子どもの国

第25話 門番のウサギたち

「今日は天気がいいなぁ」

 勇者さまが空を見上げて目を細めた。

 広大な野原は空の青と調和していて、写真に撮りたいくらい綺麗だ。 

 でも、空に気を取られる勇者さまを放っておくわけにはいかない。

「気持ちはわかりますけど、転ぶと危ないので前を見て歩いてください。ほらあれ、子どもの国ですよ」

「おぉ、ここが子どもの国か!」

 勇者さまは、正面を見て目を輝かせる。

 オレたちの視界いっぱいに広がるのは、まるでテーマパークの入場門のような建物だ。

 門番は2体のウサギで、多分着ぐるみ。

 ウサギは紫のパステルカラーで、子ども服を着ている。

 向かって右側のウサギはピンと耳が伸びていて、黄色いシャツに青いオーバーオール。

 左側は垂れ耳で、青いシャツに黄色いオーバーオールと、見た目や色が反対。

 見た感じ、だいたい2頭身かな。

「あのウサギが門番っぽいね。マシロくん、どう思う?」

「多分……。わたし、子どもの国は来たことないから知らなくって。あ、見てキョウヤ。ウサギさんたち、武器みたいなの持ってるよ」

 マシロが言ったように、ウサギたちは鏡写しになるように、片手に身長と同じ長さのフォークを持っている。

 着ぐるみは普通の大人よりも大きいから、フォークの長さもそれなりにあるわけで……刺されたら、ひとたまりもない。

 オレは緊張しながら、ピン耳のウサギに近寄ると声をかけた。

「こんにちは。ホマレです」

 ウサギが大きいから、自然と首を上に向けることになる。

 こうしてみると、やっぱり威圧感がある。

 幼い頃はこの感じが苦手で、門番のウサギを見かけたらすぐに隠れていたっけ。

 門番なのに町に入ってくるなって思ってた。

 ピン耳のウサギはオレに気がつくと、ギョロリと大きな目玉を動かした。

「あらま、お久しぶりのホマレくん。おかえリンゴ。後ろの人たちは、どなタンバリン?」

「旅で出会った仲間たちです」

 相変わらず変な話し方だ、なんて思いながら受け答えをする。

 門を通してもらうには、ウサギたちに自分が無害な人間であると理解されることが必須条件だ。

 子どもたちに危害を与えないと、信用させなければならない。

 これがとてつもなく難しいそうで、今までに門を通してもらえた旅人は、全体の10パーセントにも満たないとか。

「ねえ、ホマレは子どもの国で育ったんでしょ。わざわざ説明しなくたって、悪い人の集まりじゃないってわからない? 初対面じゃないんだし、ホマレが悪い人とつるむわけがないでしょ?」

 マシロが少し声を張った。

「警備は厳重であればあるほどいいんだよ」

 こうすることで、危険な人間が入国することを防ぐことができるんだ。

 というかそもそも、子どもの国で育った人は危険じゃないっていう先入観を持つのは危ないよ。

「ふうん……」とうなずくマシロに、隣にいたマコトが言った。

「聞いた話だと、嘘をついたらすぐバレるらしいよ」

 ああ、それか。有名だな。

 ウサギたちには、嘘を見破る魔法がかかっているんだって。

 嘘つきだとバレたら最後、フォークで串刺しにされるとか……。

「なんだと!? 恐ろしいな」

「勇者さま、嘘をつかなければいいんですよ。怖がることはありません」

 驚く勇者さまに、キョウヤがほほ笑みかけた。

「そだよぉ。嘘つかなきゃ大丈夫。気ぃつけときな。それと悪意は手に取るように分かるよん」

 皆と話しているうちに、いつの間にかこちらへ寄ってきていたのは、もう一体のウサギ。

 垂れ耳を揺らしながら、コテンと首をかしげた。

「ホマレくん、おけぇーり」

「ただいまです」

「可愛いねぇ」

「どうも」

 こっちのウサギは、ことあるごとに子どもに向けて「可愛い」って言うんだよなぁ……。

 誰なんだよ中身。

 ……あ、こんなこと言っちゃいけないんだった。

 子どもの夢は大切にしないとな。

「みんな自己紹介してんてこまい」

「てんてこまい……?」

 マコト、そんなふうに眉を寄せないで。

 自己紹介してって言われただけだから。

 語尾がちょっと――ものすごくおかしいけど、気にしないで。

 子どもの国には、門番の気味悪さのおかげで訪れる冒険者が年々減っているという話もあるくらいだから。

「わかったよ。じゃあ勇者からな」

「? よし!」

 勇者さまは「俺?」と言いたげに首をかしげたあと、ドンと胸を叩いた。

 2体のウサギの前に立つ。

「勇者のユーセイです」

「証拠プリーズ」

 垂れ耳のウサギが、左手をクイクイ動かした。

 勇者さまは腕を組んで目を閉じると、うーんとうなる。

 何か思いついたらしく、腰に手を伸ばした。

「これは光の剣! 勇者にしか扱えない代物ですよ」

 勇者さまが言うと、光の粒子が集まってきて、剣を形作った。

 マコトが「今出すなよ」と一歩下がる。

「わーお。こりゃあえらいもんを持っとりますなぁ。偽物でもねぇ」

「さすがホマレン。いい仲間を見つけたねんねんころりん」

 ホマレンじゃなくて、ホマレです!

