第24話 勇者一行(魔王付き)、ナマズに出会う

 畑の近くにある休憩所にて。

『わ〜!』

 収穫された作物を見て、オレたちは目を輝かせた。

 いくつものカゴに、数え切れないほど多くの野菜が入っている。

 こんなにたくさんの野菜を他の国に輸出するのか……すごいなぁ。

「皆さん、どうもありがとうございました。これはほんのお礼です」

 お爺さんが持ってきたのは蒸しパン。

 さいの目切りにされた、こがね色のサツマイモ入りだ。

「おいしそうっ!」

「キュッキュウ!」

 マシロとウィングが歓声を上げた。

 驚くオレたちに、お爺さんは優しくほほ笑む。

「どうぞ、お食べください」

『ありがとうございます!』

 みんな声をそろえて頭を下げる。

 勇者さまが蒸しパンを1つ手に取り、豪快に一口パクリ。

「うん、うまい!」

「ボクもっ!」

 マコトも口いっぱいに頬張った。

 リスみたいに頬が膨らんでいる。

「わたしもわたしもっ!」

 マシロは蒸しパンを一口大にちぎると、口に放り込んだ。

「んー、最高!」

 おいしそうに、ほっぺに手を当てる仕草がマシロらしい。

「キュウ?」

「お前さんも食べるかい?」

「キュ〜!」

 ウィングもお爺さんから蒸しパンをもらって、噛みついた。

 キュッと目を細めて、マシロの真似をする。

「僕らもいただこうか」

「うん」

 キョウヤとオレも、蒸しパンをもらう。

「うまいな」

「うまっ。もちもちしてる」

 パンというより、おやつみたい。

「サツマイモ、すごくおいしいです!」

「そうじゃろう? たまには魔法ナシでやってみるのも……のう?」

 おちゃめにウィンクするお爺さん。

 最初は「魔法を使わないのか」なんて質問してしまったけど、今ではお爺さんの言葉の意味がよくわかる。

「はい!」

 オレは満面の笑みでうなずいて、時間をかけて蒸しパンを味わった。



 老人の国を出発する日になった。

 お爺さんもお婆さんも、オレたちを見送ってくれた。

 それと、魔力を回復できるという薬もくれた。

 オレが魔力の使いすぎで倒れたことを気にしていたらしい。

 あれは主にマコトが悪いのであって、お爺さんたちは悪くないんだけど……。

 せっかく用意してくれた薬だから、受け取ることにした。

「――なあ三角帽子。もらった薬、なかなか手に入らないレアものなんだよ。知ってた?」

 老人の国を出てしばらくしたころ、歩きながらマコトが言った。

「知ってた。本で読んだことある」

「そっか。大事にとっとけよ」

 うなずいた直後、マコトの表情が険しくなった。

 道の先を睨んでいる。

「みんな止まるんだ」

 勇者さまの緊張した声に、オレたちは足を止めた。

「何かいる」

「何か……?」

 マシロが首をかしげる。

 ――次の瞬間。

 地面に亀裂が入った。

 それはみるみるうちに大きく広がっていく。

 頭の中で、警報が鳴り響いた。

「お前ら動くなよ!」

 マコトの声が聞こえた直後、景色が変わった。

 視界に映るのは、マコトの後ろ姿。

 マコトの周辺に、他のみんなの姿はない。

