第9話 脱走した魔物たち

 竜が、頭を殴るような咆哮を上げる。

 同時に、大武闘会の出場者たちが、竜に飛びかかった。

 大会の出場者は、全部で5人。

 対して、竜はたったの1体。

 みんな強そうだし、意外と簡単に勝てたりして……なんてことを考えていた、そのときだ。

「キイィィィ!」「ギャーーーー!」

 と、耳をつんざく鳴き声がした。

「な、何!?」

 マシロが、両手で耳をふさぐ。

 オレは、竜の背後を見た。

 あそこには、たしか武装した兵がいたはず。

 でも、兵はいない。

 その代わりに、大小さまざまな、たくさんの生き物がいた。

「あれって、魔物……!?」

 オレが勇者さまと出会うキッカケになった魔物や、カエルのように、ずんぐりむっくりした体の魔物。それから、大人の国の防具屋にいた魔物に、体全部が煙でできた魔物がいる。

 他にも、たくさん。

 みんな目をギラつかせていて、恐ろしい。

「おい、あれは……」

「ああ。地下牢に閉じ込めているはずの魔物だ……!」

 オレたちの後方に座っている人の会話が聞こえた。

 つまり――脱走したってことか!?

「あっ! ホマレ、みんなが……!」

 マシロが、出場者たちを指さす。

 魔物たちが、勇者さまをはじめ5人しかいない出場者たちに向かって、攻撃魔法を仕掛けているところだった。

「ダメだ!」

 オレは思わず立ち上がる。

 足元に隠しておいた杖を持って、意識を集中する。

「フィニス!!」

 出場者と魔物たちの間に、透明な分厚い壁が作られる。

 魔物たちの魔法は、壁にはばかられた。

 危なかった……。

「ホマレ、無口頭呪文は!?」

 マシロが、驚いた顔でオレを見る。

「水魔法と簡単な魔法でしかできない」

「飛行魔法は簡単なの!?」

 今はそんな話じゃないだろ!

 とにかく、魔法はヤバイ。

 あの人たちは、武闘家とか格闘家とか……とにかく、自分で魔法を防げない。

 魔法に対抗できるのは、魔法しかないんだから。

「ホマレー!」

 ステージにいる勇者さまが、大声でオレを呼んだ。

「こっちに来てくれ! 緊急事態だ!!」

「はい!」

 オレが、言われたとおりに勇者さまのところへ行こうとしたときだ。

「待って! わたしも、連れてって」

 マシロが、オレの手をつかんだ。

 口を真一文字に引き結んでいる。

「もちろんだよ。しっかり、つかまって」

 オレは、マシロと共に観客席を飛び降りる。

 地面にぶつかる直前に、飛行魔法で身体を浮かせた。

 衝撃を受けることなく、地面に降り立つ。

 魔力の消費量の調整をしないと、魔法が使えなくなるからな。

 勇者さまは、オレたちが来たのを見ると、用件を要約して伝える。

「魔物たちの魔法を防いでほしい。できるか?」

 さっきみたいなやつか。

 オレは、魔物を見る。

 こうして近くに来ると、オレの何倍も大きなやつらばかりだ。

 正直、足がすくんでしまう。

「ホマレくん、僕からも頼む」

 何も言えないオレに、キョウヤさんが言った。

 こちらを振り返った彼の額には汗が浮かんでいる。

「今日という素晴らしい日を、最悪な日にしたくないんだ」

 その言葉で、彼の表情で、覚悟が決まった。

 オレは、帽子を被る。

「――できます!」

「よし、頼んだぞ!」

 勇者さまとキョウヤさんは、ニッと歯を見せて笑った。

「それじゃあ――みんな、ここは任せてほしい!」

 キョウヤさんが、他の出場者3人に頭を下げる。

 3人は顔を見合わせていたけど、うなずいた。

 そして、ステージから出ていってしまった。

 その行動を、オレは不思議に思った。

「どうして? 一緒に戦ってもらえば……」

「いや、ダメだ。あいつらは、魔法使いを嫌っている。協力してはくれないだろう」

「……でも」

「彼らがうなずいたのは、魔法使いと共闘するのが嫌だからだ。すまないね」

 キョウヤさんは、困ったようにほほ笑んだ。

「いえ……」

 そこで、オレは笑顔を見せる。

「――コロシアムなら、攻撃魔法を使っても問題ないですよね」

 オレがそう言うと、キョウヤさんは笑ってうなずいた。

「勇者さま、お願いがあります……!」

 マシロが、声を張り上げる。

 キョウヤさんと話していたオレは、マシロに目を向ける。

「あの竜を、わたしに任せてくれませんか?」

 当然、勇者さまは困惑した。

「大丈夫なのか? あいつは強いぞ」

「あの子が、悲しそうな顔をしていたんです。わたし、あの子と話したい」

「……わかった。だが、無理はするなよ」

「はい!」

「ホマレ、さっきの言葉は変更だ。俺とキョウヤとホマレで、魔物の相手をする。竜は、マシロに任せるぞ」

「わかりました」

 オレは、みんなとうなずきあって、魔物たちに向き合う。

 魔物たちは、オレが作った壁によって、こっちに近づけない。

 魔物たちと戦うには、壁を消さなくてはいけない。

「……いきますよ」

 オレは、魔法を解除した。

 それとほぼ同時に、魔物たちが飛びかかってきた。

 魔物との戦いが、今始まる。

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