暫くして、親父と美由貴さんが帰って来た。


 夕飯を食べ終わり、俺は自分の部屋に入って暫し寛いでいた。


 扉をコンコンと叩く音。


「兄貴、ちょっと良い?」


 晶だった。


「ああ、良いぞ」


 晶は俺の部屋にそろそろと入ってきた。


「兄貴、もしかして勉強してた?」


「いや、してない」


 本当は勉強しようかと思って部屋に戻ってきたのではある。


 が、美由貴さんの手料理が美味くてついご飯をおかわりしたせいか、机に座って教科書を開いたら急に眠気が襲ってきたのだった。


 勉強する前に少しだけとベッドに横になってスマホでラノベの続きを読み始めたら、眠気が覚めてそのまま読み耽ってしまっていた所だった。


「確かに……して無さそうだね」


「いや、これからしようと思ってたから。その前に少し読みたいラノベがあっただけだから」


 ベッドで寝っ転がってスマホを眺めてる俺を見つめる晶に慌てて言い訳をしてしまう。


 勉強しようと思ってたのはほんとだぞ?


「まあ、それなら良いけど……」


 俺には、晶がなんだか歯に物が挟まった様な、何か言いたげな顔をしている様に思えた。


「どうした?何か用があったんじゃないのか?」


「うん。勉強しないならさ少し付き合ってくれないかなー……って思って」


「構わないぞ。ちょうど暇してた所だし」


「じゃあ兄貴、ちょっとゲームしない?」


 ゲームか。

 妙によそよそしい感じがしたから、もっと別の事かと思ったが、俺の勘違いだったのだろうか。


「ああ、良いぞ。エンサム2やるか」


 晶が誘ってきたと言う事は、またエンドオブサムライサム2だろう。


「いや、今日は別のを……ね」


 ……と思ってたら、どうやら違うらしい。


「別の?」


「うん。実は……ちょっとやりたいゲームがあるんだよね。でも、一人ではなんか……兄貴にも、手伝ってもらいたくて」


 そう言うと、晶はスマホの画面を俺に見せた。


 晶が見せたのは、ゲームの紹介画面。

 新作のインディーズゲームらしい。


 ていうか、なんだ……俺が手伝うって……


 まあ、なんのゲームかは知らないが、またエンサム2でボコボコにされるよりは良いだろう。


「わかった……リビングに行こうか」


 * * *


 俺たちが降りて来ると、美由貴さんと親父がリビングで寛いでいた所だった。


 親父はバラエティ番組を見ていて、美由貴さんは隣でファッション雑誌を読んでいた。


「涼太、ゲームするのか。じゃあ美由貴さん、俺たちはテーブルに移動するとしようか」


「そうですね、あ、太一さん、コーヒー淹れましょうか?」


「良いですね。美由貴さんのコーヒー、ぜひお願いします」


 そう言って、親父と美由貴さんは仲良くキッチンの方に移動して行った。


 両親が仲良いのは、決して悪い気はしない。


 晶はゲーム機のダウンロード販売メニューから、目当てのゲームを検索して購入していた。

 因みにゲームソフトの代金は親父のクレカ払い。


 親父には、やりたいのがあるなら買っても良いぞと言われてたりするのだが、今回のはインディーズゲームだからそんなに高くないらしい。


 さて、晶は何のゲームをやる気なんだ……


「ダウンロード終わったから、じゃあ兄貴、はい」


 晶にコントローラーを渡された。


 俺がやるのか?


 とりあえずソフトを起動する。


 さっき晶が見せてくれたスマホの紹介画面、そしてメニューに表示されたアイコンから、俺には、このゲームが何のゲームなのかは、何となく分かっていた。


 そして、タイトル画面が現れてそれは確信に変わった。


「晶……これ……このゲーム……乙女ゲームじゃねえか?」


 そう、タイトル画面には、可愛らしい絵柄の女の子の主人公。


 そしてその周りを取り囲むイケメン達。


 これは完全に、女性向け恋愛アドベンチャーゲームだ……


「うん。そうだよ」


「何で俺に乙女ゲーをやらせようとするのかな?」


 俺はコントローラーを晶に返す。


 晶は渋々、コントローラーを受け取った。


「じゃ、楽しんでくれ」


「ま、待って兄貴!」


 晶は自室に帰ろうとする俺の袖を掴む。


「兄貴、ちょっと見ててよ、ね……あと、できれば助言欲しいんだ」


 晶はなぜ、俺にこのゲームを勧めできたんだ。

 何かあるのか……?