 自分以外をテレポートさせたんだ。

「マコト!」

 勇者さまが名前を呼ぶけど、それは爆発音にかき消された。

 地面がえぐれて、土の塊が飛んでくる。

 魔法で壁を作ろうとしたけど、その必要はなかった。

 すでにオレたちを囲むように、透明な壁ができていたのだ。

 土の塊は数メートル先で粉々に崩れ落ちる。

 平らな地面に、土の山ができた。

「まっくん!?」

 マシロがマコトの元へ行こうと走り出す。

 土の山の手前で足を止めると、宙を殴った。

「何よこれ、向こうに行けないじゃない!」

「マシロ大丈夫。防御魔法が解除されてない。マコトは無事だよ」

 そんなに慌てないで。一度冷静になろう。

「うん……。でも、土煙で向こうが見えない。目視できないと不安だよ」

「2人とも、あれを見るんだ!」

 キョウヤの言葉に、オレたちは壁の向こうを見た。

 なんと、土煙が渦を巻いている。

 周囲の草が入り乱れ、木の枝が空を舞う。

「きっと、まっくんの風魔法よ! あの子、炎と風の魔法が得意なの。あれならどんなに強い大きな魔法でも、呪文を唱えずに発動させられる」

 そういえば、初対面で戦ったときも炎と風しか使っていなかったような。

 得意で使い慣れているからだったのか。

「見ろ、土煙が空にのぼっていくぞ」

 勇者さまの言う通り、土煙をまとった渦は空へ向かって伸びていき、それと同時に地上付近の土煙も薄くなっていった。

 すると、だんだん人影が見えてきた。

 黒いマントに、肩まで伸ばした髪。

 あの後ろ姿はマコトだ。

 空に掲げた左手に渦が乗っている。

 マコトを中心に渦を巻いているようだ。

「どんな魔物かと思ったら、めちゃくちゃ弱そうだな」

 マコトの面倒そうな声が聞こえる。

 魔物……って、どこにいるんだ? と思ったら。

 渦が内側からはじけて、向こう側が見えるようになった。

「な、なんだアレは!?」

「ええ!? 大きすぎない!?」

 キョウヤとマシロが声をそろえて叫んだ。

 オレも叫びそうになったけど、2人の声が大きすぎて驚きがどこかへいってしまった。

 落ち着いて、そのバケモノを観察する。

 マコトの正面にいたのは、クジラかと思うほど大きな大きなナマズ。

 といっても、動物のナマズではない。

 ナマズに似た外見の魔物だ。

「どこから出てきたんだ!?」

「足元の――あのナマズに足なんてないけど――、亀裂の中心だよ。穴が空いてる」

 さっきの土の塊は、あいつが地中から出てきたせいで飛んできたんだな。

 それにしても、どこかで見たことがあるような……。

「ったくもう、警戒しすぎた」

 マコトは大きなため息をつくと、こっちにテレポートしてきた。

「ナマズは勇者たちに任せるよ。ボクは見とく」

 マコトの言葉に、オレたちはみんなそろって首をかしげた。

 勇者さまがナマズを警戒しながら、地面に腰を下ろしたマコトに訊いた。

「魔物を殺したら許さないって、前に言わなかったか?」

「それは一方的にやったらの話。魔物が先に手を出したときは、好きにしていい」

 ええ、そうだったの?

