第27話 ティナとホマレ

 ティナちゃんと歩くこと、十数分。

 街を通り森を抜けると、青い屋根の一軒家が見えてきた。

 懐かしの――と言っても、家を出てまだ数ヶ月しか経ってないけど――我が家に着いた。

「お爺ちゃんいるかな?」

 玄関ドアの前に立って、ティナちゃんがオレに言う。

 ワクワクしてるみたいだ。

 お爺ちゃんに会えるのが相当嬉しいんだろうな。

「きっといるよ。読書とか色々してるんじゃない?」

「そっか! お爺ちゃん、いつも魔法書読んでたよね」

 そうそう。

 オレが読書好きなのは、お爺ちゃんの影響なくらい。 

「お爺ちゃん、ただいまー!」

 ティナちゃんは家の玄関を開けた。

 鍵はどうしたの!?

「鍵? そういえば、かかってないね」

「えー……。お爺ちゃん大丈夫かな」

 子どもの国は平和だし、この家は街から離れた場所にあるから大丈夫だとは思うけど……。

「中に入ろう。見たほうが早いよ」

「うん。ユーセイくんとマシロちゃんも、どうぞ」

「「おじゃまします」」

 オレたちは家にあがる。

 リビングへ近づくと、赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。

「おー、よしよし」

 お爺ちゃんの声!

 リビングを見ると、赤ちゃんを抱えて泣き止ませているのか、身体を揺らしているお爺ちゃんの後ろ姿があった。

「お爺ちゃん、ただいま!」

 ティナちゃんが声をかける。

 お爺ちゃんは振り返ると、おやおやとしわくちゃの笑顔を見せた。

「おかえり。ティナちゃん、大きくなったなぁ」

 お爺ちゃん、すごく嬉しそうだ。

 元気そうで安心した。

「ホマレくんも。おかえり」

「うんっ、ただいま!」

「その方々は?」

「ユーセイさんと、マシロ」

 勇者さまだとは言わない。

 さっきは、本当に勇者さまなのかとティナちゃんが驚いて疑っていたから、お爺ちゃんに言うと腰を抜かしてしまいそうだ。

 ここは一旦、職業は黙っておこう。

「その子は……」

 オレは赤ちゃんを見る。

 さっきまで泣いていたみたいだけど、今はすっかり静かになっている。

「2人の妹だよ」

「名前はなんていうの?」

「メアちゃん。素敵な名前じゃろう」

 オレの質問に、お爺ちゃんは笑顔で答える。

「可愛いお名前だね。お姉ちゃんのティナだよ〜、よろしくねメアちゃん」

 ティナちゃんが、メアちゃんにそっと触れた。

 メアちゃんはくりっと丸い大きな目でティナちゃんを見て、顔いっぱいに笑顔を広げる。

「か、可愛い……」

 あまりにも可愛らしくて、口角が上がってしまった。

 ティナちゃんの気持ちがわかる気がする。

「わああ、可愛いぃ」

「可愛いなぁ」

 マシロと勇者さまも同じらしい。

 マシロは目をハートにして、勇者さまは温かいほほ笑みを見せている。

「座ろうか。紅茶を持ってくるよ」

 お爺ちゃんが言った。

 メアちゃんは揺りかごに寝かせ、みんなでソファーに腰を下ろした。

 少し待つと、お爺ちゃんがティーポットとティーカップをお盆に乗せて持ってきた。

 5人分の紅茶を淹れて配ると、お爺ちゃんもソファーに座った。

 メアちゃんを見ていたティナちゃんが、ふとつぶやいた。

「ホマレくんに出会った日を思い出すなぁ」

 オレに?

