第2章「勇敢な戦士」
第15話「勇者パーティーの噂」
『おい、どうなってんだ』
『アタシに聞いても知らねえよっ!』
物を殴る音が聞こえる。
『アーサー、勇者教会もこの事態は憂慮しています。早く、流れている噂を消さないと――最悪、勇者でなくすると』
『そんなことは分かってんだよ……。くそっ、一体誰なんだ』
勇者のパーティーハウスの向かい、高齢の老夫婦貴族が住む屋根裏で僕はアーサー達――勇者パーティーの話を精霊たちから聞いていた。老夫婦は余生穏やかに過ごしているようで、貴族らしく家のことはメイドや執事に任せっきりだ。この屋根裏部屋――ほとんど物置部屋になっている部屋は、使用人たちも滅多に入ることもなく、老夫婦も同じだった。事実、勇者のパーティーハウスが窓からよく見えるこの部屋に三日ほど寝泊まりしているが、誰も来ていない。
真っ暗な部屋の中は雑多な物で溢れていた。剣や鎧、絨毯、何が入っているのか知らないが木箱まである。もう使わなくなったのかベッドまであったので、丁寧に魔法で掃除し、パーティーハウスが見える窓の近くまで移動して使っていた。使わなくなったものだけあって、動く度にぎしぎしとやたらと音が鳴るのは難点だけど、寝れないことは無い。
ベッドの上では、色とりどりの精霊たちがふよふよと浮いていた。
「ふふっ、焦ってるわねー」
「うん」
リリーの上機嫌な声が頭上から聞こえる。彼女は僕に後ろから抱きついていた。お腹の上に回された彼女の腕に押され、後頭部が彼女の胸に押し付けられる。何度も恥ずかしいから止めて欲しいと言ったのが、リリーはまったく聞き入れてくれなかった。それどころか嬉しそうにするばかりで、僕はもはや諦めてこの体勢で、勇者パーティーの会話を盗み聞きするようになっていた。
「アラン、慣れた? この子達の声を聞くのは?」
「うん。すごいハッキリ聞こえる」
リリーが言っていた精霊よりの身体になったというのは伊達ではなかった。リリーみたいな人間みたいな姿をしているのを除いて、光の玉みたいな精霊たちと魔法を使わなくても意思疎通が出来るようになった。みんな単語しか話さないけど、その場にいるもの全員のを聞こうとすると頭が割れそうになるので、大体一つの精霊の声を聞くのがやっとだった。
そして――今聞こえている、アーサー達の声。これはアーサー達のパーティーハウスにいる精霊たちが聞いているものを、今僕の目の前にいる黄色い精霊が共有し、さらに僕が聞いているのだった。
リリーに言われて初めて知ったのだが、精霊たちはそもそも意識や感覚といった、とにかく色んなことを精霊同士で共有できる。
勝手に知らない人の屋敷の屋根裏部屋にいる以上、うるさい音を立てると誰かがここにいることをバレかねないので、精霊が共有している内容をさらに僕が共有していた。回りくどいけど、この部屋が一番あのパーティーハウスが見えるのだからしょうがない。
それに精霊同士もあまり距離が離れると共有ができなくなるらしい。なので、この部屋が一番都合が良かった。
最初、アーサー達の動向を探るために精霊を使おうと言ったのはリリーだった。僕は似たようなことをして、アーサー達にバレているようだったので、乗り気じゃなかったけど、リリー曰くあれは精霊を使ったせいじゃないらしい。
「どう、ちゃんとバレてないでしょう? もう三日目だけど、気付いてないよね」
「うん。でも、僕、そんなに隠すのが下手だったのかなー?」
「はあ、アーサー。あなた、細かいの向いてないみたいね。パーティーハウスの家事だって結構怪しかったわよ。それに、ほら。ナンシーたちが集まっていた部屋あったでしょう?」
「うん」
「あの部屋のドアを壊して直した時、全然直せてなかったわよ?」
