第2話 僧侶のマシロ

 勇者さまについていくこと、数時間。

 オレは勇者さまと一緒に、困っている人を片っ端から助けていた。

 お婆さんの荷物を運んであげたり、迷子の猫を飼い主のところへ連れて行ってあげたり。

 勇者さまは、『困っている』の度合いに関係なく、人助けをする。

 そんな勇者さまを見ると、眩しくて目がくらんでしまいそうだ。

「勇者さまは、本当にすごいですね」

「ん? 急に、どうした?」

「人助けって、簡単にできることではありませんよ。話しかけるのに勇気がいりますし……」

「ハハ、そうかもな」

 勇者さまは、太陽のようにほほ笑んだ。

「――キャー!」

 突然、耳をつんざくそうな悲鳴が聞こえた。

 たぶん、声からして女の子だ。

 直後、勇者さまの表情が変わる。

「近いな。こっちだ!」

 さっきまでの優しい雰囲気とは打って変わり、ピリッと肌が痛くなる雰囲気をかもし出している。

 タンッと地面を蹴って、風を切るように走り出した。

「あっ――、オレも行きます!」

 オレは、慌てて追いかける。

 勇者さまの背中は、グングン遠くなる。

 オレの足じゃ、到底追いつけない。

「魔法は使えないのかっ?」

 勇者さまは、大声で言った。

 距離が開いているから、いつもの声量だと、まともに会話ができないのだ。

 勇者さまは、風魔法のことを言っているのだろうか。

 風魔法を使うと、身体を軽くして、速く走ることができる。

 他にも、飛行魔法の変わりに、風を利用することも可能だ。

 魔力消費が激しいのと、風を使うことで、周辺に危害を加える危険があるために、好んで使う者はいないが。

「実力的には使えないことないですけど、魔法なんて、こんな街中じゃ使えません! 法で決まってます!」

「そうなのか! 全く知らなかった!」

 世界の常識ですよ!?

 勇者さまは、今までどんな生活をしてきたのだろうか……。

 って、こんなことを考えている場合じゃない!

 オレは、全速力で勇者さまについていく。

 勇者さまからは、魔法を使うときに出る魔力が一切感じられない。

 あんなに速いのに、魔法は使っていないようだ。

 人間技じゃない気もするけれど、今はそれどころじゃないから、この思考は頭の片隅に置いておく。

「この店か……! 魔物の気配がするな」

 勇者さまは、やっと足を止めた。

 ようやく追いついた……。

 オレは、ゼーゼーと全身で呼吸する。

 勇者さまが「店」と言ったのは、防具屋だ。

 なんだか、中が騒がしい。

「ホマレ、行くぞ」

「……はい!」

 呼吸を整えて、大きくうなずいた。

 勇者さまが、店の扉を思い切り開いた。

 目に入ったのは、金棒を振り回す、牛の頭を持った二足歩行の魔物だ。

 相当気が立っているようだ。

 魔物は、この店の店主らしき中年の男性に近づいていく。

 金棒が風を切る音が、店内に響いている。

「く、来るな!」

 魔物が、店主に襲いかかったときだ。

 勇者さまが、動いた。

 柄の部分しかない剣を構えると、あっという間に金色に光り輝く剣になった。

 あれは、俺を助けてくれたときと、同じ剣だ。

 勇者さまは狙いを定めると、剣を振り下ろした。

「ハァッ!」

 狙いはバッチリ。

 魔物の首を切り落とした。

 魔物は、煙のようになって消えた。

 勇者さまは、剣をしまう。

 そして、店主に語りかけた。

「大丈夫ですか?」

 店主は、ヘナヘナと座り込む。

「助かりました……。ありがとうございます」

「いえいえ。ご無事でなにより。それで……先ほど、女性の悲鳴が聞こえたのですが……。無事でしょうか」

 オレも、悲鳴が気になる。

 あんなにしっかり聞こえたのに、姿が見えないなんて……。

「あ、ああ、はい。います。――おぉい、お客さん」

 店主が、カウンターの向こうに呼びかけた。

 ぴょこっと顔を出したのは、白髮の女の子だ。

「魔物、いなくなりましたね。……あっ」

 彼女は、カウンターから出てくる。

 白髮は、腰まであった。

 ふわっと風になびくと、こちらに花の香りが飛んでくる。

 前髪を上げるためか、緑色のバンダナをつけていて、それと同じ色の、肩紐がついたスカートを着ている。

 首を覆い隠すハイネックに白いタイツを履いていて、布の面積が広く、肌はあまり出ていない。

 パッチリした緑色の目が、勇者さまを見つめた。

「あなたが、助けてくださったのですね……!」

 女の子は、瞳をキラキラと輝かせる。

「わたし、マシロです! 職業は僧侶です」

 な、なんだ……?

