第26話 お姉ちゃんのティナ

「――ホマレくん?」

 後ろから聞こえた声に、オレたちは振り返った。

 紫のローブを身にまとい、花を模したリボンがついた三角帽子をかぶった若い女性。外見からして、魔法使いだろう。

 とてつもなく美人で、身長より大きい杖を手にオレを見つめている。

 なんとなく知っている気がする。どこで知り合ったんだっけ。誰かに似ているような……。

 いや、待てよ。

 オレを「ホマレくん」と呼ぶ年上の魔法使いの女の子は、あの子1人しかいないじゃないか。

「もしかして、ティナちゃん!?」

 思わず大声を上げた。

 魔法使いの女の子の表情がパァッと明るくなるのを見た。

「やっぱりホマレくん!」

 女の子――ティナちゃんは嬉しそうに走ってくると、オレに抱きついた。

 バサッと音を立てて、帽子が落ちてしまった。

「わっ!?」

「久しぶりっ! 覚えてくれてて嬉しいよぉ〜!」

 落ち着いて、まずは一旦離れて!

 みんなが、ポカーンってしてるから!

「ホマレ、彼女いたのね……」

「かっ、カノジョ!? 違う違う、そういう関係じゃないよ!」

 オレはティナちゃんを引き剥がしながら、目を丸くして固まっているマシロに言う。

「あらら。変な誤解されちゃった。ごめんね、ホマレくん」

 ティナちゃん、身体を離してくれたのは助かるけど、その代わりみたいに自然に手を取らないでくれない?

 オレもう14歳なんだけど。

「ええっ、14歳!? 思ったよりずっと大きくなってた……! 背も抜かれてるし……。そっか、わたしとホマレくんは8歳差だもんね。そしたら14歳……わああ、ビックリ」

 そりゃあ、ティナちゃんが家を出てから8年経ったからな。

 そういうことなんで、手は自由にさせてもらうよ。

 オレは帽子を拾って砂を払うと、かぶり直した。

「知り合いか?」

 勇者さまが質問すると、ティナちゃんは背筋をピンと伸ばして穏やかなほほ笑みを浮かべた。

「姉のティナです。弟がお世話になっています」

 淑やかに頭を下げる様子は、周囲の目を釘付けにした。

 完璧な容姿に加えて、癒し系の声、性格、仕草だからな。

 昔からモテモテだ。

「俺は勇者のユーセイです」

 勇者さまはキリッとした表情で言う。

「えっ、ゆ、勇者さま!? あ、あの……初対面でこんなことを聞くのは失礼ですが……本当に勇者さまなんですか? もし良ければ、光の剣を見せていただきたいです。勇者さまにしか扱えない剣は、十分証明になりますから」

「ええ、もちろんです。これが光の剣ですよ」

 疑うティナちゃんに、勇者さまは剣を見せた。

 柄しかなかったのに、光の粒子が集まって剣を形作った。

 ティナちゃんは光の剣に顔を近づけて、目を丸くした。

「わ、初めて見た。本で見たのと瓜二つ……」

 そりゃそうだ。本物の勇者さまだもの。

 ティナちゃんは勇者さまに深々と頭を下げる。

「疑って申し訳ありませんでした。勇者さまとお呼びしても?」

「勇者でもいいですが……ユーセイと呼んでほしい。それから、敬語じゃなくて大丈夫ですよ」

「勇者さまがそう仰るなら。じゃあ――ユーセイくん、よろしくね」

「よろしく、ティナ」

 え、ちょっと待って、何その適応力。

 というか勇者さま、名前呼びでもいいんですね。

 年が近そうだからかな。

「ユーセイくんたちは、どうして子どもの国に来たの?」

「俺たちは実力を向上させる旅をしているんだ。そこで、魔法といえば子どもの国だという話を聞いてな」

「魔法の練習をしたいのね。それなら、魔法に詳しい先生がいらっしゃるから、魔法学校に行くといいよ」

 げっ。魔法学校……。

「そうか。行ってみる」

 オレは留守番してます……。

「ティナは、子どもの国に用事があったのか?」

「お爺ちゃんとホマレくんに会いに来たの。8年も会ってなかったから」

 マコトが子どもの国に行くと決めていなければ、ティナちゃんには会えなかったのか。

「ところで、ユーセイくん以外はどなた?」

 ティナちゃんはオレにきょとんとした顔を向ける。

 そうだ。まだ紹介していないんだった。

「旅の仲間だよ。ハチマキを巻いているのが、武闘家のキョウヤ。そのとなりでニコニコしてるのが、僧侶のマシロ。で、そのまたとなりが……あー……」

 オレはマコトを手で示したけれど、言葉選びに迷った。

 なんて紹介したらいいんだ?

 魔王と言うわけにはいかないよな。

「キョウヤくんと、マシロちゃん!」

 ティナちゃんは名前を知れて嬉しいのか、キュッと口角を上げた。

 名前を呼ばれた2人は、はじめまして、とおじぎした。

 ティナちゃんはマコトに目をやる。

「……ねえ、ホマレくん。あの子、どうやって門を通ったの?」

 柔らかい言い方に聞こえるけど、警戒していることが伝わってきた。

「門番のウサギが通してくれて……」

 オレは曖昧に答える。

「それじゃあ、悪い人じゃないのね。勇者さまと一緒にいるんだし」

 マコトに目をやると、ティナちゃんにペコっとおじぎしていた。

「マコトです。はじめまして」

「よろしくね。マコトくん」

 さっきの警戒心はどこへやら、ティナちゃんは笑顔を見せる。

 なんだったんだろう?

 首をかしげていると、ティナちゃんがコソッと耳打ちした。

「あとで話すね」

「うん……?」

 やっぱり気のせいではないみたいだ。

「ねえ、ホマレ。単純に気になったんだけど、ティナさんとは血が繋がっているの? すごく仲がいいね」

 マシロが聞く。

「いや。同じ家で育てられたっていうだけで、血縁関係はないよ」

 子どもの国の〝きょうだい〟は、だいたいそんなもんじゃないかな。

 血が繋がっていなくても家族だから。

「そうだよね。わたしもそう思う」

 マシロも……というか、そう言ったのは君だろ。

 と言いたくなったけど、ティナちゃんが口を開いたので黙ることにした。

「わたし、今から家に行くんだけど、ホマレくんはどうするの?」 

「あ、ちょっと待って。勇者さま、お爺ちゃんに会ってきていいですか?」

「おお、それなら一緒に行こう。いいよな、マコト?」

 勇者さまはマコトに聞く。

 旅の流れを決めているマコトがいいと言ってくれないと。

 でも、マコトだからなぁ……。

 そんなことより特訓するぞ、とか言いそう。

 と思っていたけれど、マコトはすんなりうなずいた。

「もちろん。その間、ボクは別のところをフラフラしとくよ」

 え、いいの?

「いいに決まってるだろ。家族優先だ」

 ありがとう、マコト!

「僕はマコトくんについていこうかな。監視役として」

「ボクをなんだと思ってんの、ハチマキは」

 監視役と言うわりには心配そうにしているから、たぶん弟を見守る感覚だと思うよ。

「じゃあな」

「また後で合流しよう」

 マコトとキョウヤはこちらに手を振って、商店街の方へ向かった。

 2人を見送って、ティナちゃんが言う。

「わたしたちも行こうか」

 ティナちゃんとオレ、勇者さまとマシロの2列に並んで歩き始めた。

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