「わかった。少し付き合ってやる」


 晶はゲームをスタートさせた。


 このゲーム、主人公の女の子は現代日本からファンタジーの世界に転生してきたらしい。


 ゲームは、テキストベースで進むアドベンチャーゲームだが、フルボイスで声優さんが喋る。


 値段の割には贅沢な。


 因みに俺はゲームには疎いが、漫画とラノベにはそれなりの嗜みがある。


 だから分かった。


 主人公はとある王国の侯爵の娘に転生した所から始まった。

 

 どうやらこの世界は、主人公が元の世界で遊んでいたゲームの中の世界で、主人公が転生した侯爵令嬢はその世界では主人公ではなく、元のゲームのヒロインと王国の第三王子との仲を引き裂こうとする役所だった。


 所謂いわゆる、悪役令嬢ものだ。


 悪役令嬢に転生した主人公は、悪役令嬢の役割を捨て、元のゲームのヒロインとも仲良くする事を決意する。


 すると、本来なら悲惨な目に遭うはずだった悪役令嬢は、悪役令嬢ではなくなり、いつの間に人々に好かれる様になる。


 そして、運命が変わった事により、主人公は何人かの男の人に言い寄られる事になる。


 言い寄って来るのは、それぞれが皆、イケメンだった。


 誰を選ぶかそれによってルートが変わるのだ。


 ……まあ、ゲームの内容はだいたい分かった。


 でも、何で俺が見てなきゃいけないのかは分からないままだ。


 だけどまあ、晶がやりたいと言うなら、良いけど。


 晶は先ほどから、しきりに一人の男の人と仲良くなろうとしているように思える。


 それは、どうやらこのゲームのメイン攻略キャラである、第三王子だ。


 選択肢が現れるたびに、晶が選ぶ選択肢は、、第三皇子に気に入られようとするものを選んでいる気がする。


 主人公と第三王子は、なかなか良い雰囲気になって来た様だった。


 トゥルーエンドに向かって順調に進んでいる様に見える。


 だが、衝撃の事実が判明した。


 晶が攻略しようとしていた第三王子は、なんと主人公の義理の兄だったのだ。


 第三王子は悩む。


 このまま主人公と結婚するべきか、それとも諦めるべきか……


 主人公もまた、悩んでいる。


 第三王子と結ばれるべきか、それとも身を引くべきか。


「兄貴、兄貴ならどうする?」


「……何で俺に聞くんだ」


「だって、兄貴と似てるでしょ。第三王子」


 なるほど、晶がやたらとこのゲームをやりたがってたのは、この展開になると知っていたからか。


「晶、知ってたな?こう言う展開になるって事を……」


「な、何の事?僕は、ネットでこのゲームが面白いよって書いてあったから、やってみたいなーって思っただけだし」


 俺の方を向きつつも、目を合わせない晶。


 晶は多分、ネットでこのゲームの展開を知ったんだろう。


 だからわざわざ、俺と一緒にやりたがってたんだ。


「ぼ、僕はただゲームの助言が欲しいだけだから」


 うーむ、困った。


「ちなみに、第三王子を諦めて他の攻略キャラに乗り換えるってのはどうなんだ?」 


 だが、別に攻略キャラがいるなら、そちらのルートにしても良いだろう。


「あ、このゲーム、ある程度進むともう攻略キャラを変える事が出来ないらしいよ。結ばれるかバッドエンドがどっちかだって」


「なんだその強引な展開……」


 主人公は義理の兄である第三王子と結ばれれば、おそらくトゥルーエンドになるだろう。


 結ばれなければバッドエンド……


 主人公と兄が結ばれる道を選ぶべきか、それとも結ばれない方の道を選ぶのか


 俺は、選択を迫られていた。

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