第30話「魔族の女の子」

 僕が壁に触れてみると、予想に反して壁が前に動いた。どうやら扉になっていたらしい。真っ暗でまるで先が見えない。ただ暗い道が続いている。


 なんだ、ここ?


 照明のようなものもない。僕は手に魔力を集め、光の玉を浮かべる。勇者パーティーとのダンジョン探索で散々に慣らされた魔法。ふよふよと浮かぶ光の玉は僕が行く先を照らしていく。


「これ樹の中なのか?」


〈そうみたいね。……アラン、進むなら気を付けた方がいいわ。なんだか変な感じがする〉


「え? どいうこと? なにか罠があるとか?」


〈うーん、いや、身に覚えがあるんだけど……。思い出せない。とにかく気を付けて〉


「まあ、リリーがそう言うなら気を付けるけど……」


 光の玉が照らし出した先は、樹の中の通路だった。ジェナくらいの身長がちょうど一人だけ通れるくらいの大きさ。狭く、息苦しい。


 魔力が薄い感じがする。身体が重く感じる。


 中を歩いて行くと、樹の中をくり抜いただけのような通路は、奥から魔物のような声が聞こえてきた。沢山いる気配がする。


「たしかに危なそうだね」


〈この感じ、どこでだろう?〉


 リリーは記憶を探っているらしい。通路に入った時に感じた、違和感がよほど気になるらしい。


 僕は自分の息遣いと、魔物の悲鳴のような鳴き声を聞きながら奥に進んでいった。


「うっ、臭いなぁ」


〈そんなに匂うの?〉


「リリーも嗅いでよ」


〈……嫌よ。そんなことまで共有したくないわ〉


 通路を進んだ先、下に降りる階段がらせん状に繋がっていた。だが、下からは今までが比にならないくらいに獣くさい匂いと糞尿の匂いが充満していた。


「はぁ……」


 僕は鼻を摘まみながら、階段を降りていく。進めば進むほど、魔物たちの声が大きくなる。ここが大樹の中であることを忘れそうになるほどの数を感じる。一体どれだけいるんだ。


 ぐるぐると階段を降りていく。かなり長い。まさか地面まで繋がっているのか? だとすると、この大樹はジェナの家があるあたりから、丸ごとくり抜かれているのか。何の為にそんな面倒臭い構造になっているんだ。出入りのことを考えれば、普通に地上からの出入り口を使った方が便利なはずなのに。


 何か隠したいものがある? そうでなければこんな回りくどい入口は作らない……、はず。


 僕がこの意味不明な通路と奥から聞こえてくる魔物の声に、何があるのかを考えていると、ようやく階段が終わるようだった。僕の行く先、階段の途切れた場所で、ここに入る時のような四角い真っ黒な穴がある。


 魔物の声や匂いも相まって、入ってはいけない場所のような気がしてならない。だが、ここまで来て引き返すことはしたくなかった。明らかにこの先になにかあるのだ。リリーも何かを感じ取っているようだし、見なければ気が済まない。


〈アラン、気を付けてね〉


「うん」


 何を気を付ければいいのか分からないけど……、あのジェナが罠を仕掛けるとも思えない。大抵のことは彼女自身でどうにか出来るのだ。わざわざ罠を仕掛ける必要がない。


 僕はまた息を吐き――長く吐く。魔物の動物臭い匂いが、身体の中に入ってくるけどしょうがない。僕は歩を進めた。


 光の玉を先行させ、様子を窺う。中は広い空間のようだった。魔物たちがけたたましく鳴き始める。種類も数も多いようで、まったく鳴きやまない。ガシャガシャと金属音もしている。


 僕が中に入ると、より一層魔物たちの声がうるさくなる。


 光の玉を天井まで上げていく。それにつれて中の様子がよりはっきりしてくる。


「これは……、すごいな」


〈そうね。でも金目のものはなさそうね〉


「うん……」


 部屋の中はだだっ広い円形の部屋だった。天井が高く、壁際に鉄製の大きな檻がずらっと隙間なく並んでいる。中には一つの檻に一匹の魔物が入っているようだった。どれもこれも傷だらけで、気が立っている。


 よく見れば床には血痕の跡がそこかしこに残っている。


 ジェナはここで一体何をしていたんだろう。あの戦闘狂のことだから、魔物と闘っていたとか? わざわざそんなことをするだろうか。でもジェナのことだから、有り得なくもないのが、なんとも言えない。


 僕は並んでいる魔物たちから鳴き声を浴びて、ぼーっと考えていると、一つだけ変な檻があった。僕達の真正面にある、物静かな檻。どの檻にも魔物たちが檻から出ようとガシャガシャと喚いているのに、そこだけ魔物がいなかった。代わりに一人の女の子が寝ていた。ピクリとも動かない。真っ黒な衣服はぼろぼろで見えている白い肌は傷だらけだ。顔は赤い髪の毛に隠れて見えない。僕達がここに来たことすら気付いていないようだった。


 気になったのは、こんなところに女の子がいることもそうなのだが、なにより、彼女の頭から生えている両角だった。黒く尖っている角。


 人間……、じゃない。でも、魔物っぽくもない。人間の姿をしている魔物は沢山いるけど、角以外にはなにも魔物っぽい要素がない。しかし、そうすると魔族以外に考えられない。でも、魔族は勇者パーティーが滅ぼしたはずじゃ……。生き残りがいたのか。


「リリー、あれ、魔族だと思う?」


〈そう、だね。でも、あれは……。まさか……〉


 リリーはそれから黙ってしまった。だが、魔族には違いないらしい。……協力してくれるだろうか。僕の復讐に。勇者パーティーの被害者という意味では僕と魔族は一緒だ。


 僕は彼女の檻に近付く。四方八方から魔物のうるさい鳴き声が聞こえてくる。うるさすぎて、どれがどう喚いているのか分からない。


 檻の前に着いても、やはり動かなかった。


 困った。どう声を掛けるべきか。何も思いつかない。油断はできない。もし魔族だとしたら、近付いた瞬間に殺される可能性だってある。ましてや彼女は、ここの魔物と同様に酷い扱いを受けていたのだろう。


 結局、僕は掛けるべき言葉を思いつかず、檻を僕の鉤爪でガンガンと叩いた。あたりでうるさく鳴いている魔物たちに負けないように、大きく鳴らす。


 さすがに聞こえたのか、魔族らしき女の子がビクッと身体を震わせた。どうやら起きたらしい。ノロノロと彼女が身体を起こす。


 はだけかけの黒い服から真っ白な肩が見える。そこにまで傷が付いていた。あまりに痛々しく、僕はとっくに殺したはずのジェナに怒りが湧きそうだった。


 ボサボサの赤い髪の毛からは、かすかに口元が見え、動いたがほとんど聞こえなかった。

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