第11話

僕はその場を離れがたい気持ちで、しばらくそこで二つの月を眺めていた。


茜色の空は少しずつ色をかえ濃紺に近づこうとし、それとともに二つの大小の月はより輝きを増していった。


いつの間にか傍らに女性がいて、その人がある短歌を呟いた。

「『なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな』。

 これが私の好きな歌だって、知ってる?」


背の高い彼女はそう言って、少しかがんで僕にキスをした。


僕は言葉を失ってしまう。

いや、失っていては駄目な時があって今がそうなのだ。

僕は、だから、彼女に向かってようやくずっと頭の中で何度も繰り返してきたこの台詞を言うことができた。


「ごめん。僕ときみは運命なんだってちゃんと気づいたんだ。

 随分遅くなってしまったけど、まだ間に合うかな」


彼女は僕をまっすぐに見つめる。

時が止まるってこういう瞬間を言うんだなと思った。

そして、このライムグリーンの月と僕と彼女のこの光景を、僕は一生忘れる日は来ないだろうと思った。


事実、僕はずっとこの瞬間を忘れることはなかった。人生の最後の日まで。

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ライムグリーンの月と僕 立夏よう @rikkayou

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