第14話「リリー」
――誰かの声がする。誰だろう? 聞き覚えのある懐かしい声。もっとはっきり話して欲しい。誰?
「だ、れ?」
「やーっと、起きた。アラン」
聞こえる。懐かしい声だ。リリーの声。目が開く。
緑。大きな樹が中から緑色に光っている。それが天井まで伸び繋がっている。葉っぱはなく幹だけが存在している。
「リ、リー?」
声を出して気付く。まるで年寄りのようなしわがれた声。なんで、こんな声に?
なんで?
ぎゃあ、ぎゃあ。魔物の声が頭の中に響く。声が出ない。あちこちが痛くなる。やだ、やだ、喰われる。死んじゃう。死にたくない、死にたくないっ!
「アラン、アランっ。落ち着いてっ! アランっ」
叫ぶ、叫ぶ。ぎゃあ、ぎゃあ。喰われる――
気が付くと僕は誰かの身体に顔を埋めて、泣いていた。まだ、頭には魔物の声が残っている。でも、近くなくなっていた。耳元で聞こえてくるような不快感がない。
「あ、れ……?」
僕が顔を上げると、リリーがいた。五年前と変わらない姿。紫色の長い髪に、真っ赤な瞳。それに黒いひらひらの服。見れば見るほど鮮明に思い出してくる。
「落ち着いた?」
久しぶりに聞く、軽やかな声だった。川のせせらぎのように、透明で、落ち着く声。リリーの声。
「うん……」
「そんなにじろじろ見られると、恥ずかしいんだけど」
「あっ、ごめん」
照れ臭そうにリリーは僕を見た。僕は思わず顔を彼女から背ける。その途端に――洪水のように、思い出す。息が荒くなる。
「アラン」
ぐいっと頭を引っ張られ、僕はまた彼女の膝に顔を埋めた。
「大丈夫、大丈夫だから」
「うん……」
一気に頭に流れた記憶と感覚が薄れ、安心する。思い出す。なんで、僕は生きているんだろう。
「あの、リリー?」
「ん? なあに?」
優しい声だった。もぞもぞと彼女の膝の上で動き、見上げると、懐かしい彼女の顔がにっこりと微笑んでいた。僕はそれだけで泣きそうになる。いや、熱い液体が目を覆っていく。
「あら、どうしたの? アラン?」
「今まで、どこにいたの? リリー」
「アランの中よ」
「僕の?」
「そう。アランの魂にいたの、私は。勇者パーティーの連中に見つかると色々とやっかいだから、隠れてるしかなかったんだけどね」
「そう、なんだ」
僕は言葉を飲み込む。なんで、助けてくれなかったの。そう言いたい。でも、何か理由があるんだとも思う。
「ごめんね、アラン。彼らに見つかるわけにはいかなかったのよね。あなたから絶対に離れないためにも」
「うん……」
完全に納得したわけじゃないけど、今更どうしようもない。それよりも――
「ねえ、僕って死んだんじゃないの?」
「死んだよ。私が生き返らせた。まあ、正確には死ぬ一歩手前って感じだったけどね」
リリーが軽くウインクする。
「大丈夫。完全に元通りにしたから。思ったよりも損傷が激しいせいで、ちょっとだけ、私達寄りになっちゃったけどね」
ちょっと何を言っているのか分からなかった。リリー、そんなことも出来たんだ。そもそも、あんなに魔物がいたのにどうやって助け出したんだろう。それにリリー達寄りになったって、何?
「ああ、私達寄りになったっていうのはね、精霊の魔力が混ざって、私達と意思疎通がしやすくなったり、魔力が強くなったって感じだねー。まあ、端的に言えば、強くなったんだよ、アラン」
へえー、って言うか、まさか――この声聞こえている?
「うん? アランの心の声ばっちりだよ?」
〈私の声も聞こえるでしょ?〉
確かに聞こえる。彼女は口を動かしていないのに、頭の中に響く。
〈これも、精霊の魔力が身体というか魂に入った効果だね。前は私の方からちゃんと魔力を繋がなきゃいけなかったけど、今は関係なく常時つながる感じかな。あ、ちゃんと消すことも出来るよ――〉
僕は頭がぐるぐると回る。彼女の声が怒涛のように頭に入ってくる。おかげで彼女が後半何を言っているのか分からなかった。
僕はどうにか気を取り直し、生き返ったと分かった今、一番大事なことを訊く。
「リリー、アーサー達はどこにいるの?」
「もう、地上に戻ったんじゃないかな? ……でも、今はダメだよ。アラン。ちゃんと身体を休めなさい」
身体を起こそうとした僕をリリーは押し留め、僕はまた彼女の膝に顔を埋めた。
「……リリーは知ってたの? アーサー達が僕の村の壊して、お父さんやお母さんを殺したのを」
「うーん、村が襲われた時は知らなかったかな。あとから、他の精霊に聞いて、その可能性が高いとは思ってた、かな」
「僕ね、許せないよ。アーサー達がなんで僕たちの村を襲ったと思う? お金のためだよ? ふざけてるよ」
「うん」
「だからね、殺す。僕はあの三人を殺さなきゃいけないんだ。他の誰でもない僕が」
「うん」
「僕はずっと、彼らが本物の魔王軍と戦っていると思ってた。でも、それは噓だった。僕の村以外にも、沢山襲われて――僕は共犯者みたいなものだ」
「……うん」
「だから、僕はアーサー達を殺す。ううん、僕が殺さなきゃならないんだ」
目が熱い。また涙が流れる。僕が我慢した時間は無駄だったのだ。僕の命を持ってしても勇者パーティーの三人を殺さなければならなかった。彼らを勇者パーティーであることを信じてはいけなかった。
「殺すんだ、必ず。……ねえ、リリー」
「なあに? アラン」
「僕だけじゃ彼らに敵わない。三人の中じゃ一番弱いジェナにも毎日ぼこぼこにされていたんだ。それは分かっている。でも、僕は殺さなきゃいけないんだ」
「そうだね」
「リリー。僕を手伝ってよ。リリーには関係ないかもしれない。でも、僕には他に方法が無いんだ。悔しいけど、僕はアラン達に比べて圧倒的に弱い。勝てない」
「――いいよ。手伝ってあげる。アランの復讐」
「え?」
あまりにあっさりと言うものだから、僕は驚いた。顔を上げ、彼女を見ると――リリーは今まで見たことのない、冷たい笑みを浮かべていた。僕は背中がぞっとし、冷たくなったような錯覚を覚えた。
「私もね、彼らには〝借り〟があるのよね。特にナンシーには。ああ、もちろん、散々にアランを苛めたジェナとアーサーにもだよ。アランが頑張って沢山我慢したように、私も我慢したんだから」
リリーは僕の頭を撫でながら、優しく告げた。
「だから、一緒に復讐しよう――アラン」
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