第16話 魔王のマコト

「マシロちゃんとウィングしかわかんないや」

 と、カラカラ笑い声を上げるマコトに、オレたちは呆気にとられた。

「あんた、何も覚えてないの?」

 オレは、マコトの言うことが信じられずに聞いた。

 それから、女性の国で鉢合わせしたこと。

 勇者さまをはじめとした、オレたちを痛めつけたこと。

 今は覚えているようだが、マシロとウィングのことを、何も覚えていなかったこと。

 勇者さまがネックレスを壊したら、気を失ってしまったこと。

 すべてを順を追って、話して聞かせた。

「……とりあえず、話すべきことがたくさんあるらしいな」

 マコトは、ため息をつく。

 そして、自分の角に手をかけた。

 スポッと、軽々しく角が取れてしまった。

 ……は? いや、角が……。

「これ、偽物なんだよ。魔物の国の王様だから、魔物っぽくしなきゃ駄目なんだ」

「……お前は人間だということか」

 勇者さま、ちょっと待ってください。

 まったく意味がわからない。

 それはキョウヤも同じらしく、首を傾げている。

「お前たちは、魔物の下につきたいと思うか?」

 オレたちは、顔を見合わせた。

 それって、つまり、魔物が王様だってことか。

 オレたちは平民で、魔物の王様を崇めると……。

「嫌ですね」

「だろ!?」

 マコトが身を乗り出した。

「それは魔物も同じだ。魔物以外の王様なんて絶対に嫌だ。だから、ボクは魔物のフリをしたってわけ」

「勇者さまの言う通り、君は人間なんだね?」

 キョウヤが確かめる。

 すると、マコトは首を振った。

「いや。ボクはいわゆる『ハーフエルフ』だよ」

 ハーフエルフ……?

 それって、人間とエルフの間に生まれた子どもだよな。

「あんま好まれてないけどな」

 マコトは、なんでもないことのように付け足した。

「赤ん坊のころ、女性の国の門の前に捨てられてたらしい。そのときボクが入っていたカゴに手紙があって、色々書かれてたんだってさ。名前とか、親についてとか、謝罪とか」

「君を拾ったのは、誰なんだい?」

「女性の国の女王。お母さんって呼んでる。そうそう、ネックレスをくれたのも、お母さんだよ。いつだったかな? 誕生日プレゼントでもらった」

 マコトは、楽しそうに話す。

 しかし、不思議そうに首を傾げた。

「けど……ネックレスをつけるようになってから、ずっと眠ってるみたいだった。魔王としてボクは何をしたのか、よく覚えてないな。あるなら、ボクは魔王だっていう自覚くらい?」

 うーん、なかなかな生い立ちというか……。

 そのまま考えても難しそうだったため、マコトの言葉を整理することにした。

 まず、マコトは親に捨てられたハーフエルフだ。その情報は、カゴに入っていたとかいう手紙から入手したのかな?

 そんなマコトを拾ったのは、女性の国の女王さま。「お母さん」と呼ぶくらいだから、本当の親のようにマコトを育ててくれたんだろうと思う。

 そして女王さまは、いつかのマコトの誕生日にネックレスを与えた。誕生日も手紙に書いてあったのかな。

 そのネックレスをつけてから、マコトは眠っているような感覚だった。『魔王』として何をしたのか、思い出せないほどのものだ。

 あるのは、『魔王としての自覚』だけ。

「……催眠状態みたいだ」

 オレのつぶやきが、みんなに聞こえてしまったらしい。

 勇者さまとキョウヤは深く考え込み、マシロは目を伏せる。

 マコトはウィングをなでながら、首を傾げている。

「催眠状態って、どんなの?」

「そもそも『催眠』っていうのは、眠気を催すこと。薬や暗示を使って眠くさせたり、睡眠に似た状態にすることを指すんだ」

 オレが説明すると、マコトは「ふむふむ。それでそれで?」と先をうながしてくる。

「『催眠状態』は、ぼーっとしたり、リラックスしたり、集中したりする状態のことだ。そういうとき、人の心の奥深くに働きかけて、考えや価値観を変えることができる」

「……」

 マコトは、ウィングをなでる手を止めて黙り込んだ。

「あんた、ネックレスで強制的に催眠状態にされて、利用されてたんじゃないか?」

 あのとき、ネックレスが割れた途端にマコトは倒れた。

 それはきっと、長らくかかっていた催眠が解けたことによる衝撃を受けたからだ。

 それに、女王さまは割れたネックレスを、かなり気にしているようだった。

 気を失っているマコトよりも、ネックレスをだ。

 育ての親と言えど、息子より物を心配するなんて、高確率で何かある。

「――その話は、ここでおしまいにしよう」

 キョウヤが間に入った。

「推測の域を出ないし、突然母親を悪者にされても、受け入れられないだろう」

「そうだな。確信を得るまでは、決めつけるべきではない」

 キョウヤの言うことに、勇者さまはうなずいた。

 2人の言うとおりだ。勝手な想像が、飛躍しすぎてしまった。

「ごめん。忘れて」

「……いや、ありがとう。知りたいことができた」

 マコトは、オレに笑いかける。

 ウィングをベッドに下ろすと、自分はベッドから下りる。

 ツノをつけると、勇者さまの正面に立って、いたずらっぽく笑った。

「お前と動いたら、いいことがありそうだ。そこで、提案なんだけど」

 勇者さまに、手を差し出す。

魔王おれと組まない? 勇者殿」

 そう言ったマコトは、魔王の顔をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る