第5話 再出発(2025/01/11改稿)

「旅をやめて、一緒に住まないか?」


 ヒロさんは、たしかにそう言った。

 ヒロさんの隣では、レイナさんが不安そうな表情をしている。


「もちろん、ホマレの気持ちを優先するよ」

「……ちょっとだけ、考える時間をください」


 優しく温かくほほ笑んだヒロさんに、オレはそう言った。


 ……急な提案で驚いた。

 この世界の仕組み上、実の両親と再会できることが稀だ。

 そのうえ同じ家に住めるなんて、普通の人生を送っていたらまずありえない。

 ここは提案を受け入れたほうが幸せかもしれない。


 でも……本当にそうかな。

 目を閉じて、今までを振り返る。


 ――あの本を読んだ日から、ずっと両親に会いたいと思っていた。

 本はオレが通っていた魔法学校の図書館にあったものだ。

 オレにとって授業で習う魔法は簡単すぎた。

 授業だけじゃ魔法を上達させられない。

 だから図書館で本を読んで、魔法を自主学習していた。


 そんなある日――4年前だっただろうか。

 図書館であてもなく本を漁っていると『家族』という単語が目に入った。

 不思議と気になってしまって、オレはそれを読むことにしたんだ。

 そして衝撃を受けた。

 お爺ちゃんの言葉と本に書かれている内容が、まったく異なっていたからだ。


 お爺ちゃんは言っていた。

『真夜中に大きな翼を持った鳥が赤ん坊を運んできて、子供がほしいお爺さんやお婆さんの枕元に置いていくんだよ。子どもは、そうやってやってくるんだ』って。

 なんだ。嘘じゃないか、と思った。

 お爺ちゃんはオレの家族じゃなかったんだ……と。


 その後「どうして教えてくれなかったんだ」と問いつめた。

 お爺ちゃんは何か言いたげにしながら、ずっと黙っていた。

 でも、結局何も言わずじまい。

 あのあとちゃんと謝ったけれど、今思い返すと言い過ぎたと思う。


 マシロが言ったように、血がつながっていなくても家族は家族だ。

 お爺ちゃんは何年間も、その気持ちでオレを育ててくれたんだ。

 レイナさんとヒロさんと住むことは、そんなお爺ちゃんに恩を仇で返すことと同じじゃないか。

 お爺ちゃんという『家族』を捨てるのと同じことだという気がしてしまって――。


 オレはゆっくり目を開く。

 そして勇者さまとマシロを見た。

 オレが考えるべきは、お爺ちゃんのことだけじゃないよな。

 勇者さまとマシロとはまだ出会ったばかりで、2人のことを何も知らない。

 勇者さまはどうして旅をしているのか。

 どうして大人の国を目指していたのか。

 マシロは僧侶なのに、どうして一人旅をしていたのか。

 2人の好きなもの、嫌いなもの、得意なこと、苦手なこと……。

 気になることがたくさんある。

 それらは、2人との旅を続けることでしか知ることはできない。


「……」


 深く慎重に考えて考えて――。

 オレはレイナさんとヒロさんを見た。

 2人の顔を見ると言葉に詰まった。

 せっかく会えたのに。

 お母さんとお父さんに、ちゃんと会えたのに。


 ――マシロの悲鳴が聞こえなかったら、防具屋には行かなかっただろう。

 店主さんに会うこともなくて、地図を描いてもらうこともなかった。

 偶然に偶然が重なって会えた両親。

 それを簡単に手放して良いのか……わからない。

 けど、自分の気持ちを無視するのは絶対に良くない。


「オレは……」


 レイナさんとヒロさんはオレを見つめ続ける。

 勇者さまとマシロも、ぐっと身を乗り出した。


「オレは旅を続けます。一緒には住めません。ごめんなさい」


 沈黙の時間が長く感じられた。

 最初に喋ったのはレイナさんだった。


「……そう。頑張ってね」


 寂しそうに眉を下げてほほ笑む。


「悩ませて、すまなかった」


 ヒロさんも悲しそうに言った。

 ギュッと心臓が握りしめられる感覚がした。

 オレから会いに来たのに……ひどいやつだな。


「あの……最後に教えてほしいことがあります」


 オレは2人を見つめる。


「どうして、オレを子どもの国に送ったんですか?」


 2人は顔を見合わせた。

 ヒロさんが口を開く。


「男の子だと『子どもの国』か『男性の国』に送らなければならない。あのとき考えたんだ」

「わたしたちは、ホマレにのびのび育ってほしいと思ったの」


 ヒロさんの言葉を受け継いで、レイナさんが言う。

 そっか、そういう理由で……。

 オレのこと、しっかり考えてくれたんだな。


「ありがとうございます」


 それだけしか言えなかったけど、2人は柔らかく笑ってくれた。


 ☆


 ヒロさんとレイナさんは、オレたちを送り出してくれた。

 そういえば2人のこと、一度も「お父さん」「お母さん」って呼ばなかったな……。


「ほら、元気出して!」


 マシロがオレの背中をバシッと叩く。


「これからもよろしくな、ホマレ」


 勇者さまがオレにほほ笑みかけた。

 マシロも満面の笑みだ。


「……はい!」


 オレは大きくうなずいた。


「よし、それじゃあ今夜は宿に泊まって、明日の朝『男性の国』に出発だ!」


 勇者さまは右手を空に突き上げた。


「えっ、大人の国に来て1日しか経ってませんよ!?」

「もうちょっと観光しましょうよ〜!」


 オレとマシロは口々に言う。

 すると、勇者さまは真面目な顔をした。


「俺は早く仲間を集めて、魔王を討伐しなければならないんだ。そのために、一刻も早く『男性の国』に行く必要がある」

「「……」」


 オレはマシロと顔を見合わせた。


 勇者さまが旅をしているのは、魔王を倒すためか。

 ……勇者さまと一緒に行くということは、魔王を相手に戦うってこと!?

 は、早く気づくべきだった……。

 でも、オレはこれからも勇者さまの仲間のままでいるんだ。

 マシロも「魔王……か」と拳を拳を握っている。


 うなずきあうと「はい!」と声をそろえて、勇者さまのあとについていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る