第12話 アレスの殺意
あの瞬間、俺は黒い外套に身を隠した男に、体を触れられた。
すると、唐突に眩しい光に包まれ、視界が閉ざされてしまった。
「─────こ、ここは?」
視界がやっと回復すると、目の前は見知らぬ草原が広がっていた。
さっきまでいたはずの王都の、それも相当郊外の方だろう。
そんな場所まで、ほんの一瞬で移動したのか?
俺は目の前で起きた異変に困惑するしかなかった。
「お前が……ノアを……」
すると、俺のすぐ背後から恐ろしいほど低く冷たい声が聞こえてくる。
俺はすぐ後ろを振り返ろうとするも、次の瞬間、俺は吹き飛ばされ宙を舞っていた。
「ぐはっ……」
肺に充満していた空気が一気に消え、息が詰まる。
背中に衝撃と共に、俺は地面に顔から落下した。
「げほっげほっ!!」
顔が痛い。
それに喉が詰まって息ができない。
絶対傷が残るし、クソ痛い。最悪だ。
「…………え?」
俺は違和感に小さくそう声を上げてしまう。
あ、あれ? 顔も背中も痛いはずのに、あんまり痛くない。
確かに最初の方は痛かったのに、今となっては痛みを全く感じない。
俺は違和感を覚え、全身を見渡す。
あれ? おかしいな。
めっちゃ吹き飛ばされたし、顔から落下したはずなのに……。
な、なんなんだよ……もう訳が分からないよ。
そもそも、俺は何から吹き飛ばされたんだ?
俺は頭が混乱状態になりながらも、辺りを必死に見渡す。
すると、遠くの方に完全装備の鎧を着た男が立っていた。
あの重装備の赤い鎧には見覚えがあった。
あの鎧は勇者パーティーの戦士であるアレスさんが使っているものだ。
どうして、こんな場所にアレスさんがいるんだ?
俺は未だに何もかもを把握できなかった。
「俺は仲間を傷つける奴は許さない」
アレスさんはゆっくりと歩きながら、俺との距離を詰めてくる。
おかしい。何かがおかしかった。
アレスさんの瞳には殺意が宿っており、その殺意の視線は俺に注がれていた。
アレスさんが俺のことを殺そうとしている?
アレスさんに殺される理由を必死に探す。
そんなのあるはず……。
あった。あったわ。
ノア様は勇者パーティーを抜けて、俺と二人っきりのパーティーを新しく作ってしまった。
それだ。絶対それだ。
「アレスさん!? これは多分勘違いで、ノア様は少し体調というか病気というか、とにかく気分が優れないみたいで……」
俺は必死に迫り来るアレスさんに向かって弁解する。
「黙れ。お前のような外道と話はしない」
しかし、そんな弁解は無力だったようで、アレスさんは更に強い殺意で俺のことを睨みながら距離をジリジリと詰めてくる。
し、死ぬ……絶対に殺される。
アレスさんはSランク冒険者かつレベル100超えの怪物だ。
それなのに、俺と言えばCランクの零細モブ冒険者。
さっきの一撃で死ななかったことが幸運なくらいの実力差がある。
俺は迫り来る危機をヒシヒシと感じながら、何とか立ち上がる。
「ここは……逃げるしかない」
俺はあまりに妥当で安牌な選択を取ることにした。
多分、これが俺がモブに転生した理由の一つなのだろう。
そう思いつつも、俺はアレスさんとは反対方向に走り出した。
「何とか隠れて─────」
次の瞬間だった。
ちらっと後ろを振り返ると、そこには大斧を振りかぶったアレスさんの姿が見えた。
「え……?」
あの距離から……何をする気なんだ?
アレスさんの行動を俺は不思議に思う。
アレスさんは勇者パーティーで前衛を担当していて、スキルは防御力全振りだ。
あんな遠くを攻撃できるスキルなんて……。
「はああああああああああっ!!」
前世で聞いた事のある迫力のある大声が聞こえてくる。
俺は反射的に後ろを振り返る。
そこには大斧を地面に振り下ろしたアレスさん。
すると、大斧の衝撃で地面が割れ、砕け散った地面の破片が俺の目の前まで迫っているのが見えた。
「はあああああ!?」
俺はアレスさんのとんでもない攻撃に、思わず叫んでしまう。
な、なんだこれ!?
衝撃だけで遠くの俺を吹き飛ばそうとしている!?
スキル無しの力だけ斬撃!?
そんな馬鹿みたいな力がこの世界に存在していいのか!?
俺はあまりに理不尽なアレスさんの力に驚愕しながらも、迫り来る衝撃波を感じる。
まずい。
これが当たれば、タダでは済まない。
身体が右半身と左半身の二つに別れてしまう。
「う、うわああああああああ───────」
俺は目を瞑り、衝撃波を両手で遮る。
うん……まぁ、死ぬって言っても、俺は元々死ぬ予定だったし良いのかな?
前世でも今世でも、そこそこ楽しめたし、死ぬのは別に良いのか?
俺はそんなことを考えながらも、どうしてもノア様の顔がチラついてしまう。
死の恐怖で体感時間が長くなってる気がする。
ん? ちょっと変だな。
もう俺はとっくに死んでないとおかしいよな……?
衝撃波はとっくに到達して……。
「ふふっ、愛いやつめ。そんな怯えた顔をするな」
すると、唐突に聞いたことのない誰かの声が聞こえてくる。
「え?」
俺は困惑しながらも、恐る恐る瞼を開く。
すると、俺の目の前には謎の幼女が立っていた。
短いボブの赤髪に、頭には二本の赤い角、そして、前世で見たことのある袴のような服装。
まるで鬼のような特徴を持った幼女が、そこには立っていた。
「だ、誰……? ですか……?」
俺は情けなくも、そう目の前の幼女に尋ねた。
少なくとも、この鬼みたいな幼女は何かがおかしい。
いきなり現れて、アレスさんの斬撃を消してしまった。
目を閉じていて、どんな感じだったかは分からないが、俺に当たるはずの斬撃が消えていた。
この鬼幼女が只者じゃないことは確かだ……。
「私は……なんじゃろうな? この世界で言う、神みたいなものか?」
鬼幼女はとぼけたような表情で、逆にそう尋ねてくる。
「のじゃロリの神様……だと?」
のじゃロリの神様?
この世界にも属性の渋滞みたいなキャラがいるのか……。
俺は困惑しながらも、ふとそう思ってしまった。
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