第17話「黒い鳥」

「いいね、アラン」


 僕はまた頭を撫でられる。最近、リリーに撫でられたばっかりな気がする。僕だって成長したのに、どうも子供に見られている。


「だって、私にとっては子供だからね、アランは」


「よ、まないでっ」


 僕は勝手に心が読まれたことに抗議した。油断も隙も無い。こっちが心を読まれていることをどうにかして分かる方法はないのかな。


「アラン、集中して」


 リリーの真剣身を帯びた声がした。僕はやや不服に思いながらも、目を閉じ、改めて彼女の声に耳を傾ける。


 ふっと、彼女の身体の感触が消える。でも声は聞こえる。


「アラン、今からあなたの中に入る。『鳥の足』って、あなたは言っているようだけど、それを全身に行うからね。イメージして――」


 背中側が熱くなった。精霊たちでパンパンな僕にさらにリリーが入ってくる。


「黒い羽、鳥のような鉤爪、大きく鋭く――」


 リリーの声は続く。軽やかで、澄み渡る川のせせらぎのような透明な声。いつしか、音ではなく、それは僕の中で響き渡り始める。


〈アラン、君が一番強いと思う自分を想像するんだよ〉


 リリーの声が聞こえなくなった途端、全身が燃えるような熱さに覆われた。


「ぐうっ……」


〈耐えて、アラン。最初の方だけだから〉


 リリーはまるで僕の身体に何が起きているのか知っているかのように語りかけてくる。


〈想像をやめないで、アラン〉


 あまりの熱さにリリーの声の通りに浮かべていたものが、壊れかける。それでも、強い自分――アーサー達にも勝てる強さを思い浮かべる。


 身体が変わって行くのが分かる。感じなかった感覚を感じ、手足が伸びる。背中から何かが皮膚を突き破り出て行く。痛みか、熱さか、しばらくすると、すーっと引いていき、僕はいつの間にか顔を両手で覆っていたことに気付いた。


「うわ……、魔物みたい」


〈ちょっと、もうちょっと誇りを持ってくれない?〉


 僕の手は大きくなり、指が伸びていた。しかも、黒いふさふさとした毛で覆われている。それが、服を捲ると、手首の先の肘まで続いていた。指の先は鉤爪になり鋭くなっている。足も変化している。でもこっちは見慣れた姿だった。子供頃よりは大きいけど、黒い毛を生やした鉤爪の足。


「だって、こういうの持ってる魔物見たことあるし……」


〈はあ……。羽も生えているから、空を飛べるようになったのになー〉


「へ?」


 羽? さっき背中が異様に痛くなったけど……。思わず肩を見ると黒い羽毛がふさふさと夜風に靡かれていた。でも、これだけでは何も見えない。鏡が欲しい。


〈背中の翼、動かせない? こう、自分の前に持ってくるように〉


「うーん?」


 僕はもう一回目を閉じて、背中にあるであろう翼を想像した。どんなものか分からない。でもリリーが言うのだからちゃんとあるんだと思う。とりあえず僕は鳥の翼を思い出した。茶色い翼。でも、それが自分の背中に生えているのだと思うとなんとも言えない気分になった。


 自分の身体の一部にもなっているはずなのに、しばらくの間翼の感覚を探す。そうすると、むずむずともどかしいにも程がある感覚で、なにかを感じた。僕はそれをなんとか繋ぎ止め、動かし、自分の身体の前に先端を持ってくるように曲げる。


 動かしている感覚はあった。はっきり、とは言い難いけど、確かに何かを動かしている感覚。ジェナにぼこぼこにされた身体が中々動かない感じに似ている。もどかしく、でも感覚はあって、少しだけ動かせる。


〈アラン、もう見えるよ〉


 僕はリリーの言葉聞いて、目を開けた。


 真っ暗な夜闇の中で、月光と精霊の明かりだけが僕を――翼を照らしていた。継ぎ接ぎのような翼だった。黒、茶色、白、黄色、色んな色が混ざっている。それぞれの羽に新しい羽が繋がれ、結果として暗い色合いのごわごわとした翼が出来上がっている。


「……やっぱり魔物みたい」


〈ちょっとーっ! 精霊たちが泣いちゃうでしょっ! アランのために翼になった子たちなんだから、もっと労わりなさい。私の力も入っているんだからね〉


 耳に大声で叫ばれたわけでもないのに、キーンと頭の中に響くような錯覚を覚える。


「分かった、分かったよ。……精霊の綺麗な翼なんでしょ」


〈そう、分かったならよろしい〉


 よっぽど魔物と同じに見られたくないらしい。魔物でもかっこいいのがいるからいいと思うだけど……。精霊が魔物と一緒と言われるのはやっぱり嫌なのかな。


「ねえ、でもこれ飛べる気がしないんだけど……」


 翼が生えたのはいいけど、感覚が鈍すぎて、全然自分で動かしている気がしない。なんというか、一つ布挟んでいる感じだ。


〈慣れよ、慣れ。今までみんなそうだったんだから〉


「みんな……?」


〈気にしない、気にしない。ほら、早く飛ばないと、夜が明けちゃうでしょ〉


 それは確かにそうだった。いつまでも、ここにいるわけにいかない。正直、ジェナとはダンジョン内で戦うので、飛べる必要はないと思うけどなー。


〈いつ必要になるかなんて分からないでしょ? だから飛べるようになっていたほうがいいの。選択肢は多い方が戦略も広がるもの〉


〈リリー、この状態の時、ずっと僕の心読むの?〉


〈さあねー〉


 どうやら、問答無用で僕の心を覗き続けるらしい。まあ、この状態の時は戦うような時だろうし、いいか。


 僕は深く息を吸い、長く吐いた。今の足の力を使って跳躍することは可能だからそれでもいけないことはないと思うけど……、リリーの言う選択肢を増やしておくことも確かに大事なのだろう。だが、いきなり落ちる羽目になるのは勘弁したい。


 だから、ジャンプしながら、飛べるか様子を窺おう。


 僕は背中の感覚を失くさないように気を配る。意識を置き、翼があることを覚える。想像する。鳥みたいに飛ぶには上下に動かせばいいのだろうか? こんな感じかな?


 僕の視界に翼が出たり入ったりする。うん、動いてはいる。あとはこれで飛べるのかという問題だけど……、とにかくやってみなければ分からないか。

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