「世話役殿、そろそろ稽古の仕上げをしませぬと、あと半刻もすれば見物のお客さまが集まってまいります」

 そう言ってきたのはとみと同級生ほどの娘だった。さらに二人の娘がその後ろに控えている。

 「ほなみさま、こちらは演舞師範代のみち殿でございます。演舞指導の全般を取り仕切っております。うしろの者は世話役補佐のみお殿とゆう殿でございます」

 三人はそれぞれ帆波に軽く会釈をした。

 「ではみち殿、皆を舞台に集めてください、わたくしもすぐに参ります。ほなみさまはこちらでしばらく休んでおいでください」

 「わたし? そうね、このままじゃどこにも行けないし、これからどうするかちょっとゆっくり考えてみます」

 「我が組の稽古でもご覧になりながら方策を練られるとよろしゅうございましょう。では失礼いたします」

 とみは娘たちが集まってにぎやかなになった舞台の方へ歩いていった。


 娘たちは全部で13名。女の子らしく手鏡をかざして表情をチェックする子、ひとり離れて舞台の片隅でボイス・トレーニングをしているストイックそうな子、大声をあげながら駆け回る小学生くらいの子と、その子に追いかけられる年上の女の子。小さなお弁当箱からいちごを取り出して自分で食べたり周りの子に勧める子、仲間の手帳に勝手に自分の似顔絵を描いて文句を言われている子、ストレッチを入念にしている二人組。帆波を困らせた黒い瞳の娘はマス目が書かれた紙を広げ、その上におはじきを撒いてゲームに高じている。それに世話役のとみ、演舞師範代のみち、世話役補佐のみおとゆう。

 みちが声をかけるとそれぞれが立ち上がって所定の位置に立った。ゆうが黒田節をソロで歌うのに合わせて一糸乱れぬ舞を踊る娘たち。

 帆波ははじめ漠然とその様子を眺めていたが、次第にその統制のとれた動きに引き付けられ、知らぬ間に身を乗り出して見ていた。


 一節ごとに動きを確認し、最後にワンコーラスを舞い通して稽古が完了……かと思われたが、みちがやや不満そうな表情を浮かべている。それに気づいたとみが尋ねた。

 「師範代、なにか気づかれた節があるご様子ですね」

 「あの、舞はこの上なくまとまっており手直しをするところはございません。しかしもうひとつ、その……言葉では言い表し難いのですが、なにか物足りなさを感じるのでございます」

 「どのようなことでございましょう。例を挙げていただければわかり易いのですが」

 「……なんと申しましょうか、舞の中にもう少し大きなうねりがあればより勇壮さが増し、さらに弧を描くような所作を加えることで乙女らしさも表すことができると存じます」

 「なるほど。わたくしもそのような思いを持つことがあります」

 「それにどの組も同じような舞でありますゆえ、見るほうも立て続けに同じものを見せられては退屈この上ないはず」

 「ではどのようにすれば我ら独自の舞を披露できるのか、なにか案はありますか」

 「我が組は皆若いゆえ、その若さなりに快活な動きを繰り出せば、観る者の心を引き付けることができると存じます」

 「たしかに。しかし舞の手順を変えるにはもう間に合いますまい」

 「その通りでございます。此度は作法を変えることはかないませぬが、来年はぜひとも新しい舞を披露しとうございます」

 その時とみが何事かを思いついたらしく「師範代殿、少々お待ちを」と言って舞台を降りて桟敷に向かった。

 「ほなみさま、少々お願いしとう事がございます」

 「え? なに?」

 「ほなみさまが以前舞っておられた黒田節を、ここにおる皆に見せてもらうことはできませぬか」

 「え、今ここで!?」

 「左様でございます。今日舞う際に新しい試みを取り入れとうございますが、時刻も迫っておりますゆえなにか手がかりを頂ければと存じ、不躾ではございますがほなみさまに願いを請うております」

 「うーん、いいけどもう3年以上踊っていないから覚えているかどうか……」

 「お覚えのところだけで構いませぬ故、ぜひともお願いもうしあげます!」

 帆波が了解の返事をする間もなくとみは帆波の手を引っぱって舞台の下に連れて行った。


 「さっ、さっ、履き物を脱いで早く舞台へお上がりください」

 「あ、はい。だけどストッキングじゃ踊れないよ。練習のシューズ履かないと滑っちゃう」

 「足もとでございますか? 足袋をお貸しいたします」

 「足袋かあ。履かないよりマシか」

 そう言ってふと娘たちの足を見ると全員が白い足袋を履いているのに気が付いた。シューズを履いている娘は一人もいない。

 「見たところ、なみ殿と同じほどの文数でございますな」

 ととみは言って近くに立っている帆波と同じくらいの背格好をした娘を見た。

 「なみ殿、ちょっとこちらへ」

 なみと言うその娘はさっきストレッチをしていた二人のうちの一人だった。

 「なみ殿、足袋を余分に持っておられぬか。ほなみさまに舞を見せていただきたい故、そなたの足袋を貸してあげてくだされ」

 「はい持っております。雨が降って履いていた足袋がびしょ濡れになるといやなので、常に二足余分に持ち歩いております。とって参りますのでお待ちを」

 と言い終わらぬうちに自分の手荷物を置いているところへ、幾分危なげな足取りで駆けだした。

 なみが足袋を取りに行っている間、今一つ帆波に心を許せないみちが訊ねた。

 「ほなみさまはどちらの流れの舞を学ばれたのでございますか」

 「流れ? 流派とかそんなことかな。先生に就いて習ったんじゃなくてダンスのレッスンで覚えたの」

 「……『れすん』でございますか? 聞きなれぬ流派にございますな」

 興味と不信がないまぜの表情を浮かべるみちだが、ともかくその『れすん』派なる流れの舞は見てみたい。

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