第20話 ホマレ、無理する。
オレたちは、お爺さんの農作業を手伝うことになった。
最初に、お爺さんは農地を案内してくれた。
野菜を栽培する畑や米を育てる田んぼがあるそう。
土地が広いから、働く人も多い。
若者は少ないけれど、お爺さんとお婆さんはたくさんいる。
みんな頑張ってるなぁ……と思ったり、魔法を使うと楽なのにと思ったり。
「これから農作業を手伝うのに、僕らの服装は不向きだね」
キョウヤがみんなの服を見ながら言った。
たしかに、農作業向きではないかも。
勇者さまとキョウヤは機能性重視の装備だろうから、まだ動きやすそうだけど……。
オレは大きな三角帽子と裾が足首まであるローブだ。
マシロなんてスカート、しかもブーツを履いている。
マコトの高そうな服は絶対室内向き。汚れると困るだろう。
「あ、そっか。じゃあちゃんと作業着になろうか」
マコトがそう言うと、みんなの服が変わった。
長袖長ズボンで肌の露出が少ない格好。農家といえば、この服装だ。
オレの杖はそのまま残っているようだけど。
「そりゃあ、魔法を使うときは杖があったほうがいいよな?」
「うん。助かるよ」
マコトは魔法使いの特徴をよく理解しているらしい。
一応、杖がなくても魔法は使える。
けれど、杖は魔法を安定させるサポートアイテムだ。
魔法使いの上澄み――上級者の中でもさらに実力を持つ者には関係ない話だが、その域まで到達していない者はこれがないと大変困る。
あと、魔法使いっぽくてカッコイイ。
というわけで、めちゃくちゃ実力がある人でも杖を持っていたりする。
「かわいくない……」
マシロがそんなことをつぶやいたけれど、誰も反応しない。
「キュッ」
ふよふよと目の前に飛んできたウィングに、額をげしっと蹴られた。
「いだっ」
なんだよ急に!?
「キューキュー」
なんて言ってるんだ……?
こういうときは、翻訳魔法を使おう。
「キュッ、キュウ。キュキュキュ、キュウッ」
みんなして冷たい。マシロに反応してやってよ……?
だって、なんて言ったらいいかわからないだろ?
実用性重視の服の見た目に文句を言われてもさぁ。
それより、人の頭を蹴っちゃいけないって知らないの?
オレとウィングで睨み合っていると、勇者さまがこちらに向けて言った。
「俺たちは向こうに行ってくる。一段落したら合流しよう」
勇者さまとキョウヤは遠くの方を手伝うらしい。
ふたりはオレたちとわかれて、道の先へ進んでいった。
キョウヤが勇者さまの一歩後ろをついていく。
その様子を見て、マコトが首をかしげてオレに聞いた。
「となりに並ばないのか?」
「いやいや、勇者さまだぞ。となりに立っちゃ駄目だろ」
「えー、職業が勇者なだけじゃん」
それはそうかもしれない……。
でも、勇者〝さま〟だから!
魔王のマコトは隣でもいいと思うよ。
「絶っっっ対に嫌だね。ボクが勇者のとなりに立つ必要なんてないし」
ああ、そう……。
「マシロちゃんは、どこに行くの?」
「わたしは……あっちで、怪我や疲れを癒やしてあげようかな。またあとでね」
マシロはマコトに笑顔を見せて「いってきまーす」と走っていってしまった。
オレはどうしよう。このままだと、マコトと動くことになるよな。
ちらっとマコトを見てみる。
マコトは、マシロを姿が見えなくなるまで眺めていた。
なんとなく寂しそうだ。
「ふたりとも。こっちを手伝ってくれるかい?」
オレたちを案内してくれていたお爺さんが、優しくほほ笑みかけてくれた。
「はい。……マコト、行こう」
「……」
声をかけると、マコトは黙ってついてきた。
何も話さないで大人しくしていると、ちゃんと年相応に見えるんだけどなぁ。
これが魔王だと言うのだから、世界は広い。
「何か質問はないかい?」
お爺さんに聞かれる。
あるっちゃあるけど……これは聞いていいものかな?
