第36話「優しいんだね、アランは」
まてまて、魔法を封印された? だから、コップに水を入れなかったのか。出さないんじゃなくて、出せなかったのか。じゃあ、ジェナの家で魔物たちを従わせていたのは何だったんだ? あれは魔法じゃないのか?
「ライラ、魔法を封印されたってなんだ? ジェナの家で魔物たちを従わせていただろう。あれは魔法じゃないのか?」
「ううん、あれも魔法だよ。魔王が代々使える魔法。魔物たちを自分の歌や声で従わせられるの。勇者パーティーのやつが唯一封印できなかった、私の大事な魔法。まあ、それ以外は完全に封印されて、何も出来なくなっちゃってるんだけどね」
そんなものがあるのか。なら、彼女の魔法を封印した奴、シスター野郎――おそらく、ナンシーを殺せばかなり強いはず。もし、その状態で最終的な目標であるアーサーを殺すのを協力してくれるのなら、かなり心強い。
……断る理由がないな。話を聞いている限り、僕とライラは似たような境遇だった。種族の違いはあれど、勇者パーティーにやられ、恨んでいる点は同じ。それに、さっき気付いたが、このまま彼女をこの国で野放しにするわけにはいかない。変に僕にまで足がついてしまうと、それこそ復讐の足枷になってしまう。これからすることを考えると、人手も欲しい。
……どうせ、復讐が終わったら生きているかなんて分かんないしな。
少しの間伏せていた目をライラに戻すと、彼女は僕の様子を窺っているようだった。
「……分かった。僕の復讐を手伝ってくれ」
「私のお婿さんになってくれるの?」
「それ、ナンシーを殺して魔法を復活させてもならないとダメなのか?」
「ナンシーって誰?」
「勇者パーティーのシスター野郎だよ。勇者パーティーは勇者であるアーサーと、勇者教会のナンシー、今はこの二人だ」
「ふーん、あいつナンシーって言うんだ。……魔法が復活してもアランにはお婿さんになってもらうよ。魔族が少ないことには変わりないし、アランみたく強い奴じゃなきゃ、私もいやだ。それに、私の裸を見たし」
何かと裸を見たことを持ち出してくるな。僕もわざと見たわけじゃないんだけど。婿にならないと自分の方が悪い気がしてくるから不思議だ。
別に婿にならくてもいいとは思うけど――断っても折れそうにない。なにより、今は人手が欲しい。
「なるよ、なる。復讐が終わったらな」
「やった」
ライラは本当に嬉しそうに笑った。なぜかリリーまで喜んでいる。僕を見ると、彼女はニヤッと笑った。あいつは何がしたいんだ。
「なあ、なんでそこまでするんだ?」
僕の疑問に彼女は小首を傾げる。
「魔王様があんな所にいたってことは、もう魔族はボロボロなんだろ? 自分が生きることだけ気にしていればいいだろ。子供だって、別にお前じゃなくてもいいんじゃないか。俺のこと別に好きでもないだろうに」
「――優しいんだね、アランは」
「は? 何言ってんだ?」
「だって、そうじゃん。魔王だって聞いた上で私の心配をしてくれてるんでしょ? 無理してるんじゃないかって」
「いや……」
「アランはツンデレさんだからねー。ライラちゃんは覚えとくといいよ」
「うん、覚えておく」
リリーとライラが妙な結束をする。僕は居心地が悪くなった。なんで、リリーはライラの味方ばかりするんだ。まったく。
「私のせいなの。魔族が勇者パーティーに負けたのは。私があいつらに勝てず、裏切られたせいで、みんな殺された……」
ライラは目を伏せ悲しそうに言う。魔族のことはそんなに詳しいわけじゃない。ただ、僕の家族を殺したやつらくらいにしか思っていなかったから、調べることもしなかった。知っているのは、魔王がいて魔王軍がいたこと。そして、魔王は絶対的な力で決まっていること。魔族全員がひれ伏す力を持っているはずなのだ。ライラは。
その彼女でも勇者パーティーには負けてしまった。結果、魔族は殺されたという。
「私には血を残して、魔族を存続させるくらいしか出来ないの。それは、シスター野郎を殺して、私自身の魔法が解放されても同じ。勇者パーティーがいようといないとも、私に出来ることは一つなの。私にとっては、しなくちゃいけないことなんだよ。お婿さんを作るのは」
ライラにとって、お婿さんが大事なのはわかったが、なんで僕なんだ。他にも強いやつなんていくらでもいるだろうに。
「なあ、なんで僕なんだ。探せばいくらでもいるぞ、強い奴なんて」
「なに言ってるの、アラン。あの竜人に勝つんだから、かなり強いじゃん。それに、私をあそこから出してくれたのはアランだよ。魔族を存続させるためとはいえ、私だって誰でもいいわけじゃない。私を助けてくれて、強いし優しい。私にはアランしかいないんだよ?」
ライラはブランケットから抜け出して、ベッドに手を付いて近付いて来る。紫色の瞳が僕を見つめる。ち、近い。それに、服がボロボロなせいで、目のやり場に困る。
僕はどうしていいか分からず、彼女押し戻し、顔を横に向けた。
「ら、ライラ、近いって……」
「アラン、分かってくれた?」
「分かったって。だから、離れて」
僕がそう言うと、彼女はようやく離れてくれたようだった。溜息をつき、ライラの方に顔を戻すと、リリーが小さく笑っていた。
「へえー、アラン、こういうのに弱いんだね。意外。いや、そうでもないかな?」
「リリー、本当に黙ってくれる?」
「はーい」
なんで、こんなことに。協力してくれるのはいいけど、この先大丈夫だろうか。
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