第37話「孤児院」

 ナンシーが教会から出てこない。


 アランはパーティーハウスにいるので、彼がどんな状況なのかはおおむね把握できている。端的に言って荒れている。アランとナンシーは思ったよりも早く、ジェナが死んだ、ということ気付いてしまった。いつまで経ってもパーティーハウスに顔を出さないジェナに痺れを切らし、ジェナの家にアランが行ったようだった。おそらく、そこで魔物たちがいなくなっていることに気付いたのだろう。ライラがいなくなっていることも。彼はその足で勇者教会に行ったようだった。


 これまたパーティーハウスに顔を出していなかったナンシーに会い、どうやら生死の確認を魔法でしたらしい。


 ナンシーはより詳細を確認するため、勇者教会に籠ってしまった。なんでも魔法でジェナの魂を呼び出して、誰が殺したのか把握するためだとか。


 正直、ジェナが死んだことはどうでも良さそうだった。ただ、勇者パーティーの一員が死んだ――誰かに殺された可能性が残っていることを嫌がっている。


 パーティーハウスで連日飲んだくれているアーサーの愚痴を聞いているとこんな感じだった。酒が入ると彼はよく口が回る。流している勇者パーティーの噂も彼を苛立たせているのだろう。勇者パーティーが魔王軍と戦っているのは自作自演だというもの。僕が酒場やギルドで隠れて聞いている限りまったく収まっておらず、それどころか増しているうようだ。


 お酒で口の回るアーサーが言っていることが本当だとすると、しばらく魔王軍の襲撃もないだろう。噂のせいで勇者教会から止められているようだから。


 噂が出回り、アーサーが苛立つのはいいけど、ナンシーが完全に勇者教会に籠ってしまったの困ったものだった。彼女を殺すには、彼女に近付き探らなければならない。ましてや、今は彼女はアーサーと離れ離れになっている。殺すなら今がチャンスだった。


 もともと勇者教会のことは調べるつもりではあった。ナンシーを殺すためにも、彼女が不死なのかどうかは探る必要がある。ナンシーを襲いでもすればいいのだろうけど、それをした次の瞬間には殺し合いまでしなければならなくなる。だから、勇者教会という周辺から探るしかない。


 仮に不死だとしたら、どうやってそれを実現しているのか、必ずからくりはあるはずなのだ。


 それに気になる噂もあった。



 ライラが復讐を手伝うと言った数日後――僕たちは酒場にいた。アーサーが珍しく夜間に外出し、それを追っかけた先だった。もしかしたら、ナンシーと会うかもしれない、そう思った。


 アーサーは目立ちたくないためか、僕達と同様に深くローブを被り、酒場に来ていた。あまり明るくはない砂っぽい酒場で、周りの喧騒とは裏腹にテーブルで一人彼は飲んでいた。


 僕たちは、それを少し離れた場所で見ていた。アーサーの声だけなら、精霊を通して聞くことが出来る。酒場らしくバカ騒ぎしているのがいるおかげで、僕たちが一方的に彼の声を聞くことが出来ていた。こんなところで、わざわざ精霊を見ようとするものもいない。


 目の前でピカピカ場違いに光っている精霊を見ながら、僕はテーブルの向こう側に目をやる。テーブルの上には二つのジョッキ。あとおつまみらしき、じゃがいもを使った味の濃そうな料理。