 急に、自己紹介を始めたぞ。

「実は、このお店で新しい防具を探していたところ、突然魔物が現れて……。わたしは、店主さんのおかげでカウンターの向こうに隠れることができたのですが、店主さんが危険にさらされてしまったのです。あなたが来てくださって、本当に助かりました」

 もしかして、あの子――マシロさん、オレのことが目に入ってない……?

 オレは、勇者さまとマシロさんから、そっと距離を取って、店の片付けをしている店主さんの近くに行く。

「あの、店主さん……あの子って……?」

「たった一人で旅をしているらしいですよ。一人で魔物を倒すのに疲れて、この城下町に休みに来たそうです」

 オレは、店主さんの話を聞きながら、マシロさんを見る。

 勇者さまに対して、「お名前は?」「勇者のユーセイだ」「えー! 勇者さまなんですね、ステキ♡」と、すっかり目がハートになっている。

「……一人で、倒せるんですかね」

「…………」

 店主さんは、黙り込んでしまった。

 それは、うなずいているようなものですよ、店主さん。

「……少年、名前は?」

 店主さんが、オレに聞いた。

 そういえば、まだ名乗ってなかったな。

「ホマレです。魔法使いをやっています」

「ホマレか……。いい名前です」

 店主さんは、ほほ笑んだ。

 そのあと、何かを思い出したのか、目を丸くした。

 オレの肩を、ガシッとつかむ。

!? ホマレと言いましたね!?」

「えっ? は、はい……」

 なんだ、急に……!?

「子どもの国のホマレですか!」

「なんでわかるんですか?」

 オレが聞くと、店主さんは、そこで一呼吸おいた。

「君のご両親を、知っています」

「え――? 本当ですか!?」

 オレは、身を乗り出す。

 そこで勇者さまとマシロさんも、話に加わった。

「君、親を探してるの?」

 マシロさんが、首をかしげる。

「良かったな、ホマレ! 親に会えるぞ!」

 勇者さまは、自分のことのように嬉しそうだ。

「あの、教えてください!」

 オレは、店主さんに頭を下げる。

「もちろんです」

 店主さんは、大きくうなずいた。

「この地図のとおりに行けば、必ず会えますよ」

 紙とペンを取り出して、地図を書き始めたのだった。


 ☆


「あーもう! うるさーい!」

 魔物の国の城に、魔王の怒声が響き渡った。

 魔王の前にひざまづいているのは、勇者によって殺された魔物の同族だ。

 牛の頭を持った二足歩行の魔物は、仲間を殺されたことで、怒りと悲しみに満ち溢れていた。

 仲間のかたきを討ちたい――そう、魔王に伝えた。

 その結果が、これだ。

「お前ら、なんにもわかってないな! お前らが勇者に勝てるわけないだろーが! 返り討ちにあって、全滅だよ!」

 魔王は、魔物たちを睨む。

「おれの仕事を増やすな。魔物の国で、おとなしくしてろ」

 そう言うと、魔物たちを城から追い出した。

 魔王はいつもどおり、水晶玉を覗き込む。

 そこには、勇者と魔法使いに加えて、僧侶が一緒にいた。

「……仲間が増えたのは、良いことだな。けど、あいつら……〝疑う〟って言葉を知らないのか?」

 魔法使いも僧侶も、勇者が「勇者だ」と名乗っただけで、「本当に勇者か――」なんて、真実を疑うようなこともせず、ホイホイついていっている。

「ま、実際に本物だし、別にいいか」

 そう言って、魔王は頬杖をついた。


 魔物の国には、今日、雨が降っている。

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