第19話 老人の国で困りごと探し

「さーて、困ってる人はどこかなー?」

 マコトを先頭にして、オレたちは街を歩く。

 魔王の世界ツアーをスタートするということで、困りごとを探しているところだ。

 しかし、のどかなことが国の良さとしてあげられる老人の国の人々は、みんな優しい顔をしていた。

 困りごとなんて、一切なさそう。

 それにしても、どこへ行ってもどこを見ても、街にいるのは高齢者ばかり。

 たまに若い人が高齢者のお世話をしているのを見かけるくらいで、目に入る人はほとんどが白髪だ。

「冒険者は、あまりいないんだな」

 ポツリと言うと、マコトがオレを振り返って半眼を向けた。

「そりゃそうだろ。三角帽子はわざわざ老人の国に行こうと思ったか?」

「いや、特には……。そもそもオレが旅に出た理由は、大人の国の両親に会いたかったからで」

「はっ? それもう旅しないで普通に行けばいいだけじゃねーか」

「うーん、まあそうだな。けど子どもの国は大人になったら絶対に出ていかなきゃいけないから、旅に出るほうがいいかと思ってさ」

 さすがに入国禁止にはならないけど、住むことはできなくなる。

 もう一度住みたいのなら、お爺さんになってから子どもの世話をするために戻ることしか方法はない。

 入国禁止にならないと言っても、わざわざ子どもの国にやってくる大人はほぼいないんだよな。

 オレは大人の国に行くまで、お爺さんお婆さん以外の大人を見たことがなかった。

 オレが一日中室内にいて、あまり人に会わなかったせいだけど。

 学校に行くのもテレポートしてたし。

 あ、これはオレだけじゃない。

 先生だってテレポートで学校に行く。

 いたって普通の通学方法だ。

「旅の最初は歩いてたくせに」

 だって歩いたほうが冒険中っぽいだろ。

 ていうか、なんでマコトが知ってるんだ。

「お前今いくつ?」

 マコトはオレの質問には答えずに、そう聞いてきた。

「14だよ」

「おれのひとつ上か。たしか、子どもの国は15歳になったら必ず出ていくんだよな」

「そう。だから、13歳から15歳の間に国を出る人が大半を占めるんだ。旅の許可が出る年齢も13歳からだし」

 学校を卒業するのが12歳の年度末。

 子どもの多くは卒業後、お金をためてから旅に出ていた。

 オレも卒業した先輩にならって仕事をして旅の資金をためたんだよ。

 ほんの1ヶ月とちょっと前まで、そんな生活を続けていた。

 お爺ちゃんは「お金なら出すよ」と言ってくれたけれど、同級生はみんな自分の力で頑張っているし、オレが尊敬している人もお爺ちゃんの手は借りなかった。

 オレだけ楽するのは嫌だったから、自分でためたんだ。

「三角帽子は知らないのか? わざわざ旅に出なくても、大人の国には成人が通う学校があるんだぞ。そこで魔法の勉強を続けてもよかったろ」

 マコトは不思議そうに首をかしげた。

 オレはマコトから目をそらす。

 学校という単語を聞くと苦い記憶が思い出されて、あまりいい気はしない。

「好きじゃないんだよな、ああいう同調圧力のたまり場みたいな場所。親友に誘われたけど、断った。でも、その選択のおかげで勇者さまたちに出会えたんだから、結果オーライだろ」