 さらに料理の向こうに見えるのは二人の姿。どうやってるか分からないが、完全に両角を消し、フードを被っているライラと、楽しそうなリリー。


「――なんで、お前らまでいるんだ。僕一人で十分なんだけど」


「アラン、すぐに危ない目に巻き込まれそう。それに、私、一人はやだ。アランが浮気するかもしれない」


「こんなにライラちゃんが懐いているのに、アランは薄情よねー」


「お前らな……」


 リリーはライラの隣に座り、にこにこと彼女に抱きついていた。ライラにアーサーの声を拾っている精霊の声を聞かせているらしい。まったく、便利な精霊だ。


「復讐を手伝うと言ったはず」


「……魔法も出来ないのに、どうすんだよ」


「大丈夫、リリーちゃんがいる。それに、私、そこら辺の人間より力は強いし頑丈」


「おい、そんな話は初めて聞いたぞ」


「魔族は大体そうだから、知ってると思ってたけど……、知らないの?」


「アラン、ライラちゃんの話は本当よー。魔族ってみーんな馬鹿力なんだから」


 リリーはそう言いながら、呑気そうに料理を頬張る。ご飯は金を盗んで適当に済ませたり、パン屋から盗んだりして食べているけど、そんなに美味しそうに食べていると、さっき食べたばかりなのにお腹が空いて来る。それはライラも同じだったらしい。料理に手を付け、二人揃って幸せそうな顔をした。


「アランは一人だと危なそう。お婿さんに死んでもらっちゃ困る」


「……はぁ、もう好きにしろ。邪魔はするなよ」


「はーい」


 いつの間にか仲良くなったのか、リリーとライラは仲良く返事した。


 僕は溜息を一つ吐き、アーサーの動向に集中した。


 ちらっと彼を見ながら様子を探るも、彼はちびちびと一人で飲んでいるだけで誰も来ない。この様子だと本当に一人で飲みに来ただけのようだ。


 まあ、ナンシーがこんな酒場に来るとも思えないけど。しかし、アーサーがああいう飲み方をするのも珍しい。以前、強制的に連れて行かれた場所だと、むしろ勇者であることを誇示して、周りの人間を巻き込むように飲んでいたのに。ジェナが亡くなって少しは悲しいのだろうか。


 ……いや、それはないな。パーティーハウスでの愚痴を聞いている限り、そうとは思えない。ただただ、自分が勇者教会から「勇者」でなくされる可能性を気にしているようにしか思えなかった。


 来ただけ無駄だったか……、僕がそう思っていると――


『おい、知ってるか。勇者野郎たちの話し』


『ああん? まあ、知ってるぞ。あれだろ、魔王軍が自作自演だっつーやつ』


 冒険者の荒くれ者らしい二人だった。アーサーの向かいの席に座って会話しているせいか、精霊を通して僕の耳にも入ってくる。それは同時に、アーサーの耳にも入っているはずだった。


 彼が僕の目からも酒を飲む手を止めたのが分かった。


 あーあ、タイミング悪いなー。こりゃ、暴れるんじゃないか? いくらアーサーが外面がいいからって、限度があるだろう。しかも、今はかなりイライラしているはずだ。自分たちの嫌な噂は聞きたくないだろう。


『ちげーよ。それもだけどよ、孤児院だよ、孤児院』


『孤児院? なんだ、お前、子供でも引き取るのか?』


『んなわけなだろ。勇者教会がやっている孤児院あるだろ』


『あるどころか、ほとんどそうだろ。この国の孤児院は。それがどうしたんだ?』


『俺さー、最近孤児院に色々食材を卸してるんだよ。あそこは気前もいいからな。でもな――おかしいんだよ』


『気前いいなら、いいじゃねえか。なにがおかしいんだよ』


『子供が沢山いるだろ。で、たまに勇者パーティーのシスターが来んだよ』


『シスター? ……あー、あれか魔法がえらく強いって言う』


『そう、それだ。でな、たまに来ては孤児院の子供一人、二人と遊んでんだけどよ。いなくなってんだよ。遊んでた子供が』


『言っている意味が分かんねえぞ。孤児院なんだから、どっかに引き取られたんじゃねえのか?』


『頻度がおかしいんだよ。数日で二、三人はいなくなってんだぞ。しかも俺が食材を卸すようになってからずっと。何箇月も。いくらなんでもおかしいだろ』


『そうかぁ? たまたまなんじゃないか?』


『そりゃ、俺だって、ただいなくなっただけじゃ、何も思わねえよ。お前と同じだ。だけどな、いなくなってんのが全部勇者パーティーのシスターと遊んでたやつなんだよ。おまけにだ、そのことを孤児院のシスターに訊くと、「ああ、彼らは選ばれたんです。名誉なことなんですよ」って言うんだ。なっ、おかしいだろ』

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