第5話 再出発

「旅をやめて、一緒に住まないか?」

 ヒロさんは、たしかにそう言った。

 ヒロさんの隣では、レイナさんが不安そうな表情をしている。

「もちろん、ホマレの気持ちを優先するよ」

「……ちょっとだけ、考える時間をください」

 優しく、温かくほほ笑んだヒロさんに、オレはそう言った。

 目を閉じて、今までを振り返る。


 ――あの本を読んだ日から、ずっと、両親に会いたいと思っていた。

 本は、オレが通っていた、魔法学校の図書館にあったものだ。

 オレにとって、授業で習う魔法は簡単すぎた。

 授業だけじゃ、魔法を上達させられない。

 だから図書館で本を借りて、魔法を自主学習していた。

 そんなある日――4年前だっただろうか。

 図書館であてもなく本を漁っていると、『家族』という単語が目に入った。

 変に気になってしまって、オレはそれを読むことにしたんだ。

 そして、衝撃を受けた。

 お爺ちゃんの言葉と、本に書かれている内容が、まったく異なっていたからだ。

 お爺ちゃんは言っていた。

『真夜中に、大きな翼を持った鳥が赤ん坊を運んできて、子供がほしいお爺さんやお婆さんの枕元に置いていくんだよ。子どもは、そうやってやってくるんだ』って。

 なんだ。嘘じゃないか、と思った。

 お爺ちゃんは、オレの家族じゃなかったんだ……と。

 その後、「どうして教えてくれなかったんだ」と問いつめた。

 お爺ちゃんは何か言いたげにしながら、ずっと黙っていた。

 でも、結局何も言わずじまい。

 今思い返すと、言い過ぎたと思う。

 マシロが言ったように、血がつながっていなくても、『家族』は『家族』だ。

 お爺ちゃんは何年間も、その気持ちでオレを育ててくれたんだ。

 レイナさんとヒロさんと住むことは、そんなお爺ちゃんに恩を仇で返すことと、同じじゃないか。

 お爺ちゃんという『家族』を捨てるのと、同じな気がしてしまうんだ――。


 オレは、ゆっくり目を開く。

 そして、勇者さまとマシロを見た。

 オレが考えるべきは、お爺ちゃんのことだけじゃないよな。

 2人とは、まだ出会ったばかりで、2人のことを何も知らない。

 勇者さまは、どうして旅をしているのか。

 どうして大人の国を目指していたのか。

 マシロは僧侶なのに、どうして一人旅をしていたのか。

 2人の好きなもの、嫌いなもの、得意なこと、苦手なこと……。

 気になることが、たくさんある。

 それらは、2人との旅を続けることでしか、知ることはできない。

「……」

 じっと考えて、考えて、考えて――決めた。

 オレは、レイナさんとヒロさんを見た。

 2人の顔を見ると、言葉に詰まった。

 せっかく、会えたのに。

 お母さんとお父さんに、ちゃんと会えたのに。

 ――マシロの悲鳴が聞こえなかったら、防具屋には行かなかっただろう。

 店主さんに会うこともなくて、ああやって地図を描いてもらうこともなかった。

 偶然に偶然が重なって会えた両親。

 それを、簡単に手放して良いのか……わからない。

 けど、もう決めたんだ。

 決めたんだから、悩んでちゃ駄目だ。

「オレは……」

 レイナさんとヒロさんは、オレを見つめ続ける。

 勇者さまとマシロも、ぐっと身を乗り出した。


「オレは、旅を続けます。一緒には住めません。ごめんなさい」


 沈黙の時間が、長く感じられた。

 最初に喋ったのは、レイナさんだった。

「……そう。頑張ってね」

 寂しそうに、眉を下げてほほ笑む。

「悩ませて、すまなかった」

 ヒロさんも、悲しそうに言った。

 ギュッと、心臓が握りしめられる感覚がした。

 オレから会いに来たのに……ひどいやつだな。


「あの……最後に、教えてほしいことがあります」

 オレは、2人を見つめる。

「どうして、オレを子どもの国に送ったんですか?」

 2人は、お互いを見やった。

 ヒロさんが、口を開く。

「男の子だと、『子どもの国』か『男性の国』に送らなければならない。あのとき、考えたんだ」

「わたしたちは、ホマレに『のびのび育ってほしい』と思ったの」

 ヒロさんの言葉を受け継いで、レイナさんが言う。

 そっか……。そういう理由で……。

 オレのこと、しっかり考えてくれたんだな。

「ありがとうございます」

 それだけしか言えなかったけど、2人は柔らかく笑ってくれた。


 ☆


 ヒロさんとレイナさんは、オレたちを送り出してくれた。

 そういえば2人のこと、一度も「お父さん」「お母さん」って、呼ばなかったな……。

「ほら、元気出して!」

 マシロが、オレの背中をバンッと叩く。

「これからもよろしくな、ホマレ」

 勇者さまが、オレにほほ笑みかけた。

 隣で、マシロも満面の笑みだ。

「……はい!」

 オレは、大きくうなずいた。

「よし、それじゃあ今夜は宿に泊まって、明日の朝、『男性の国』に出発だ!」

 勇者さまは、右手を空に突き上げた。

「えっ、大人の国に来て1日しか経ってませんよ!?」

「もうちょっと、観光しましょうよ〜!」

 オレとマシロは、口々に言う。

 すると、勇者さまは真面目な顔をした。

「俺は、早く仲間を集めて、魔王を討伐しなければならないんだ。そのために、一刻も早く『男性の国』に行く必要がある」

「「……」」

 オレは、マシロと顔を見合わせた。

 うなずきあうと、「「はい!」」と声をそろえて、勇者さまのあとについていった。

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