タイムトラブル

藤田アルシオーネ

 「遅刻しちゃうっ!」と呟きにしては大きな声を発しながら帆波が自宅を後にする。今日は午後3時から都心の取引先でプレゼンテーションをしなければならい大事な日。すでに腕時計の針は2時を10分ほど過ぎている。帆波にとって初めてのプレゼンであり、着て行く洋服を選ぶのに手間がかかってこんな時間になってしまったのだ。

 地味すぎず目立ちすぎず、さりげなくアクセントをつけていくにはどんな洋服がいいのか散々悩んだあげく、両親が就職祝いに買ってくれた濃紺のジャケットとスカートの組み合わせ、そして白いブラウスの襟元で静かに輝く金の極細ネックレスをチョイスした。


 いつものようにバスで向かうと間に合いそうもないのでタクシーで行くことにする。交通費が高くつくが仕方ない。

 大通りへ出る交差点に信号待ちをしている空車のタクシーが止まっていたので、後部座席のドアを自分で開けて急いで乗り込み「観晴(かんせい)第4ビルまでお願いします」と行き先を告げた。

 一瞬間があって機械的な女性の声で「この車は自動運転でご案内します。行く先を指定してください」

 「自動運転? 最近のタクシーってこんなシステムになってるんだ。大丈夫かな。まあいいや。中央区の観晴第4ビルまでお願いします」

 「認識できない言葉がありました。もう一度行く先を指定してください」

 「ちゅ・う・お・う・く、か・ん・せ・い・だ・い・よ・ん・び・る」

 「『かんせい』『よん』を認識しました。出発しますのでシートベルトを着用してください」

 帆波がシートベルトをロックしたと同時にタクシーは動き出した。空の運転席の運行管理ディスプレイには[目標到達点/寛政(かんせい)4年(1792):設定完了]と表示されているが、帆波の座席の位置からは見えない。

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