第22話 マシロとホマレ
みんながいなくなってしまい、オレはたったひとりになった。
ついさっきまで騒がしかった部屋が、シーンと静まっている。
……暇すぎる。ひとりって、こんなに暇だったっけ。慣れているはずなんだけど。
今は、マシロに休んでてって言われたから、おとなしく布団に入っている。
本を読むことも、魔法を使うこともできない。
やることがないと時間の流れが遅いな。
ひとりだということは同じなのに、暇つぶしがあるかないかで、これほどまでに違うものだとは……。
本読みたいなぁ。でも、部屋にはないし……。
だからといって、魔法を使って本を手に入れるのは駄目。
今休んでいるのは、体力と魔力を回復するためだから。
……わかってるけど、何かしたい。
少しくらい魔法を使ったって気づかれなければ問題ない……わけないよなぁ。
「退屈そうね。眠れないの?」
クスリという笑い声が聞こえた方向を見ると、部屋の出入り口にマシロがいた。
農作業のためか、昨日――というのはオレの感覚で、実際はおとといらしい――着ていた作業着姿だ。
部屋に足を踏み入れると、いつものスカート姿に戻った。
これは『着せ替え魔法』と言って、場面に合った服装に着替えることができる。
このあいだ、マコトが呪文を唱えずに発動させていたものだ。生活のための魔法だから、呪文を唱えても問題ないんだけど。
無詠唱呪文は、戦闘のとき、呪文を唱えている間に攻撃されると危険だから生まれたものだし。
……そんなことより、マシロはどうして戻ってきたんだろう? 忘れ物でもしたのかな。
「ホマレとお話しに来たよ。わたしが暇つぶしの相手になってあげる」
マシロはオレのそばまでやってくると、椅子に腰を下ろした。
話しに来たと言われても……。
一対一の会話はあまり得意じゃないのに、ちゃんと話せる気がしない。
でも身体は起こしておく。
寝たまま話すと、体調が悪くなりそうだ。
「調子はどう?」
「悪くない。けど、万全とは言えないかな」
倒れたときよりは、ずっといい。
「よかった。あとでちゃんと見せてね。さーて、何話そうかなぁ。ホマレとは趣味が合わなそうなんだよね〜」
マシロは左手を頬にあてて、小さく首をかたむけた。
長い白髪がサラリと揺れる。
綺麗な髪の毛だなぁ……全然パサついてない。
旅しているんだから、ちょっと綺麗じゃなくなってもおかしくないと思うんだけど。
髪を綺麗に保つ魔法なんて、あったっけ?
「なあに?」
見つめていたら、マシロが不思議そうにまばたきした。
「い、いや、別に……。……オレはマシロの趣味を知らないから、なんとも言えないな」
マシロは、ああそっか、と首を1つ縦に振ると、にっこり笑顔を見せた。
「わたしの趣味は薬草集めだよ」
「薬草集め……、いいね」
15歳らしくないと思ったことは、内緒にしておこう。
「あ、あとオシャレも好き。今は旅の最中だから、オシャレする暇ないけどね。でも、見た目には気をつけてるよ」
それは15歳っぽい。
たしかに今くらいの年齢って、見た目に気を使うようになるよな。オレも寝癖がついていないか、とか確認するし。
……誰も見ていないことくらい、わかってるけど。
身だしなみは、すごく大事だから。
「ホマレの趣味は? 知りたいな」
「オレは読書」
「えーっ、頭良さそう! 学校の成績とか、どうだった?」
学校、と聞こえて、思わず顔をしかめた。
「うっ……それは言わない。ま、まあ、上の方だったってことだけは言ってもいいけど」
「上の方!? すごーい! わたし、いっつも真ん中くらいだったよ」
そんなに澄んだ目で見つめられると、ちょっと照れる……。
マシロみたいに、心から「すごい」って言ってくれる人は、あまりいなかったな。
ていうか、マシロは真ん中くらいの成績だったんだ。
座学か、それとも実技か……。
「あ、そうだ。わたし、聞きたいことがあったの」
聞きたいこと?
「わたしのこと好き?」
「は!? なっ、なんだよ急に!?」
そんなことを突然、恥ずかしげもなく異性に聞くやつがあるかぁ!
初めて会ったときから、グイグイ行くタイプだなぁとは思っていたけど、まさかそこまでとは……。
「ちょっとちょっと、わたしの話を聞いてよ。あのね、旅に出て、わたしは可愛いって気づいたの。どこを歩いても視線を感じて、あるときはナンパされた。それでね、ふと思ったの。旅の仲間がわたしに片想いしていたら? わたしをめぐって争ったりしないよね? って」
心配するような言葉を並べているけど、にこにこ笑っている。
「マシロをめぐって……なんて、ありえないよ絶対」
ただの仲間としてしか見ていないと思う。
「そうかもね。でも、ホマレがわたしを好いているのなら、恥ずかしがらずに教えてほしいな」
マシロ、首をコテンとかしげて上目遣い。
ドキッと心臓が跳ねた。
(ドキ……?)
いやいや、好きなわけじゃない。
これは、そういう気持ちとは別!
「好きも嫌いもないよ。ただの仲間だから」
仮に好きだったとして、本人に言うわけないし。
そもそも好きじゃないし。
「なーんだ。態度がそれっぽかったんだけどなぁ」
マシロは目を細めて、オレをじーっと見つめる。
「なに?」
「ううん。急に思い出して。……わたし、弟が欲しかったの」
は? 本当に急だな。なんの脈絡もない。
しかも、夢みたいなこと。
「無理でしょ。女性の国は、女の人しか住めないんだから」
「それはわかってる。だから、兄弟に憧れちゃって」
……あ、そういうことか。
実現不可能だから、余計にね。
気持ちはわからないでもない。
オレも、年が近い兄弟がいたらと考えることはあった。
「弟がいいなら、マコトは?」
めちゃくちゃ特殊な例だけど、女性の国にいたんだろ?
それに幼馴染だし、弟だと思うことはできるんじゃない?
実際には親が違って、血の繋がりは欠片もないんだけど、マシロはオレに「家族になるのに理由はいらない」って言ったし。
「まっくんは、たしかに弟みたいだったけど……あんなんでも王子さまなのよ? 弟ってハッキリ言うのは良くないよね、なんとなく」
……王子さま?
た、たしかに……。女王さまの息子は、王子さまだよな。
捨て子だったそうだから、王族の血は引いてないけど。
「誰も知らないだけで、どこかの王族かもしれないよ」
その可能性は、ありえなくもない。
うーん、気になることが増えていく……。
あ、気になることと言えば。
「王子さまと、どうやったら幼馴染になれるんだ? そんなに簡単に会えるものなの?」
「毎日会えたよ。お世話係だったから」
お世話係!?
「年が近いからっていう理由で選ばれたの。たしか、わたしが8歳で、まっくんが6歳のとき」
8歳でお世話係……そうとう生活能力が高かったのかな。
「ほとんど遊び相手だったけどね。まっくんはなんでも自分でやってたから」
あいつが、なんでも自分で?
一瞬、耳を疑ったけれど、ちゃんと考えてみたらそうだよな。
マコトは、13歳という若さで魔王だ。
自立できていなかったら、親元を離れられるわけがない。
あんな性格でも、意外としっかりしてるってこと……。
「そういうこと。さあさあ、ホマレくん。診察のお時間です」
うわあ、どこから出したんだよ、その聴診器。
「どこでもいいの」
それからマシロは、手慣れた様子でオレの診察を始めたのだった。
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