持っている刀に氷を纏わせて戦ったりとかも普通にできる。後は普通に魔法を放ったりとか。


 まあそんな訳で、これで『𨷻入者イレギュラー』は倒した。配信時間もそろそろ3時間を超えるし、ここら辺で切り上げた方が良いだろう。



「え〜…っと、この配信を見てくれてる皆さん。そろそろ時間もいい感じだし、ここからは来た道を戻っていこうかなと思います」



 僕が視聴しているみんなへ向けてそう告げると、コメント欄は物凄い勢いで流れ始めた。

 ……なんでだろ?



:いや待て待て待て待て!!

:あっさり殺しすぎだァ!!!

:それにユニーク!?どういうこと!?

:さっきの炎の奴がユニークじゃないの!?

:いやでも確かに今ユニークスキルって!

:じゃあユニーク2個持ち!?有り得んのそんな事!?

:前例ないってそんなん!

:説明please!!!!



 せ、説明……?一体僕は何を説明すればいいの……?あ、さっきのスキルの話か。

 そうだね、視聴中のみんなも説明がなきゃ混乱しちゃうかぁ。



「えっとね、さっきのは僕が持つ特異技能ユニークスキルの一つで、『冱による氷蝕フォルストゥ』って言うんだけどね。簡単に言えば氷の結界みたいのを出して、その中でだったら氷と雪を駆使したものならだいたいなんでも出来るスキル……そんな感じかな?」



:違うそうじゃない

:微妙にズレてんだよなぁ、これが。

:確かにそのスキルも気になるけど!

:俺らが聞きたいのはそっちじゃねぇ!!

:なんでユニーク2個も持ってんだ!?

:そっちの説明をしてくれ!!



 特異技能ユニークスキルをふたつ持ってるだけでこんなに驚かれるものなの……?

 なんなら僕、2つどころか何個もユニーク持ってるんだけど……



「えっと……、普通特異技能ユニークスキルの一つや二つ、持ってるんじゃないの?」



:お前だけだぞ!!

:少なくとも公式記録ではユニークスキルを2つ、もしくはそれ以上持ってる奴はいない

:常識知らず過ぎねぇか!?

:他の探索者の情報くらい、普通見るだろぉん!?

:まさかの知らないのかぁ……(遠い目)

:何この子恐いわ!!



 どうやら、他の探索者の人達は特異技能ユニークスキルを持っていたとしても、ひとつしか持ってないらしい。


 全く知らなかった。昔から、ダンジョンのネタバレとかは避けてなるべく初見で挑みたかったから、そういったダンジョンに関する情報は全くと言っていいほど知らない。

 勿論、初見のせいで何回か危険な目にあったりもしたけど、今生きているからなんの問題もなし。これからも初見攻略のスタンスで行く。


 それはそれとして、なんで特異技能ユニークスキルをふたつも持ってるのか……か。

 本当は2つ以上持っているけど、それをここで言うほど僕も馬鹿じゃない。


 特に視聴者の皆に伝えても問題ない理由──所々ヤバいけど──で大体の特異技能ユニークスキルは手に入れた為、伝えてもきっと平気だと思う。そう思いたい。



「そうだねぇ、僕がユニークを2つも持ってる理由は、やっぱり……、かなぁ……」

 


:久遠も他のユニーク持ちと同じような理由かぁ……

:まぁ何となく予想はついてたが……

:てことは、他のユニーク持ちよりも多く危険な目に遭ったって事だろ?

:今も生きてることを考えると、めちゃくちゃ運がいいな!!?

