タクシーの中で帆波は今日のプレゼンテーションで使う資料をバッグの中から取り出し、改めて最初から最後までの脳内シミュレーションを始めた。

 車窓から差し込む眩しい光を横目で感じつつ、うつむき加減に考えを巡らせていると「目的地点に到着しました」と自動音声の声。

 早かったなと思いつつ料金メーターを見ると3千5百円の表示。一瞬見間違いかと思ったがやはり見た通りの額。普通なら千円ちょっとで来れるくらいの距離なのになんで? と疑問に思うが、時間がないのでとりあえず財布から4千円を出して投入口に入れた。

 おつりが出てくる間に携帯電話を取り出し、カメラを起動してダッシュボードの上に掲示されているこのタクシーの会社名と住所、電話番号が掲示されたプレートを撮影した。あとで必要経費を請求する際、総務に何か言われたら提示するための証拠写真だ。それからおつりとレシートを精算機から取り出して車から降りた。


 荷物を持ち直し、ショルダーバッグをかけて顔をあげるとそこは全く見覚えのない場所だった。聳え立つ商業ビルやオフィスビルの高層建築物は見当たらず、そのかわり舗装されていない遠くまで延びる道と田畑、遠くの山並みが見えるだけ。都心の喧騒は聞こえず、そのかわりウグイスやカラスの退屈そうな鳴き声が耳に入るばかり。

 「ここ……どこ?」

 辺りを見回しても建物らしいものは見えず人の姿もない。

 「わたしちゃんと行く先を伝えたよね」

 自動音声とのやりとりを思い出しながらその場を行きつ戻りつする。時計を見ると家を出てまだ10分とたっていないのに気が付いた。平日の昼間はバスなら都心まで40分、タクシーでも20分はかかるはずである。

 「きっと都心とは反対方向に連れてこられたのかもしれない。にしても街はどっちだろう。タワーが見えない」

 街にいればどこからでもその姿を見ることができる臨海タワーを見つけようとするが、どの方向を見渡してもそのハイタワーを視認できない。

 「あ、電話電話、さっき写した番号に電話をかけてみよう」

 と携帯電話を取り出しディスプレイを見たが「圏外」の表示になっている。GPSも電波が受信できないらしく「現在地を確認できません」。

 「えーどうすればいいのーっ!」と若干パニック気味になる帆波。その時、遠くから聞こえる微かな人の声に気付いた。

 「とりあえずあっちへ行ってみよう」と声のする方向へ歩き始める。

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