「そうだな」

 マコトは短くうなずいて、今度はマシロに話しかけた。

「マシロちゃんは?」

「わたし? 候補は大人の国だけだったよ」

 マシロもか。

 大人の国は老若男女誰でも入れて冒険初心者向きだから、最初の目的地にする人は多い……と、どこかで聞いた。

「冒険者は基本的にどの国でも行けるのに?」

「うん。女性の国から出られれば、どこでもよかったの。わたしが一番過ごしやすいのは、大人の国でしょ」

 マシロは無感情な目を伏せた。

 マシロにも、国を出た事情があるらしい。

 そもそも人間の国は、大人の国、子どもの国、男性の国、女性の国、老人の国の5つしかない。

 他にあるものと言えば、魔物の国とロボットの国。

 あとはどこにあるのかわからない、エルフの集落だ。

 近年は存在すら怪しまれているそうだけれど、マコトというハーフエルフがいるから、きっとどこかに息をひそめている。

 これら以外に、国の領地じゃないところがある。

 荒れ果てていて動物や魔物くらいしかいない場所だ。

「誰のものでもない土地があることが不思議だよね。国の領地を広げるために、土地を手に入れようとするものだと思うけれど」

 マシロが言うと、マコトが答えた。

「神の領地だからだよ。大昔、各国の王が集う場で『誰のものでもない土地は、これより神のものとする』とかいう案が採決されたらしい。神の所有物だから手を加えるな――つまり、自分の領地を広げようとすんなよってこと」

「へぇ。知らなかった」

 その話なら、本で読んだから知っている。

 多くの人間が信じている神の名を出すことで、各国の勝手な動きを防ぐ目的があったらしい。

 当時は神様が信じられていただろうけど、オレは神様の名前を出しただけで言うことを聞くのかなって不思議に思う。

「神様はいる」

 突然、勇者さまがそんなことを言った。

「さっすが勇者殿。信仰心がお強いことで」

 マコトがハッと笑いながら言うと、勇者さまは眉を寄せた。

 まさか、勇者さまの口から「神様はいる」と聞くなんて。

「そんなことよりも、困りごとを見つけないかい? 遊びに来たわけじゃあるまいし」

 勇者さまとマコトのピリッとした雰囲気を和ませたのはキョウヤだ。

「そうだな。えーっと、困っているお爺ちゃんやお婆ちゃんは……っと、ん?」

 マコトは周りを見渡して、正面より左側に目をとめた。

 そこにいたお爺さんに軽い足取りで近づくと声をかけた。

「やっほー、お爺ちゃん」

「おや魔王様。体調は戻られましたか?」

 振り返ったお爺さんは、門番をしていた人だった。

 マコトが魔王だと知って、すぐに人を呼んで宿を手配してくれた。

「おかげさまで。どうもありがとうございます」

 マコトは礼儀正しく頭を下げる。

 ちゃんとそういうこともできるんだ……。

「……若い人が少ないですね。毎年、農作業を手伝う若者が多くいたはずですが」

 マコトはお爺さんの後ろに広がる緑の土地を見る。

 老人の国は育てている作物の種類が豊富だ。

 その分、農地があきれるほど広い。

 農作業を手伝う若者がいないと、お爺さんの疲労が限界突破してしまう。

「ああ、それがですね……」

 お爺さんは困った顔をする。

「最近は農業に興味がある若者が少なくて……。募集をかけてみても、なかなか人が集まらんのですよ」

 たしかに、オレも農業には興味がない。

 それにわざわざ老人の国に行って農作業するなんて、絶対に楽しくないと思う。

「じゃあ、ボクたちが手伝いますよ」

 マコトが1人だけ元気に言った。

 いやお前が言うのか、そのセリフ。

 言いそうなのは、勇者さまやマシロだけど……ふたりとも、マコトに驚いた顔を向けている。

「おや、本当ですか」

「はい! いいよな?」

 マコトがこちらを振り返って言うので、オレたちは同時にマコトを取り囲んだ。

 お爺さんと距離を取って、マコトに小さな声で口々に話しかけた。

「ちょっと、まっくん。わたしたちだけでどうにかなるわけないじゃない。たったの5人増えるだけだよ?」

「ちゃんと現実を考えようぜ」

「僕ら以外に、もっと若者を呼ぶべきじゃないかい?」

「ああいうことを言うのは、全員が賛成してからだ」

 マシロ、オレ、キョウヤ、勇者さまが次々に言うと、マコトはカラカラと笑い声を上げた。

「現実的に考えて? 人数はこれで十分だよ」

 いや、だからそれはおかしい……。

「まあまあ。やってみないとわからない。現実ってのは、そういうもんだろ」

 マコトはそう言うと、ニヤリと口角を上げたのだった。

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