第16話「竜人への罠」

 勇者パーティーの三人は、ナンシーとジェナがパーティーハウス以外に自分の家を持っている。ナンシーは家というよりは勇者教会の本拠地――大聖堂がある場所が彼女の家みたいなものだけど、ジェナは王都の外れにある森の中に家を持っていた。通常の人間の足では歩いて一日、二日かかる場所だけど、彼女には関係ない。竜人として力を一部でも使えば余裕で数分以内に行ける。


 僕は彼女の家に数度行ったことがある。彼女の家を掃除したり、飼ってるというか従わせている魔物の相手をさせられたりする時に連れてかれたのだ、強制的に。鬱蒼とした森の中で大樹にへばりつくようにして出来ていた家だった。


 ジェナは酒を飲む時やパーティーで話すことがある時はパーティーハウスに寝泊まりすることがあったが、基本的には森の中にある家のほうで過ごすことの方が多かった。そこからわざわざパーティーハウスまでやってきて、クソ迷惑なことに毎朝僕を連れ出しては殴っていたのだ。その時は、溢れんばかりの力を魔王軍を倒すために使って欲しいと毎回思っていた。力が有り余っているなら魔王軍の本拠地でも探し出して、一人で暴れ回れば、平和にもなるだろう、と。まあ、魔王軍なんか存在していなかったけど。


「ねえ、これで本当に来ると思う?」


「アラン? 言い出したのは、君じゃない」


「そうなんだけど……」


 僕は今、屋根裏部屋である手紙を書いていた。ジェナ確実に殺すため、一人である場所に来るようにおびき出すための手紙を書いていた。


 王国内に流した噂のおかげで、彼らは作夜、盛大に喧嘩したようだった。もっとも、勇者パーティーの面々が殴り合いの喧嘩をし始めたら街が壊れかねないので、いつもの喧嘩は基本的に口論だけど、昨日は結構危なかったようだ。手が出そうになったところでナンシーが強制的に止めたらしい。


 僕も喧嘩の内容は精霊の録音で聞いたけど――あまりにやかましかったので途中で聞くのを止めた。続きを精霊たちから単語で状況を聞く限りそういう感じだった。


 とにかく三人が今バラバラなのが重要だ。少なくともパーティーハウス内にはアーサーしかいないようだった。ナンシーはおそらく勇者教会の本拠地。ジェナとナンシーが行動を共にしているとは思えない。なんというか、ジェナの方がイライラするような気がする。ジェナは喧嘩の鬱憤をどこかで晴らしたいだろうから、森の家の方だろう。


 しかし、森の中では僕の分が悪すぎる。竜人である彼女に完全に変化されると、いくらリリーの力を借りても力がけた違い過ぎる。だから、狭い場所でトラップもある場所――ダンジョンに誘い込みたかった。これはリリーと話し合った結論でもあった。大体、森にはジェナの使役する魔物もいるので、あそこで戦うのは殺せる可能性が低くなるだけでなにもいいことがない。それに、ジェナのあとには、魔法最強のナンシーや、化け物のアーサーもいるのだ。わざわざ不利な状況で戦って怪我する意味はない。


 色々考えながら書き進め、ようやく手紙が完成した。三人の中で一番行動が予測しやすく、力も劣る彼女を最初の標的にしたけど、果たしてこんな内容の手紙で誘い出せるのかな。


 いや、ジェナが短気かつ闘うのが大好きなのは知っているし、煽る内容かつ直接一対一で戦いたいと書いたから来ると思うけど、書き終わった今更になって不安になってきた。上手い具合に彼らがバラバラに行動している今がチャンスなのに。


 一番避けたいのは、ジェナを誘い込んでいることを他の二人にバレること。彼女のことだから、こういう手紙が来たら、仲間に自慢しそうだ。一人一人でも条件が揃ってやっと殺せる可能性が出てくるのに、三人に協力されるのは避けたかった。


「出来たけど……、どう?」


「んー、どれどれ?」


 屋根裏部屋には小さいテーブルもあったので、ベッドの上に置いて書いていた。相変わらず僕に後ろから抱き付いているリリーが、僕の書いた手紙を見るためか、ぐっと密着した。


「ふふっ、煽ってるねー。いいんじゃない? アランもこういう風に書いたら来ると思ったんでしょ? なら間違いなんてないよ」


「……うん」


 リリーが僕の頭を撫でる。こうされていると、お母さんに撫でられたことを思い出す。優しくて、温かい手。リリーのは冷たいけど。


 僕は一つ息を吐いて、覚悟を決める。


「行こう、リリー」


「うん、アラン」


 僕の復讐――まずは、ジェナを殺す。



 僕は屋根裏部屋を出て、屋敷の屋根に乗っていた。ここから、ジェナの家までは、以前の僕なら三日かけても辿り着かなかったかもしれない。


 でも、今の僕は違う。


 綺麗な満月が出ている。まん丸の月が僕らを見ている。真っ暗な夜闇の中で、魔力を通してでしか見えない、色とりどりの精霊たちが僕の周りに浮かんでいた。


 精霊に近くなったせいか、今の僕は常時精霊が見えるようになっている。目に魔力を集めなくても彼らが見え、声も、聞こうと思えば聞こえる。


「リリー」


 リリーが僕を後ろからそっと抱き付き、耳元で囁く。


「うん。……私の声に耳を傾けて、よく聞いて」


「うん」


「目は見えるようになったんだもんね?」


「うん。いっぱい見えてる」


「よし。じゃあ、魔力を全身に均等になるようにして? あっ、『ぐるぐる』って言った方がいい?」


「僕はそんなに子供じゃない。いいよ、『魔力』で」


 僕はリリーの言う通り、体の中の魔力を全身に均等に行き渡らせる。頭のてっぺんから足のつま先まで。すべてが一つに繋がる。どこも同じ感覚になる。


 全身からリリーの声を感じ取る。


「ふふっ、私からしてみれば、全然お子ちゃまなんだけどね」


「リリー、次は?」


「そう慌てないの。次は、みんなを呼んで上げて。もちろん全身に均等になるようにね」


 僕は声を出す。全身が震える。


「みんな、僕の中に来て。一か所に集まっちゃダメだ」


 呼び掛けに、ふよふよと浮かんでいた精霊たちは一瞬動きを止め――光の渦となって僕に押し寄せた。なにも関係ないはずなのに、息が苦しくなった気がする。全身がカッカと熱を上げていく。


「偉いね、アラン。その調子」


 僕の中に過不足なく精霊たちが入ってくる。彼らで僕が埋まって行く。少しして僕の中が満杯になる。


「みんな、止まって。もう入らない」


 苦しい。自分の中が精霊たちでパンパンだ。自分の身体が破裂してしまいそうだった。幸い、精霊たちは僕の言う通りにもう入ってこなかった。僕は浅く呼吸を繰り返した。

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