第20話 異変種

 ジメジメとした湿気と不気味な瘴気が辺りを漂う。


 ここはダンジョンの66階層。


 そう、ここはあの時、俺がノア様を庇って死ぬ予定だったダンジョンの66階層だ。



 この66階層では前述の通り、Sランクモンスターが多く生息する。


 俺みたいなSランクでもない冒険者が来ていい場所ではなかった。


 それでも、俺はこの場所を選んだ。


 理由は言うまでもない。


 ここを踏破しないと、多分フラグが立たないからだ。



 この66階層において出現するモンスターは、異変種と呼ばれる突然変異のモンスターだ。


 あのノア様を殺しかけたカニみたいなモンスターも、魔法が使える特殊なモンスター……つまり、異変種だった。


 そんな異変種を倒す時に、一定確率でドロップする《異世界鏡》というアイテムが魔王を倒す上で必要になってくる。


 まぁ、この情報をノア様やその他が知るはずもなく、それは物語後半で分かっていくことなのだが。



 そのため、66階層に行くとノア様に告げたら、心底嫌そうな顔をしていた。


 それでも、ノア様が66階層に行くことを止めなかったのは、ノア様に心変わりがあったんだろうか。


 俺はあの時のノア様の顔を思い浮かべながら、深い溜息が出そうになる。


 俺はどうすれば良かったんだろう。


 最近は、俺はノア様を悲しませてばっかりだ。



「大丈夫? なんか……集中できてない?」


 俺がそんなことを考え込んでいると、すぐ隣を歩くエイレンが顔を覗き込んでくる。


「あ、ああ、ごめん……」


 エイレンの言葉に、俺はハッと目が覚める。


 ここは66階層だ。


 勇者パーティーの面々に、リリアとノア様がいるとはいえ、油断は禁物だ。


 俺は再び気合いを入れ直す。


「まぁ、それなら良いんだけど……。あの人はなんでグレイグのことをずっと睨んでるの?」


 すると、エイレンは俺の裾を引っ張り、すぐ背後を歩くジルさんを見えないように指さした。


「あ、ああ……なんか、ちょっと……色々あって……」


 俺はジルさんとの因縁を説明するのは難しいと判断し、言葉をそう濁した。


「そうなんだ。グレイグも色々あるんだね」


 エイレンはそう言って、小さく苦笑した。


 まぁ、最近はちょっと色々ありすぎる気もするけど……。




 *****





 勇者パーティーと俺のパーティーは順調に、66階層のモンスターを倒し、先に進んでいた。


 まぁ、実態はノア様が聖剣でモンスターをワンパンして、残りを勇者パーティーの三人が倒すという形で、俺とエイレンはほぼ何もしてないのだが……。


 不思議なことに、あの時66階層に現れた異変種には出会わず、苦戦を強いられることはなかった。


 どういうことだろう? あの時が異常だったのか?


 まぁ、不意打ちとはいえ、ノア様を殺しかねない攻撃を放つ異変種なんて簡単に出会えるはずもないか。




「おい。ここら辺からトラップがめちゃくちゃあるから、注意しろよ! 特にそこのCランク冒険者はな!」


 すると、先頭を歩くアレスさんが大声で注意喚起をする。


 な、なんだよ……。俺だって一端の冒険者だ。トラップなんかにかかるわけないだろ。


 俺はアレスさんの婉曲的な言い回しに、反感を抱く。


「そんな……トラップなんかに……」


 俺は不服そうな顔をしながら、ダンジョンの壁に手を当てる。


 次の瞬間、ダンジョンの壁を触る俺の手からカチッと音がする。


 明らかに、それは何かのボタンを押した音だった。


「───────え?」


 俺はやっちまったと気づく暇もなく、俺の目の前でトラップが発動する。


 唐突に床下が抜け、真っ暗闇が目の前に迫る。


 あ……これ、落とし穴のトラップか。


 俺がそう悟った頃には、そのトラップから逃げることはできない所まで時間は過ぎてしまっていた。


「────グレイグさんっ!!!」


 次の瞬間、真っ暗闇に沈む視界と共に、ノア様の声が聞こえてくる。


 すると、ノア様は全く何の迷いもなく、落とし穴のトラップに飛び込んだ。


 え……? ノア様……?


 俺はノア様の凶行に目を疑う。


 ダンジョンの落とし穴トラップは、狭いから二人で来たら、むしろ逆に……。


 俺はそんなことを思いながら、真っ逆さまに落下して行った。

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