第29話「隠された扉」

 久々に出た外は、夜とはいえ気持ちのいいものだった。空を飛んでいる僕の真下で、深緑の暗い森がどんどん後ろへと流れていく。森からは離れている空にいるというのに、むせ返るような緑と土の匂いが、身体の中に入っていく。


 月が出ていなければ、まったく見えない夜。僕はジェナの森にある家に向かっていた。


「なにかあるかな?」


〈勇者パーティーの一人なんだから、金品以外にもなにかしらありそうじゃない? 彼女は勇者を好きじゃなくて、しょっちゅう戦いを挑んでいたでしょ。勇者を倒す方法に関してなにかいいものが見つかるかもよ〉


「だといいんだけどなー」


 僕も一度は確かめておくべきのような気はしていた。それに、これからナンシーとアーサーを倒すのに、お金はないかと入用になる可能性が高い。イリルがダンジョンの精霊なので、彼女に言って、ダンジョンの素材を換金するという方法もあるけど、大量だと目立つ。今はナンシーとアーサーに死んだままだと思われている方が何かと都合がいい。


「はあー、ギルド以外で素材を換金出来たらなー」


〈出来なくはないじゃない。ただ、目を付けられちゃうだけで〉


「そんな面倒なことしたくないよ。これから先、目を付けられる先を使うかもしれないんだしさ。それまでは、あんまり貸し借りは作りたくないよね」


〈今のアランなら、そんなチンピラ潰すのも簡単だと思うけど?〉


「いやいや、スラム街とか色々裏でやっている人達を片っ端から潰せればいいけど、時間がかかり過ぎるし、やってらんないよ。それなら、最初か関わらないで、使う時だけ関わった方がマシ」


〈ふーん、そういうものかな……〉


 リリーは意外と王国の街に住んでいる人なら感覚で分かっていそうなことに、いまいち実感を持てないようだった。僕とずっと一緒にいたようなものなのに、この受け取り方の違いはなんなんだろう。


 ダンジョンからジェナの家まであと少し。僕は不思議な気分だった。ジェナを殺した高揚感も、ついに一人目を殺し終わったという虚無感もない。ただ、淡々と次に殺すべきナンシーについての計画で必要なことが分かる。


 瞼を閉じれば、すぐにでもジェナの死体は目に浮かぶ。ダンジョンに沈めてしまったせいで死体を見たのはわずかな間だけだけど、くっきりと記憶に残っている。吐き気はしない。ただ、ああ殺したんだ、という感想だけが残る。


 むしろ、やっと次に行けると感覚の方が強い。


〈アラン、そろそろじゃない?〉


「ん。……ジェナが飼ってた魔物たちどうなってるかな?」


〈んー、ただ従わせていただけなら、何も変わっていないんじゃないかな? 自分たちのご主人様が死んでいるなんて気付いてすらいないでしょ〉


「まー、そうだよね」


 気付いていたら、それはそれで凄い。その方法を知りたいくらいだ。


 ジェナの家は彼女が死んで一日経っているというのに、何も変わらずそこにあった。相も変わらず大樹にへばりついている家。樹の根元には魔物たちがうろついている。月光でぼんやりとしか見えないが、確かに存在はする。特に騒いだ様子もなく、前に来た時と同じようにうろうろしているだけのようだった。


 僕は滑ったまま大樹にある家に近付いていく。玄関にある平らな床に向かっていき、直前で羽を大きく羽ばたかせた。がたがたと板で出来ている床がひしめき、僕は少しだけヒンヤリした。ここが壊れてしまうと、他に降りる場所が屋根くらいしかなくなってしまう。屋根に穴を空けて侵入することも出来なくないけど、誰かが来た痕跡は出来るだけ残したくなかった。金目のものがなくなるのはしょうがない。それがないと、今後が困る。


 完全に速度を落とし、僕はジェナの家の玄関前に降り立った。当たり前だが、この前置いた手紙は一緒に置いた手紙ごとなくなっていた。ここでジェナに遭遇したのが、つい直前のことのように思える。僕が家に入ろうとすれば、彼女があのがさつな物言いで咎めてくるような気がした。


〈飛ぶの上手くなったね、アラン〉


「うん……。ジェナと戦ったせいで、なんか色々分かった」


〈練習よりも実践かあ。さすがだね、アラン〉


「……リリーに褒められるとなんか気持ち悪いんだけど」


〈どういう意味よ、それ〉


「いや、なんでもない」


 だって、あんまり褒められたことないしな。なんというか、リリーはずっと中立だ。もちろん、僕の復讐を手伝ってくれているという意味では全然そんなことはないけど、簡単に褒めるということをしない。子供の頃はもっと沢山褒められたけど……。なんだか、昔に戻ったようで嬉しかった。


〈アラン、あんまり恥ずかしいこと考えないでくれる? 全部伝わってるんだけど〉


「伝えてんの。僕はリリーに褒められた方が嬉しいし」


〈そう……〉


 これは、恥ずかしがっているのかな。この状態でリリーの心を訊いたら怒られそうだからやらないけど。


 僕は息を一つ吐く。そして深呼吸をする。長く息を吸い、長く吐く。森の匂いに混じって、むっとするような獣臭さが混じっている。魔物の匂いだろう。ご主人様を失った彼らはいずれ森に還るんだろうな。わざわざ殺すのも面倒くさい。放っておけば餌を求めて共食いをするようなやつらだ。関わらない方がいい。


 深呼吸をやめ、僕はジェナの家の中に入った。



 ジェナの家の中は、かなり汚かった。どこから持ってきたのか分からないガラクタが乱雑に散らばっている。歩けないほどではないけど……、歩き辛い。こんな場所でどうやって寝泊まりしていたのか。


 元々この家を造ったのが誰なのか知らないが、家の造り自体はしっかりしていた。玄関から入った先はソファーやテーブルがあり、誰かを出迎える部屋のようだった。もっとも使った形跡は見られず、テーブルは完全に物置きになっている。


 奥に進むごとに部屋が変わって行く。どうやら、進んでいくほど個人的な部屋になっていくようだった。台所があり、もう一つ居間があって、寝室があり、身を清める場所がある。


 僕は金目のものを探し、棚や引き出しを探すが特に見つからなかった。


 寝室で僕は溜息をついた。金目のものが見つからないし、家が汚すぎる。


「汚いな……」


 物を乱雑に置くのは、ジェナの性格だ。パーティーハウスでも似たようなものだった。ベッドが部屋のど真ん中にあるのはどうかと思う。しかも床にも物が溢れている。寝室には衣服が多く、ベッドには寝ていた形跡があった。


〈私、ここに住めそうにないわ〉


「それは僕も同感」


 ここ数日一緒に過ごして分かったけど、僕もリリーも見た目の綺麗さを優先する方だった。


 パーティーハウスは僕が清掃していたから、どうにかなっていたけど、今ごろどうなっているんだろ。ナンシーは綺麗好きというか、汚いのが嫌いだからどうにかしているだろうけど。


「ねえ、リリー」


〈怪しいわね、あれ〉


 今の所、金目になりそうなものどころか、お金自体もどこにも見当たらなかったが、寝室には妙に床が綺麗になっている場所があった。ベッドの手前、寝室にある窓の真正面――一見するとなにも無いような木造の壁に見えた。

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