第2話 僧侶のマシロ(2025/01/07改稿)
勇者さまについていくこと、数時間。
オレは勇者さまと一緒に困っている人を片っ端から助けていた。
お婆さんの荷物を運んであげたり、迷子の猫を飼い主のところへ連れて行ってあげたり。
勇者さまは『困っている』の度合いに関係なく人助けをする。
そんな勇者さまを見ると眩しくて目がくらんでしまいそうだ。
「勇者さまは、本当にすごいですね」
「ん? 急に、どうした?」
「人助けって、簡単にできることではありませんよ。話しかけるのに勇気がいりますし……」
「ハハ、そうかもな」
勇者さまは、太陽のようにほほ笑んだ。
そのときだ。
「――キャー!」
突然、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。
たぶん、声からして女の子だ。
直後、勇者さまの表情が変わる。
「近いな。あっちだ!」
さっきまでの優しい雰囲気とは打って変わり、ピリッと肌が痛くなる空気をかもし出している。
タンッと地面を蹴って、風を切るように走り出した。
「あっ――、オレも行きます!」
オレは慌てて追いかける。
勇者さまの背中はグングン遠くなる。
オレの足じゃ到底追いつけない。
「魔法は使えないのかっ? ほら、風魔法とか!」
勇者さまは大声で言った。
距離が開いているから、いつもの声量だとまともに会話ができないのだ。
風魔法を使うと身体を軽くして速く走ることができる。
飛行魔法の変わりに風をまとって空を飛ぶことも可能だ。
魔力消費が激しいのと、暴風で周囲に害を与える危険性があるために好んで使う者はいないが。
というか、そもそもルールというものがあって……。
「できないことないですけど、こんな街中じゃ使えません! 法で決まってます!」
「そうなのか! 全く知らなかった!」
世界の常識ですよ!?
勇者さまは今までどんな生活をしてきたのだろうか……。
って、こんなことを考えている場合じゃない!
オレは全速力で勇者さまについていく。
勇者さまからは魔法を使うときに出る魔力が一切感じられない。
あんなに速いのに魔法は使っていないようだ。
人間技じゃない気もするけれど、今はそれどころじゃないから違和感は頭の片隅に置いておく。
「この店か……! 魔物の気配がするな」
勇者さまはやっと足を止めた。
ようやく追いついた……。
オレはゼーゼーと全身で呼吸する。
勇者さまが「店」と言ったのは防具屋だ。
なんだか中が騒がしい。
「ホマレ、行くぞ」
「……はい!」
呼吸を整えて大きくうなずいた。
勇者さまが店の扉を思い切り開いた。
目に入ったのは、金棒を振り回す牛の頭を持った二足歩行の魔物だ。
相当気が立っているらしい。
鼻息を荒くして、目をランランと赤く光らせている。
魔物は店主らしき中年の男性に近づいていく。
「く、来るな!」
魔物が店主に襲いかかったときだ。
勇者さまが動いた。
柄の部分しかない剣を構えると、あっという間に金色に光り輝く剣になった。
あれは俺を助けてくれたときと同じ剣だ。
勇者さまは狙いを定めると剣を振り下ろした。
「ハァッ!」
狙いはバッチリ。
魔物の首はスパッと切り落とされ、体は煙になって消えた。
勇者さまは剣をしまう。
驚いて動けない店主に話しかけた。
「大丈夫ですか?」
店主はヘナヘナと座り込む。
「助かりました……。ありがとうございます」
「いえいえ。ご無事でなにより。それで……先ほど、女性の悲鳴が聞こえたのですが……。無事でしょうか」
オレも悲鳴が気になる。
あんなにしっかり聞こえたのに、姿が見えないなんて……。
「あ、ああ、はい。います。――おぉい、お客さん」
店主がカウンターの向こうに呼びかけた。
ぴょこっと顔を出したのは、白髪の女の子だ。
「魔物、いなくなりましたね」
彼女はカウンターから出てくる。
白髪は腰まであった。
ふわっと風になびくと、こちらに花の香りが飛んでくる。
前髪を上げるためか緑色のバンダナをつけていて、それと同じ色の肩紐がついたスカートを着ている。
首を覆い隠すハイネックに白いタイツを履いていて、布の面積が広く肌はあまり出ていない。
清純で可憐な少女といった印象だ。
パッチリとした緑色の目が勇者さまを見つめた。
「あなたが、助けてくださったのですね……!」
女の子は瞳をキラキラと輝かせる。
「わたし、マシロです! 職業は僧侶です」
な、なんだ……?
