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「ありましたありました、これでよろしゅうございますか」と言ってなみが差し出した足袋には赤い糸で『なみ』の二文字と猫と思(おぼ)しき動物の顔が刺繍されてあった。
「あ、ありがとう。ね、これ猫? かわいいね。猫好きなの?」
「大好きです! もう猫を見てるだけで知らぬ間に笑い顔となっていつも妹に注意されます」
「わたしと同じやん。この子、なんとなくわたしに似てるなー」
なみに親近感を覚えつつ、受け取った足袋を履いてみるとサイズがぴったりだった。
「えっと、じゃあちょっとやってみるけど、手拍子とできれば歌ってくれたら踊りやすいんですけど・・・・・・」
「では皆で手を打ちましょう。ゆう殿は歌をお願いします」
とみの合図でいっせいに手拍子が始まり、数拍遅れてゆうが歌い始めた。
「あの、ちょっと待って!」と言って帆波が手拍子を止めた。「それだとテンポが遅いのでもう少し速い手拍子でお願いします」
「ほなみさま、どのくらい速(は)よおすればよろしゅうございますか」ととみが訊ねた。
「このくらいの感じで」
と言って帆波が手拍子してみせた。
「『ぱーん ぱーん』じゃなくて『ぱんぱんぱんぱん』くらいで」
帆波が実際に手で打って聞かせ、さらに言葉でリズムを表現してみせた。娘たちはその説明を聞いて目を丸くした。
「で、歌は最初と同じ速さ。だから手拍子だけ4倍速く打つの」
「ほなみさま、それではあまりにも速よおございませぬか?」とみちが言った。「それでは所作がしっかり取れぬと存じますが」
「大丈夫だよ。今からやってみるから見てて。じゃあ手拍子と歌、お願いします!」
再びとみの合図で手拍子が始まりゆうが歌い始めた。先ほどのテンポにはない躍動感が漲り、帆波は自然に身体が動き出した。久しぶりに踊ったにも関わらずなかなかキレがある動きだなと感じながら踊り続けた。
初めて見る激しい動きの舞に、娘たちは唖然とした表情で帆波の一挙手一投足を目で追った。
ワンコーラスが終わり帆波がキメのポーズをとると、役持ちの四人以外の娘たちが拍手喝采を帆波に浴びせ、彼女を取り囲んでそれぞれに驚きと感嘆の声をあげた。
「どこでその舞を習ったんですか? こんなの初めて見ました凄いですねすごいですね!!」
そう言ってしきりに帆波の手を握り振り回すのはゲーマーの娘だった。ほかの娘たちもそれぞれに帆波のダンスを褒め讃えている。しかし役持ちの四人は複雑な表情で何事かを思案しているようだ。
「ねえねえとみさん、私のダンスどうだった?」
「だんす、でございますか。多分舞のことと存じますがとてもすばらしい踊りでございました」
と感想を述べた。笑顔ではあるがなぜか残念そうな表情である。
「あんまり気に入ってもらえなかったかな」
「とんでもございませぬ。すばらしいものを見せていただきました。ただ・・・・・・」
「ただどうしたの?」
「ほなみさまの舞を参考に新しい所作を取り込むことができればと四人で話しおうていたのでございますが、あまりに激しい動きと目新しさで気押しされたのでございます。
時刻も迫ってきておりますゆえ今さら舞の手順を変えることもかなわぬし・・・・・・」
「そんなことないよ、今の私の踊りはセンターの子の役回りだから、その子以外は今のままの踊りに少し手を加えれば今からでも間に合うよ!」
「仙太の子、でございますか? ほなみさまの流派は耳慣れぬ言葉が多いのですね」
「あのー、だから真ん中のひとりだけがさっきの踊りで、あとはそのひとりを盛り立てるように全員がシンクロ・・・・・・動きを合わせて踊ればとてもカッコいいの」
「とは言え一から覚えるとなればわずかな時間では無理でございましょう」
「だから役割分担をして稽古すればなんとかなるよ!」
「ほなみさまもわれらに手を貸していただけますか」
「もちろんいいよ!」どうせプレゼンには間に合わないと思い、帆波は半ばやけくそ気味にとみの申し出を受けた。
タイムトラブル 藤田アルシオーネ @fujimurashione
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