ケース3)色々ダメダメなミヤちゃん

 ミヤちゃんは根っこから微妙に闇が深い。


 彼女の家は酒をメインにつまみ系の乾きものや子供向けのお菓子を扱う小さな店を経営している。

 店を仕切っているのはミヤちゃんの母親だ。この母親が問題の大本で、諸悪の根源とも言える。

 まず性格がきつくて性根が曲がっている。

 世界の中心は自分で気に入らない者は容赦なく虐め倒して排除する。

 結婚して数か月でお姑さんを虐め倒して追い出したことは、近隣では有名な話だ。


 店に来る客にも自分の機嫌次第で接するので、店のメインの収入は配達する酒類である。清涼飲料も配達するが、近所では少し遠い町中の店に依頼している。

 そういう我が家も、曾祖母の大好物のソーダを町中の店から取っているいるし、家族から「あの店で買っちゃいけません」と言い聞かされている。

 意地悪ではない。

 トラブルを避けるためと、品質管理の問題だ。

 悪循環で売れない商品を期限が過ぎても平気で陳列して売っているからだ。


 実は私も1度だけ近所の友達に引っ張られて行き、お菓子を買ったことがある。クリームがサンドされたウエハース菓子だった。

 当時の私の癖で、クリームがサンドされたものは剥がして楽しんでいたのだが、そのお行儀の悪い食べ方で助かった。

 剥がしたウエハースのクリームに小さな虫がうごうごと動いていたからだ。

 あの恐怖は今でも忘れられず、未だにウエハースは食べられない。


 もちろん旦那さんも尻に敷かれきっていて、近所の人はひそかに同情しているが、この男も少々問題がある。自分の母親を見殺しにしたことや、日頃の行いに問題がある。

 家で野球のナイター中継が見られない彼は、その時間帯に配達に行き、ナイターを見ている家に居座るのだ。


 そんな環境で育ったミヤちゃんが最初に「悲劇のヒロイン」化して、その甘美な喜びに目覚めたのは中学2年生の初夏だった。

 ミヤちゃんは私の4歳下の妹エリと同級生で、その日遊びに来て悲壮感いっぱいに泣きついた。

「どうしよう!あたしもう生きていけない」

 大袈裟だなと思いながら私は居間で妹に相談するミヤちゃんの声を隣のキッチンで聞いていた。聞こえてしまう大声だったのだ。


 ちなみに私は夕食と翌日のお弁当の仕込み中。


 しかし彼女の「もう生きていけない」打ち明け話は、大袈裟だと思った自分に少々申し訳のない気がする内容だった…


 彼女は数分前にとんでもないものを見てしまったのだ。


 ミヤちゃんがエリのところへ行くために家を出ると、彼女の父が妙にコソコソとガレージに入って行くのをみた。ミヤちゃんの家のガレージは奥が庭に続いている。

 ミヤちゃんはおかしな様子の父親をそっと覗いた。


 ミヤちゃんのお父さんはガレージの中で、徐ろに上半身裸になり…

 いそいそとブラジャーを着用し始めた。


 それを耳にした私は思わず手に持っていた菜箸を、ガッタンとばかりに音を立てて取り落としてしまった。


 ヤバイ。これ聞いていいの?でも聞きたい!!


「お父さん、ハアハア言ってて…」

 ヤバーーーーイ!!

「あたし、どうしたらいいの?」

 エリも中学2年生。アドバイスするにはいささかヘヴィーな内容だ。どうしていいかわからないのだろう、沈黙が続く。


「ねえ!おねえさん!どうしたらいいですか!?」

 ヤバーイ!やっぱり気づかれてた。


 私は開き直り、紅茶を淹れてお菓子と共に持って行った。

「ごめんね。聞こえちゃった」

 一応謝罪をする。

「あたし、どうしたらいいですか!?」

 ミヤちゃんよ。おねーさんもよくわかんないよ。

「えっと…見なかったことにするしかないんじゃなかな?」

「だって見ちゃったんです!!」


 ミヤちゃんよ。見ちゃったからと言ってお父さんに詰め寄ったら悲劇しか見えないぞ。


「お父さんの秘密の趣味だから、見ない振りするしかないと思うよ」

 隣でエリがこくこくと頷く。


「あたし、こんな家族がいるなんて、なんて悲劇なの!?」

 私は見逃さなかった。ミヤちゃんの口角が上がり気味にピクピクし、目にギラギラした喜びが溢れているのを。


 今思うと、特色のなかったミヤちゃんの悲劇のヒロインの目覚めだった。


 高校に入るとミヤちゃんの闇は濃くなり、病みも増した。

 バンギャになったのだ。


 私の影響で妹のエリがはまったバンドにドはまりし、ヴォーカルの兄の住む家に突撃して「追い返された」と泣き崩れたり、ライヴに行っては楽屋に侵入しようとして厳重注意を受けたりした。

 彼女にとっては「こんなに好きなのに邪魔をする」というネタだった。

 毎度「困難に負けない健気なあたし」をアピールするらしい。


 当時私は都内の大学に行っていたので、たまにエリから愚痴めいた話を聞いただけだった。


 ミヤちゃんは県内の専門学校に行きながらバンギャ活動を続けていたが、卒業後就職してから一念発起して上京した。

 その頃から奇行の話は聞かなくなったが、最後にすごい花火が上がった。


 妹のエミからの話によると民事裁判中だった。

 ミヤちゃんは上京してすぐホストクラブにはまり、そこで自称バイセクシャルの売れないホストに惚れた。

 ホストのケイはミヤちゃんにすぐに同棲をもちかけ、ミヤちゃんは飛びついた。

 生々しい話だが、ミヤちゃんとホストのケイの間には明確な性的関係はなく、その、なんというか、ミヤちゃんがケイの性欲処理をするのみの関係だった。

 生々しいしヤな関係だな、おい。(詳細を微に入り細に入り聞かされた)


 ミヤちゃんは衣食住から下の世話まで甲斐甲斐しく尽くし、さらにはケイとケイの「彼」のプーケット旅行の費用まで出した。

 それはケイが「ミヤと結婚するためのお別れ旅行」と言ったかららしい。


 ところがケイはその後もお金をたかるだけで一向に結婚話をしない。

 ダブルワークにアルバイトで稼いで尽くしたミヤちゃんも、アラサーと呼ばれる年になり、貯金も尽きてしまった。


 結婚の話を詰め寄るとケイは逃げてしまったのだ。

 そこでとうとうミヤちゃんはブチキレた。


 実家に帰り、父親を脅した。例のブラジャー事件だ。

 父親に金を出させて興信所でケイの行方をつきとめ、「婚約不履行」で民事訴訟を起こしたのだ。

 しかし明確な口約束もなかったため、証拠不十分で難航しているらしい。


 しかしエミが言うには、ミヤちゃんは今の状況がまんざらでもないらしい。

 会う人会う人にその話をしては、悲劇のヒロインを満喫しているらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自称悲劇のヒロイン達 チャイムン @iafia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