第35話「私の婿になりなさい」

「アラン、ライラちゃんが困ってるわよ?」


「え?」


 リリーに言われて見ると、彼女はまたブランケットに包まって体を隠し、僕をじっと見ていた。紫色の瞳が、じーっと何かを言いたげにしていた。


 そうだ。ライラのことも決めなければ。彼女が僕の復讐に協力してくれるのかは分からないけど、なぜあんなところに魔族の女の子がいたのか知りたい。もしかしたら、アーサーやナンシーを殺すのに役に立つ何かを知っているのかもしれないのだから。


「え、と。ライラ?」


 僕の呼び掛けに、ライラはぴくっと瞼を動かす。でも返答はない。


「色々と訊きたいことがあるんだけど――」


「アラン」


 唐突に名前を呼ばれ、僕は言葉が継げなくなる。パンくずを付けている小さい口が開く。


「あなた、私の婿になりなさい」


「は?」


「おおー、大胆な告白」


 リリーが視界の隅でニヤニヤとしてるのが分かる。僕だって言葉の意味は分からないわけじゃない。ただ、なんでそんなことを急に言い出したのか理解不能だった。しかも、僕は人間だというのに。


「えーと、なんで?」


「私は魔王なの。あのクソ勇者のせいで、私達魔族はバラバラになってしまった……。私はなんとか生き延びれたけど、このままじゃ、魔族が滅んでしまうの――だから、私と結婚して子どもを作らないといけない。きっと他の生き残っている魔族もそれを望んでいるはず」


 ライラは僕の目を見ながら、淡々と、しかし雄弁に話す。


「ほとんどの魔族は死んでしまった。生き残りにも会っていない。アラン、あなたは男でしょ。それに、ジェナとかいうあの忌々しい竜人を殺したのなら、強さは十分」


 だから、私の婿になって子供を一緒に作れ、と彼女は言う。言いたいことは分かったような気がするけど、突っ込みどころが多すぎる上に、斜め上の要求過ぎてどう反応していいか分からない。魔王って、本当か? ……まあ、確かにジェナあたりが強さ的な意味で好みそうだけど。魔王っていう強さは。


 僕が無言になってしまったのを、ライラは顔を真っ赤にしながら言う。


「それに、アラン。あなた、私の裸を見たでしょ。起きたら傷がなくなっているし、綺麗になっていた。……あなたでしょ」


「いや、それは……」


「アランー、隠し事はダメだよ。ちゃんと言わなきゃ。隅々まで自分が綺麗にしましたって」


「なっ、おいっ」


 余計なことを。しょうがないだろ、状況が状況だったんだから。それは、その色々見ちゃったけど……。大体、リリーだって、しょうがない、って言ってたのに。


「す、隅々まで……?」


「いや、違うんだ」


「何が違うの?」


「あ、いや……」


 顔が燃えるんじゃないだろうかと思う程、顔を真っ赤にした彼女は、じとっと僕を睨んでくる。事実見てしまったものはどうしようもなかった。


「見ました……」


 僕はがくっとうなだれた。これ以上変に言い訳すると色々失う気がしてならない。


「隅々まで?」


「いや、そんなには……。身体が汚れていたから、魔法で綺麗にしただけで。服を着ているとどこを怪我しているか分からないし……」


 おかしい。助けただけなのに、なんで僕がこんなに困るはめになっているんだろう。


「ふーん。わ、私の裸そんなに見といて、このまま私を放り出すの?」


「いや、そうとは言っていないけど……」


「でも、婿にならないということはそういうことじゃん。私、そんなに魅力ない……?」


 ああ、なんか変な方向にへこみ始めた。どうしたらいいんだよ。確かに僕は気にしてないけど、人間の国のど真ん中で魔族の子供を放り出すのは、危険な目に合う可能性が高い。ましてや、本当に魔王だとしたら放り出した僕まで巻き込まれかねない。だけど、今は婿どうの言っている場合ではない。


「魅力がないとかそうじゃなくて、今の僕はそれどころじゃないんだ。勇者パーティーの二人を殺さなきゃならない。だから、婿になれない」


「勇者パーティーを? ……じゃあ、それが終わったら婿になってくれる?」


 いや、なんでそうなるんだ。僕達、出会って一日くらいしか経ってないぞ。


「アラン、いいんじゃない? お婿さんくらい」


「リリー、お前、面白がっているだけだろ」


「そうだよー、くすくす」


「アラン、ところでこの女、誰?」


 今になって、ライラはリリーを剣のある顔で見る。リリーのことはっきり見えるのか。魔族も僕と近い存在なのかな。普通に聞き取れてるし、話してるし。


 それにしても、リリーは別に恋人とかそういうんじゃないんだけど……。説明したところでちゃんと素直に聞いてくれるだろうか。


「はぁー……、リリー。僕の復讐を手伝ってくれている精霊」


「精霊、これが……」


 ライラはしげしげとリリーを見る。リリーは調子に乗っているのか、僕から離れてライラに背後から抱き付いた。


「ライラちゃん、今アランが言った通り、私達は勇者パーティーへの復讐の真っ最中なの。アランもそれが終わらないと、お婿さんにはなってくれないんじゃないかな?」


「そうなの?」


「ああ。あと二人殺さないといけない。それなのに君の婿になんてなれないだろう」


 ライラはじっと僕を見る。なんだか、今日は見つめられてばっかりだな。


「じゃあ、私も手伝う。復讐」


「……本気か?」


「もちろん。私だって勇者パーティーに恨みはある。一度は全力で戦って負けてしまった上に、あのくそ竜人に何度もいたぶられた。シスター野郎には魔法を封印されたし。復讐で私のお婿さんになってくれるのなら、いくらでも手伝う。私に封印を掛けたシスターを殺せば魔法も使えるようになるし。ダメ?」

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