「それに、戦うことはお前らが成長するために必要だ。ほら来るぞ。早く応戦態勢に入れ」

 マコトはナマズを指差した。

 自分が空けた穴に入ろうとしているみたいだ。

 尾ヒレが左右に大きく揺れている。

「よし、みんな行くぞ!」

 勇者さまが声を張り上げる。

『はい!』

 こっちに攻撃してきそうにない今がチャンスだ。

 勇者さまが先陣を切って走り出した。

 オレたちも、後についていく。

 近距離戦が主な勇者さまとキョウヤは、ナマズとの距離を大きく縮めた。

 逆に、マシロとオレは十分に距離を取る。

 僧侶と魔法使いがわざわざ距離を詰める必要はない。

「ハァッ!」

 勇者さまが光の剣で、ナマズを斬りつけた。

 ナマズの体から血が噴き出し、勇者さまに降りかかった。

 その血はすぐに霧となって消えてしまう。

「ヤー!」

 キョウヤも普段の優しい声とは真逆の、鋭く尖った声を出しながら連撃する。

 効果があるのかないのか、ナマズの動きは変わらない。

 オレも戦わないと。

 杖の先をナマズに真っ直ぐ向けて、呪文を唱える。

「勇者さま、キョウヤ、離れて! 燃え盛れ――イフェスティオ!」

 勇者さまたちがナマズから離れた直後、ナマズが炎に包まれる。

 ダメージが入った……とは、思えなかった。

 ナマズはピンピンしていて、相変わらず地中に潜りこもうと、頭を穴に突っ込んでいる。

 さっきより、体が奥に入ったような……。

 オレは攻撃をやめて、敵の観察に集中する。

 勇者さまとキョウヤが何度も攻撃するけれど、ナマズは自分から攻撃してこない。

 とうとう、地中に消えてしまった。

「いなくなっちゃったよ……? もしかして逃げたのかな?」

 マシロが少し声のトーンを高くする。

 魔物がいなくなって、安心したような声。

 本当にいなくなっているのならいいけど、そうとは限らない。

 なんだろう……何か違うような。

 大事なことを忘れている気がする。

 オレはナマズが消えた穴を見つめながら、じっと考える。

「ホマレ? 黙っちゃって、どうしたの?」

「いや……さっきから不安でしょうがなくて――あっ!」

 あの魔物、どこかで見たことがあると思ったら!

 地面に片膝をついて、指先で触れた。

 ――マギアイステシス

 心の中で魔力感知の呪文を唱えると、地中で動く大きな物体の存在を感じた。

 あのナマズ――真下にいる。

「何か思い出した?」

「説明は後! ごめんマシロ!」

 オレは一言謝ると、マシロを横抱きに抱えた。

「え? ちょ、きゃあああっ!? どうして急に空飛ぶの、説明してぇ〜!」

 マシロがそう叫んだ直後、地面が盛り上がり、ナマズが飛び出してきた。

 オレとマシロめがけて、口を大きく開けて飛んでくる。

「きゃー!?」

 ナマズに食われる――なんてことはなく、ナマズはオレたちに届かずに落下した。

「と、飛んだのって、ナマズから逃げるため……!?」

「うん。小さい頃、本で読んだのを思い出して。地中に潜って、旅人が油断した所を襲うんだってさ。しかも、弱いと判断したやつだけ」

 初めて読んだとき、想像したらすごく怖かった。

 お爺ちゃんと一緒に寝たくらい……。

 あの本のあのページを読んだのは一度きり。思い出せなかったら、どうなっていたことか。

「ホマレ、マシロ、平気か!」

「「はい!」」

 勇者さまの呼びかけに返事をして、ナマズを見下ろした。

 ナマズはもう一度、地面に潜ろうとしている。

 あまり長く空を飛ぶことはできない。

 でも、着地するとまた襲いかかられるかも。

 どうすべきか……。

「見た感じ、攻撃はあまり効いてないよね。……そうだ、わたしに任せて」

 え? マシロに任せるって……、どうするつもり?

「治癒魔法には、細胞の活動を活性化させるものと、細胞を再生するものがあるの。ホマレは知ってるでしょ?」

「そりゃもちろん。前者は自然治癒力を高めるだけで、魔法自体に治癒能力はない。後者は理想の治癒魔法だけど仕組みは解明されていない。こんなの常識だろ」

「そう。『治癒魔法を悪用してはならない』っていうのも知ってるよね? なぜなら――」

 マシロはそこで言葉を区切る。

「飛行魔法、2人分いける?」

「……頑張る」

「キツかったら言ってね」

 オレはうなずいて、マシロに飛行魔法をかける。

「ナマズの近くにつれてって」

 言われた通りにマシロを動かす。

 難しい……失敗したら真っ逆さまだ。

 魔力の調節、慎重にしないと。

「ありがと、ホマレ! そのままね」

 マシロはオレに笑いかけた。

 ナマズに向き合うと、左手をかざした。

「テラピア」

 ナマズの傷が治っていく。

 攻撃を続けていた勇者さまとキョウヤは目を丸くして、マシロに顔を向けた。

「マシロくん、何をしているんだい!?」

 キョウヤが訊くけれど、マシロは無言で癒し続ける。

 時間が進むにつれて、ナマズの動きが鈍くなってきた。

 そしてとうとう、動かなくなってしまった。

 体が霧となって空気に溶けていく。

「や、やった――」

 安心して、気が抜けてしまった。

 視界が猛スピードで移り変わり始める。

「嫌あぁぁ!!? ホマレ魔法魔法魔法!!」

「待って待って呪文なんだっけ!?」

 頭真っ白、思い出せない!