:並大抵の奴らじゃ生きて帰れずお陀仏よ

:日頃から努力してたんやな……



「ああ……うん。自分でも、我ながら運が良かったなって思ってる。じゃないと今頃こうして配信なんか出来ないだろうし、今まで通りに暮らせてないから、本当に運が良かったなって思うよ」



 コメント欄を見るに、どうやら他の探索者の方達も僕と同じく危険な目に遭ったことで、スキルを開花させたらしい。

 勿論、大抵の人は大怪我を負ったり命を落としてしまうだろう。


 そんな危険地帯から自力で生還できる者たちが、新たな力を発現させる。

 そう考えると、やはり大きな力を得るには大きな代償、リスクが伴う物なんだと思う。


 "限りなく勝率の低い賭け"に勝った者達が、ユニークと呼ばれるに相応しい力を得る。


 ダンジョンで力を得るという事はきっとそういうことなのだ。


 ……ここまで語ったけど、結局僕が言いたいのは、日頃の努力は大事。その努力のおかげで新たなスキルが手に入る……かもしれない。そういう事だ。



「じゃあ質問にも答えた事だし、そろそろ地上へと戻ろうか」



 そう言って彼は、久遠は来た道へと戻っていく。

 なんだかんだで配信楽しかったな、なんてことを考えながら。


 彼の頭からは、先程の『𨷻入者イレギュラー』の事などすっかり抜け落ちていた。



──────────


───────


─────



 久遠が『底なしダンジョン』へと訪れる30分ほど前。74階層最奥付近。

 1人の探索者の男が、うす暗い地底を駆けていた。



「はぁっ……はぁっ……クソッ!」



 男の探索者としてのランクは、B。世間一般から見れば、かなりの上澄みと言える実力を持つ。そんな力を持つ男でも、今はただ……走って走って走るしかない。

 彼に残されている選択肢など、『逃げる』一択。他の行動を取れば、すぐさまあの世行きだろう。



「なんで……なんでだよ!!なんで俺がこんな目に……!!」



 何故男は逃げるのか。そもそも何から逃げているのか。

 男が逃げている相手は、今から30分後、久遠によって瞬殺される……『炎獄狗ヘルハウンド』だった。


 男の探索者としてのランクはB。対する相手の危険度ランクはA+。どう足掻いても勝てる相手ではなかった。

 そもそもとして、男の身体は既にボロボロだった。片腕は黒焦げ、背中にも大火傷。頼みの綱である剣は剣身の半ばから折れていた。


 だが、男は長年の経験により何とか致命傷を躱し続け、地上へと繋がる転移魔法陣がある75階層までもうすぐだった。



「よし……いける!!こんなとこで死んでたまるか!!!」



 …………もうすぐだったのだが、どうやら運命の天秤は男の方へと傾かなかったようだった。



「キシャァァァッッ!!!」



 突如、目の前に新たなモンスターが出現。そのモンスターも、危険度ランクA+の『吸血蟷螂ブラッディマンティス』だった。


 本来ならばこの階層も、B〜A-程度のモンスターがほとんど。滅多にA+相当のモンスターなど現れない。


  ………そう、この階層でも『𨷻入者イレギュラー』が発生していた。


 …………無情にも、新たに現れた『吸血蟷螂ブラッディマンティス』の鎌は、男の胸を正確無比に斬り裂いた。



「ッ!!!がはっ…………く、そが……!」



 その攻撃を受けてしまった男はその場に倒れ、這いずってでも逃げようとしたが……、それを見逃してくれるほど相手も甘くなかった。

 ……数秒後には、目の前の光景に絶望し、激しい負の感情が含まれた悲鳴が階層中に響き渡った。



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──────



 ───この男も、先日の白雫つくもしずくのように、転移トラップを踏んでしまい……目の前には『𨷻入者イレギュラー』の『炎獄狗ヘルハウンド』が居た。加えて、更にイレギュラーである『吸血蟷螂ブラッディマンティス』も出現。


 ……短期間での『𨷻入者イレギュラー』の多発。転移トラップを踏むと目の前に居るイレギュラーという状況。全てを偶然で片付ける事は出来ないだろう。

 ………だとしても、それらの原因が解明されるまで、依然として犠牲者は増え続けるだろう。


 …………この日も、先週から増え続けている迷宮ダンジョンでの行方不明者一覧の中に、男の名前が刻まれるのであった。




─────────────────────



 はい、どうも作者です。

 更新が遅れてしまい申し訳ありません。中々筆が進みませんでした。


 ……それと、今回から配信のコメントの書き方を変えてみたのですが、読みづらくなかったでしょうか。

 個人的には今の方が読みやすいと感じるので、特に何がなければ今後も今話のような書き方にしたいと思っています。


 以上、作者からでした。

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