「ええっ? ちゃんと直したよ?」
「いやいや、ドアノブがたがただし、端っこの方は削れてたわよ、あのドア。見ているこっちがドキドキしたわ。一人で勝手に直した、って言って納得するんだもの」
「もー、言ってよー。ちゃんと直したら、バレなかったかもしれないじゃん」
「あの家、ナンシーの魔法が仕掛けられまくっているから言えないわよ。私が出てきた瞬間に、ナンシーがすっ飛んでくるわ。それじゃダメだったの」
そうなのだ。僕はどうも細かいことが苦手だったらしい。壊したドアだって完璧に直したつもりだったのに……。
「でも、この子たちならその辺をずっと浮いているから、排除するのは難しいのよね。それに普通は精霊を使って盗み聞きなんて出来ないからナンシーも気付いてないわ。だから、アランがパーティーハウスに居る時、盗み聞きをしていたのはバレていないはずよ」
「うーん……」
なんとなく納得がいないながらも、実際成功しているので頷くしかなかった。なんだろう、ものすごく納得がいかない。何年もアーサーたち勇者パーティーの家事を行っていたので、その手の細かいことには自信があったのに、違うと言われてしまった。
『――てめぇじゃねぇのかっ?』
『何を言っている。俺が噂を流してなんの得がある』
僕が聞いている内容は、今まさにパーティーハウスで会話している内容だ。僕を殺したあいつらは、僕が流した噂によって苦しめられていた。
いつものようにアーサーとジェナが喧嘩し始め、うるさくなったので、僕は聞くのをやめる。どうせ、またナンシーが強制的に止めて寝るだけだ。
ふうー、疲れた。今日はもう聞くのはやめよう。噂が聞いているのは確認したし。
「アーサー、もう聞くのはやめちゃうの?」
「……ねえ、リリー、僕の心、勝手に聞くのやめてよ」
「えー、私は常時聞いていてもいいんだけどなー」
「僕が嫌なのっ!」
まったく。リリーが聞いていくるのを拒めないというのも不便だ。僕が聞こうと思えばリリーの心だって聞けるけど、恥ずかしいことしか言わないんだもんな。
「えー? アランが子供なだけじゃないー?」
「いいから、やめて」
「しょうがないなー、……時々はダメ?」
「ダメっ!」
大体、なんでそんなに僕の心を聞きたいんだ。意味が分からない。
僕はリリーの腕を離れて、ベッドに寝た。すぐに後ろからリリーが抱き付いてくる。この精霊、僕にべったり過ぎないかな? それとも人間の姿をしている精霊はみんなこうとか?
「そんなことないよー? 私はアランだからひっついているの」
「リリー?」
「ごめん、ごめん」
まったく反省していなさそうな声が聞こえてくる。僕はもうリリーを咎めるのを諦め、明日に備えてまどろみに身を委ねる。
うつらうつらとしてくる意識の中で考える。まさか、こんなに上手くいくとは思わなかったな。逆に今までよくアーサー達の悪い噂が立っていなかったと思う。ギルドや、酒場、闇市場でリリーの言う通りに噂を二日程流しただけなのに、三日目の今日には本人達の耳に入るほど、噂が大きくなっているなんて。
噂の内容は単純だった。すなわち、僕が知っている真実。勇者パーティーが魔王軍と戦っているのは自作自演だ、と。魔王軍はとっくに壊滅しているという内容。さらに言えば、村は毎回壊滅し、誰も生きた魔王軍を見てないよね? 見たのは灰色の死んだ人間が動いている姿だけだよね? それはナンシーが操っているんだ、とすべて言ったのだ。
全部、僕が直接流した噂だ。精々自分たちのついている噓に苦しめられればいい。孤立し、殺気立ててば仮面も剥がれ、仕留めやすくなる。
必ず、殺してやる。
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