「うん。わたしは9歳くらいだったかな? 施設にたくさんの赤ちゃんがいてね。みんな新しい家族を待っているの。その中に、ホマレくんもいたんだよ」

「はいはいっ! ティナさん、そのお話聞きたいです!」

 マシロが大きく手を挙げた。

 うん、オレも聞きたい。

「そう? それじゃあ、話しちゃおっかな」

 ティナちゃんはにっこり笑うと、懐かしむように目を閉じた。



 あの日は雨が降っていた。

 お爺ちゃんとわたし――ティナは、大人の国から送られた赤ん坊が一時的に過ごす養護施設に行ったんだ。

 お爺ちゃんのお仕事は子どもを育てることだから、そろそろ新しい子をお家に迎えようって話になったの。

 あ、こんな言い方をすると、子どもに愛がないみたいだね。

 子どもの国のお爺さんやお婆さんは、子どもを大切に愛情深く育ててくれるから、安心してね。

 施設には、本当にたくさんの子どもがいた。

 みんな、離乳食を食べられるようになった赤ちゃん。

 たま〜に赤ちゃんより少し大きな子がいるのは、引き取り手がなかなか見つからないからだろうね。

「お爺ちゃん、ティナ、あっちのお部屋見てくる!」

「わかったよ。静かにね」

「はあい」

 わたしは、大きな窓から外を見晴らせる部屋に入った。

 眠っている子はいなくて、みんなおもちゃで遊んだりしていた。

 その中で1人、綺麗な青い瞳の赤ちゃんを見つけたの。

 なんだか、ビビっとくるものがあって。

「ねえ君、はじめまして」

 わたしは赤ちゃんの隣に座って、声をかけてみた。

 驚かれるかな、泣かれるかな、と思ったけど大丈夫だったみたい。

 赤ちゃんはまんまるな目でわたしを見つめた。

 服に書いてある名前は「ホマレ」。男の子だって。

 しばらく見つめ合っていたけど、ホマレくんがフイッとそっぽを向いた。

「あ。ねー、こっち見て?」

 お願いしたけど相手は赤ちゃんだから意味はない。

 どうしようか考えて、魔法を見せようと思いついた。

「見てごらん。ほら!」

 わたしは立ち上がると、空に向かって手を伸ばした。

「お天気、晴れにしちゃうね。ケロス・イリオルストス」

 ザーザー音を立てていた雨が、ピタと止まる。

 街に降り注いでいた雨は宙に浮き、空へ帰っていく。

 雲の後ろに隠れていた太陽が、姿を見せた。

 大きな窓から光が降り注ぐ。

「どう?」

 わたしはホマレくんを見た。

 ホマレくんは、晴れた空をキラキラしたくりくりの目で見ていた。

「……もしかして、魔法好き?」

「あうー」

 しゃがみ込んで目線を近づけると、ホマレくんはわたしに小さな手を伸ばした。

「そっか……! おいで」

 わたしはホマレくんを抱っこすると、お爺ちゃんのところへ向かった。

「お爺ちゃん!」

 つい大きな声でお爺ちゃんを呼んでしまって、施設で働いているお婆さんとお話していたお爺ちゃんは、驚いた顔をして振り返った。

「どうしたのかい、ティナちゃん。ここではあまり大きな声を出してはいけないよ。……おや、その子は?」

 ホマレくんに気がつくと、驚いて丸くした目をさらに大きく開いた。

「ホマレくん。お家に連れて帰るの、この子がいい」

「そうかそうか。それじゃあ施設の方とお話しようかね」

 しわくちゃな笑顔を見せるお爺ちゃん。

「うんっ!」

 わたしはとびきりの笑顔でうなずいた。



「わたしの思った通り、ホマレくんは魔法が大好きだったよ」

 そうだね。魔法大好きだよ。

 それにしても、オレを見つけてくれたのがティナちゃんだったとは……知らなかった。

 ていうか、当時9歳?

 9歳で天気を操る魔法をマスターしてたってこと? 

 マジかよ……さすが鬼才だな。

 天才以上の存在だ。

「懐かしいのう。ホマレくんが初めて魔法を発動させたとき、腰を抜かすかと思ったよ」

「聞きたいです!」

「マシロ、また今度にしよう。このあとの予定もあるから」

 お爺ちゃんの言葉に反応するマシロをなだめる勇者さま。

 それに目もくれず、メアちゃんにメロメロなティナちゃん。

 オレは何をしようか。

 ああ、そうだ。

 忘れかけていたことがあった。

 ティナちゃんがマコトに警戒心を向けた理由を聞かないと。教えてくれるって言ってたよな。

 ここで聞くと、お爺ちゃんにも聞かれてしまう。

 場所を変えよう。

「ティナちゃん、ちょっと……」

 オレはティナちゃんと一緒に庭に出る。

「あのさ、マコトのことなんだけど……」

「ああ、あの子ね。魔王でしょ?」

 へ?

 ちょ……ちょっと待って。

 ティナちゃんはマコトと初対面のはずなのに、どうしてそれを……。

「正体見破り魔法を使ったの」

 あれは人に化けた魔物を見つけるための魔法だよ。

 立場までわかるんだね。

「普通は、人か魔物かの見分けしかつかないけれど、わたしはどんな種族か職業か、細かく知ることができるの。精度を上げると、ホマレくんにもできるようになるよ」

 な、なるほど。

 それはわかったけど……なんでマコトに使ったの?

 きっかけがないでしょ。

「マコトくんは見た感じ一番年下で魔力が大きかった。わたしみたいなタイプかと思ったけど、そうだとしたら紹介するときにホマレくんが言葉に困る理由がない」

 う、そのとおりです。

 ティナちゃんには隠し事が通用しないな、昔から。

 ごまかしは意味がないから、気になったことを聞いてみよう。

「魔力が大きかったって、魔力感知も使ったってことだよね。なんで使おうと思ったの?」

「魔力感知は常時発動させてるの。お姉ちゃんはホマレくんが思うよりも、ずっと凄い魔法使いなんだよ」

 ひえっ、恐ろしい!

 情報量が多すぎて頭が痛くなりそうだ。

「じゃあ、その……マコトが魔王だとわかったんでしょ。どうするつもり?」

「どうもしない。門番さんが入国を許可してるし、そばには勇者さまがついているでしょう? 勇者さまと魔王の関係にしては仲が良さそうだし、あの子自身は悪い人じゃなさそう。気になるのは、どうして魔王なんかしているのかってことだけど……」

 魔王をしている理由か。

 マコトから聞いた感じだと、本人がやりたかったわけじゃない……よな。

 オレも詳しく知っているわけじゃないし、ティナちゃんには何も言わないでおこう。

「わたし、ホマレくんが信じる人は、みんな信じるよ」

 ティナちゃんはそう言って、女神のようなほほ笑みを見せた。

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