「なんでも聞いておくれ」
「じゃあ……魔法で育てたらあっという間なのに、どうしてあんなに大変そうなことをするんですか? 体力的にも、きついですよね……?」
するとお爺さん、にっこりとしわくちゃの笑顔を浮かべた。
「ホマレくん、食べ物は手塩にかけて育てるからこそ美味しく育つんじゃよ。大変だけど、やりがいがあるよ」
「そうなんですね。えっと……ごめんなさい」
すっげー失礼なことを聞いてしまった……ような、気がする。
「三角帽子コミュ障かよ」
マコトの言葉は、わざと無視した。
そもそも今、三角帽子かぶってないよ。
素直にホマレって呼んでほしい。言いやすいし。
なんて考えていると、今までずっとついてきていたウィングに、また頭を蹴られた。
「キュ!」
「痛いっ――お前なぁ!」
さっきも蹴ってきたじゃん!
なんなの!? オレの頭を蹴るのがマイブームなの!?
「ウィング! 次やったら怒るから」
「キュウ〜ン……」
マコトが強めに言うと、ウィングは大人しくなった。
「おやおや、喧嘩はいけないよ」
お爺さんがマコトとウィングの頭をなでる。
ちょっぴり羨ましい……。お爺ちゃんに会いたくなってきた。
「最近は雨が降らんのぅ。これじゃあ作物が育たんわい」
お爺さんは空を見上げると、首にかけていたタオルで額の汗を拭いた。
今日は晴天だ。ジリジリと日差しが照りつけている。
ウィングを抱っこしたマコトが、オレに声をかけた。
「いい機会だな。三角帽子、雨を降らせて」
あ、雨を降らせる……!?
「天気を変える魔法は、難易度が高すぎてできないよ!」
今までに何度も挑戦したけど、一度も成功したことはない。
たったひとりだけ「得意だよ」とか言って軽々とやってのけてしまう人を知っているけれど……あれは鬼才だ。どんな天才でもかなわない。
「さすがにお前でも無理か。それなら、雨を模して水を降らせるんだ。この農地一帯に」
「……やってみる」
オレはうなずくと、魔法の杖をかまえる。
杖の先についている青い宝石に意識を集中させて、呪文を唱えた。
「大地を潤せ、シュプリューレーゲン・フォンス」
次々と空に水の玉が現れて、地面に向けて落ちてくる。
緑の土地が水に濡れて、太陽の光を反射した。
緑がよりいっそう青々しく見える。
「そのままな、三角帽子。ボクがいいって言うまで」
「わかった」
オレは水を降らせ続けた。
……何分経っただろう。
隣で空を見上げるマコトは暇そうにあくびをしているし、彼に抱かれているウィングはいつの間にか寝てしまったようだ。
「やべ……」
視界が暗くなって、頭が重くなる。
魔法の魔力の消費量はそこまで多くないけれど、土地の面積が広すぎる。
見渡す限りの緑すべてに水を降らせているから、通常とは比べ物にならないくらい、魔力を消費してしまっている。
真っ直ぐ立てているのか、わからなくなってきた。
「もういいよ」
マコトの声がかかり、オレはすぐに魔法を止めた。
杖を支えにして、なんとか身体を立たせる。
「ギリギリか。やっぱりお前は魔力と体力を増やすべきだな。魔力は一般から逸脱してるけど、それを使いこなせる程の体力がない。まあ、それでも普通と比べれば十分あるんだけどな」
んなことはどうでもいいから、休んでもいいかな……。
「どうですか? お爺さん。うちの魔法使い、よくできるでしょう」
「ええ、ありがとうございます……! 素晴らしい!」
お爺さんは目を大きく見開いて驚くと、畑に向かって歩いていった。
喜んでくれたみたいだな……。マコトの手柄みたいに言われた気がするけど。
ああ、もう限界だ。これ以上立てない。
「ところで三角帽子、調子は――って、おい!?」
視界が揺れて、左にかたむいた。
全身に痛みが走るのを覚悟していたけれど、痛みはない。
代わりに、誰かに身体を支えられたのがわかった。
うっすら目を開けると、赤とピンクが混ざった色の光が2つ。
あれ……マコトの目?
「ごめん! やりすぎた!」
マコトの焦る声が聞こえたけれど、とっくにまぶたはおちていた。
「おい、しっかりしろ! ホマレ!」
そのときマコトがどんな顔をしていたのか、オレは知らない。
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