「「……?」」

 そろって首をかしげるな!

「あだ名というものをご存じない?」

「お友だち、いねーからさぁ……」

「あんらまぁ……。かわいそうなホマレくん」

 いるよ、友だち! あだ名も知ってる!

「そりゃすまねぇ。1人でいる印象がつえーからさぁ」

「お友だち、いたのね……! ママ嬉しいわ」

 もうどういう感情で言ってるのかわからない……。

 ため息が出そう。

「おい三角帽子、お前はアホか? こういうのとは真面目に取り合わなくていいんだよ。適当に流しとけ」

 そのとおりだと思うけど、わざわざ馬鹿にする必要はあったかな。

 いや、落ち着けオレ。あれはマコトの通常運転だ。

「次の自己紹介はどいつ?」

 垂れ耳のウサギが目玉をグリンと動かすと、キョウヤが前に出た。

「では、僕が。武闘家のキョウヤです。男性の国で勇者さまに出会い、ともに旅をしています」

「ふむ。嘘はついていないようですな。そちらのお嬢さんは?」

「僧侶のマシロです。勇者一行の紅一点!」

 自分で言うか、それ?

 と思ったのはオレだけではなかったらしく。

「紅一点じゃと。自分で言いやがりましたぜ、旦那ぁ」

「嘘じゃないからヨシ!」

 いいのかよ!

「次は〜……」

 ピン耳のウサギが、オレを見た。

 オレに自己紹介しろって言ってるんだな。

 もちろん、そのつもりだ。

「魔法使いのホマレです」

「よしよし」

 2匹はうなずきあうと、最後にマコトを見た。

「お主は?」

「ボクは魔王のマコトと言います」

「ちょっと、まっくん!?」

 マシロが驚いた声を出すのと同時に、門番たちのフォークがマコトに向いた。

「嘘が通じないんだろ? ここでもし『戦士です』って言っても嘘つきのレッテルを貼られるだけだよ。それなら正直になったほうがいい」

 マコトは両手を上げて、悪意がないことを示す。

 けれど、門番の様子は変わらない。

 さっき「悪意は手に取るようにわかる」と言っていたから、マコトが悪いやつじゃないことはわかっているはず……。

 ということはやっぱり、魔王だから警戒しているのか。

「何故魔王がここに?」

「そんなに敵視なさらないでください。ボクは今、魔王としてここに来ているのではありません。1人の冒険者としてここにいます。どうかそれを下ろしてもらえませんか」

 いつもの上から目線はどこへやら、お爺さんのときもそうだったけど、同年代じゃない相手には相応の態度をとるらしい。

 門番が武器を持ってるのも理由の一つかもしれない……と思ったけど、そんなわけないな。

「一言一言に嘘がない。悪意もない。信用に値する」

「全員ここをお通りなさい!」

 ピン耳のウサギが、声を弾ませて両手を大きく広げた。

 垂れ耳のウサギが、重そうな門を押し開けた。

 門を通りながら、マコトにきかれた。

「結局あの喋り方なんだったんだ? 安定してなかったよ」

「気にしたら終わり」

 オレはウサギたちに片手を振りながら言う。

 深い意味なんてないってことだけ言っておくよ。

 ただの遊びというか、子どもが喜ぶからというか……。

「あれ着ぐるみだろ? 中身、どうなってんのかな」

 ダメダメ。

 子どもの夢を壊しちゃいけないんだよ。

 着ぐるみじゃなくて、大きなウサギ。

 あれには誰も入ってない。

 ……いや、もしかしたら本当に大きなウサギかもしれない。

 首のとこ、繋がってるようにしか見えないんだよなぁ。

 門を通り抜けて、たくさんの花が咲いている道をしばらく歩くと、街が見えてきた。

「――わあ、子どもがいっぱい!」

 マシロが辺りを見回しながら声をあげた。

 勇者さまとキョウヤも、マシロと同じく首を動かしている。

 この辺りで目に入るのは幼い子どもたちがキャッキャと走り回っている様子だけだ。

 それが、子どもの国の当たり前。

「お年寄りはいるよ。子どもたちを育ててくれるんだ」

 子どもだけで生活できるわけがない。

 世話役はいわゆる高齢者。

 この国のお爺さんとお婆さんは、残りの人生を子どものために使うと決めた人たちだ。

「ほら、あそこに小さな子と手を繋いでるお婆さんがいるだろ」

 オレは八百屋さんで買い物をしている家族を手で示す。

 マシロがその方向を見て、両手を合わせた。

「ほんとだ。すごく優しい表情だね。もしかしてお孫さんとか?」

「それは話を聞いてみないとわからないんじゃない?」

 首をかしげるマシロに、マコトが言った。

 マシロは「そっか」と返事をしながら、オレに笑いかける。

「ホマレにも、おじいさんがいるんだったね」

「うん。元気だったらいいなぁ」

 みんなに時間をもらって、お爺ちゃんに会いに行こう。

 勇者さまたちのこと、いっぱい話そう。

 そんなふうに考えていたときだ。

「あの、君――ホマレくん?」

 オレの名前を呼ぶ若い女性の声が聞こえた。

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