聞いてもいないのに自己紹介を始めたぞ。
「実は、このお店で新しい防具を探していたら突然魔物が現れて……。わたしは店主さんのおかげでカウンターの向こうに隠れることができたのですが、店主さんが危険にさらされてしまったのです。あなたが来てくださって、本当に助かりました」
もしかして、あの子――マシロさん、オレのことが目に入ってない……?
オレは勇者さまとマシロさんからそっと距離を取って、店の片付けをしている店主さんの近くに行く。
「あの、店主さん。あの子って……」
「たった一人で旅をしているらしいですよ。一人で魔物を倒すのに疲れて、この城下町に休みに来たそうです」
店主さんの話を聞きながら、マシロさんを見る。
勇者さまのそばに寄って、
「お名前は?」
「勇者のユーセイだ」
「えー! 勇者さまなんですね、ステキ♡」
と、すっかり目がハートになっている。
チョロいなぁ……。
あんなに可愛いのに、簡単に男に騙されそうだ。
「店主さん、あの子一人で魔物を倒せると思いますか?」
なんというか、頼りないというか不安というか……。
本当にたった一人で旅できるの?
「……」
店主さんは、黙り込んでしまった。
それは「思わない」と言っているようなものですよ、店主さん。
「……君の名前は?」
店主さんがオレに聞いた。
そういえば、まだ名乗ってなかったな。
「ホマレです。魔法使いをやっています」
「ホマレか……。いい名前です」
店主さんは優しくほほ笑んだ。
そのあと何かを思い出したのか目を丸くした。
オレの肩をガシッとつかむ。
「ホマレ!? ホマレと言いましたね!?」
「えっ? は、はい……」
なんだ急に……!?
勢いがすごくて怖いんですけど……。
「子どもの国のホマレですか!」
「え、なんでわかるんですか?」
オレが聞くと、店主さんはそこで一呼吸おいた。
「君のご両親を、知っています」
「本当ですか!?」
オレは身を乗り出す。
そこで勇者さまとマシロさんも話に加わった。
「君、親を探してるの?」
マシロさんが首をかしげる。
「良かったな、ホマレ! 親に会えるぞ!」
勇者さまは自分のことのように嬉しそうだ。
「あの、教えてください!」
オレは店主さんに頭を下げる。
「もちろんです。この地図のとおりに行けば、必ず会えますよ」
店主さんは紙とペンを取り出して、地図を書き始めたのだった。
☆
「あーもう! うるさーい!」
魔物の国の城に魔王の怒声が響き渡った。
魔王の前にひざまづいているのは、勇者によって殺された魔物の同族だ。
牛の頭を持った二足歩行の魔物は、仲間を殺されたことで怒りと悲しみに満ち溢れていた。
仲間のかたきを討ちたい――そう魔王に伝えた。
その結果がこれだ。
「お前ら、なんにもわかってないな! お前らが勇者に勝てるわけないだろーが! 返り討ちにあって全滅だよ!」
魔王は、魔物たちを睨む。
「おれの仕事を増やすな。魔物の国で、おとなしくしてろ」
そう言うと魔物たちを城から追い出した。
魔王はいつもどおり水晶玉を覗き込む。
そこには勇者と魔法使いに加えて僧侶が一緒にいた。
「仲間が増えたのは良いことだな。けど、あいつら……〝疑う〟って言葉を知らないのか?」
魔法使いも僧侶も、勇者が「勇者だ」と名乗っただけで「本当に勇者か――」などと真実を疑うこともせず、ホイホイついていっている。
「ま、実際に本物だし、別にいいか」
そうつぶやいて魔王は頬杖をついた。
魔物の国には今日、雨が降っている。
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