第8話 大武闘会の始まり

 キョウヤさんは、オレたちを宿へ案内してくれると言った。

 しかし到着した場所は、宿とは見た目も中身も、かけ離れているところだった。

 石造りの建物で、ところどころ汚れている。

 壁や床に傷がついていて、なかなか古そうに見えた。

「ここは……」

「コロシアムです」

 勇者さまのつぶやきに、キョウヤさんが答える。

 そして、オレたちに向かって頭を下げた。

「騙してすみません。実は、大武闘会に出る人数が、あと一人足りていないんです。このままでは、大会を開催できない」

 大武闘会……?

 俺は、勇者さまとマシロと、顔を見合わせた。

 2人も、よくわからないようだ。

 勇者さまが、オレたちに向かって、俺に任せろ! と言うような表情をして、一歩前に出た。

 一体、何をするんだ? ――と思ったら。

「その〝大武闘会〟とは、一体どんな大会なんだ? 説明をしてくれ」

 勇者さまは、特に特別なことをするわけでもなく、単純に質問しただけだった。

 オレたちの代わりに質問してくれるのは、ありがたいからいいんだけど、さっきの頼もしい表情との差に驚いてしまう自分がいる。

「わかりました」

 勇者さまの言葉に、キョウヤさんはうなずいた。

「大武闘会は、年に一度、男性の国で行われる武道大会です。人々が心から楽しめる、娯楽の一つですよ。参加資格のある者は、格闘家、武闘家、剣士など、体を張って戦う職業の男です」

 じゃあ、マシロやオレみたいな人間は参加不可なのか。

「なるほど……。トーメントのように強い者を決めるのか?」

「いいえ。この大会は、ちょっと独特でして。倒すのは、人ではなく〝魔物〟です」

「魔物? ……どこから、連れてくるんだ」

 勇者さまの目が鋭くなる。

 声が低くなったのは、気のせいではないだろう。

 ピリッとした空気が流れる。

「国の外で生け捕りにして、コロシアムの地下に閉じ込めるそうです。そのことで、魔王との関係が悪化しているとかなんとか……」

 勇者さまの質問に、キョウヤさんは答えた。

 表情にも低い声にも、ひるんでいない。

「そうか、わかった」

 勇者さまは、それ以上質問することはなかった。

「それで……俺が大武闘会に出たらいいんだな」

 キョウヤさんに確かめるように、しっかりと目を合わせる。

「勇者さまが良ければ」

「……わかった。出よう」

 勇者さまは、大きくうなずいた。


 ☆


 勇者さまが大武闘会に出場することが決まって、数時間後。

 オレはマシロと2人で、コロシアムの観客席に座っていた。

 観客席は、コロシアム全体を見おろせる高さにある。

 出場者と魔物の戦闘に巻き込まれる恐れはなさそうだ。

「……?」

 視線を感じる……と思ったら、マシロがこっちを見ていた。

 オレを見て首を傾げている。

「ホマレ、帽子は被らないの? 君の大事な特徴なのに」

「オレの特徴が帽子以外に無いみたいに、言わないでほしいな」

「だって、帽子取ったら普通の男の子だもん。ていうか、そういう髪だったんだ」

 そういう髪ってなんだ!?

 変かな、この髪……。

「変じゃないよ。綺麗なストレート、久しぶりに見た。それで、どうして被らないの?」

「さっき、魔法使いだからって嫌な顔されただろ? こんなところで帽子を被っていたら、『オレは魔法使いです』って公言してるもんだ。また嫌な顔される」

 男性の国に住む人たちの、まるで汚物でも見るような目には、さすがに傷ついた。

 あの人たちは、魔法使いを人間以外の何かと勘違いしているんじゃないか……と思う。

「そういうことね。あれ、ホントひどかった」

 マシロは深くうなずく。

 それから、正面を向いた。

「あっ、そろそろじゃない?」

 マシロがそう言った直後、コロシアム全体を歓声が包みこんだ。

 ステージ上に現れたのは、出場者たちだ。

 その中には、もちろんキョウヤさんと、勇者さまがいる。

 そして、出場者たちとは反対方向から登場したのは、竜の見た目をした魔物だ。

 空気が張り詰める。

 あんな魔物、見たことない。

「あの子……」

 マシロが、竜を凝視する。

「知ってる魔物?」

「……ううん。でも、なんだか悲しそう」

 そんなマシロのつぶやきは、竜の咆哮にかき消されてしまった。

 竜の咆哮と同時に、大会の出場者たちが動き出した。

 コロシアムは、燃えるような熱気と頭に響き渡る歓声で埋め尽くされたのだった。

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