 落ちる、ぶつかる――!

「あーあ」

 ギュッと強くまぶたを閉じたとき、そんな声が聞こえて。

 身構えたけれど、身体はぐちゃぐちゃにならなかった。

「せっかく褒めてやろうと思ったのに、最後の最後でヘマすんだからさぁ」

 この声は、マコト……?

 目を開けると、目の前に地面が。

「一瞬遅かったら死んでたよ。感謝しろ」

「あ、ありがとう……」

 マコトは魔力を器用に動かして、オレとマシロの身体を地面におろした。

 言葉づかいとは違って、大切なものを扱うかのように。

「うわああん、勇者さまぁ、怖かったです〜」

 マシロは着地するとすぐ勇者さまに飛びついた。

 勇者さまは驚いた顔をしたけれど、優しく声をかける。

「怪我はしていないか?」

「大丈夫です……」

「そうか。それならよかった。怖かったな」

 マシロは勇者さまのことが好きなんだろうけど、勇者さまは彼女を仲間としてしか見ていないらしい。

 まるで妹をなだめるように、頭に手をおいている。

 異性として見られていないのは可哀想だけど、マシロは撫でられるだけでも嬉しいらしい。

 えへへ、と目を細めている。

「ボクが助けたのに……」

 寂しそうなマコトを見ていると、なんだか自分まで気持ちが沈むような気がしてしまった。

「オレがマシロの分までお礼するから、元気だして」

「お礼なんていらない。それより魔法の練習しろよ。農業では結局、体力をつけるくらいしかできなかったんだから」

 うっ、急にその話……。

 今年は雨があまり降らないのだそうで、オレが魔法で水をあげるくらいはしたけど、練習になったかときかれるとならなかったと答えると思う。

 でも体力が増えたおかげで、魔法を発動させていられる時間が長くなった実感がある。

 さっきだって、飛行魔法を維持できたし。

 ……結局、ダメだったけど。

「ボク的に、三角帽子には上級魔法を無詠唱で発動させることができるくらい成長してほしい」

「いや、難易度設定が身の丈に合ってなさすぎるよ」

「そんなことはない。お前ならやれる」

 ……ま、まあ、マコトがそこまで言うくらいなら、練習すればいけるかもしれないけど?

「そうそう。お前は自信満々でいればいいんだよ」

 マコトはフッと笑うと、勇者さまのそばへ歩いていく。

 って、おい、置いてくなよ。

 オレだけみんなから離れた位置になるじゃん。

「おい勇者。のんびりしてないで早く行くぞ。次の目的地は、子どもの国だ」

 あれ……そんなこと言ってたっけ?

「言ってない。適当に歩いてた」

 ですよねー。

 でも、なんで急に子どもの国?

「魔法といえば、子どもの国だろ。ここから一番近いし」

「つまり……歩くの? ナマズみたいな魔物がいるかもしれないのに?」

 マシロが顔を引きつらせた。

「まさか、テレポートするつもりだった? あれは緊急時以外禁止だよ。いざというとき、魔力MAXで立ち向かえたほうがいい。マシロちゃんたち、みんな弱っちいんだから。てか、魔物なんてどこにでもいるだろ?」

「そ、それはわかってるけど……。今まで、遭遇したことなかったんだもん」

 魔物の代わりに、ナンパ野郎に遭遇してたんだろ。

 たいして変わらないじゃん。

「ほら、そういうわけだから、行くぞ」

 一足先に歩き始めるマコト。

 オレたちは顔を見合わせた。

「ほんっと、言い方よな」

「ホマレが言う?」

「マコトくんにも考えがあるんだよ、きっと」

「よーし、あいつが本音を言える勇者になってやる! みんな、マコトを追いかけよう」

「「「はい!」」」

 勇者さまの言葉にうなずいて、マコトの後についていったのだった。

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